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23時過ぎ
店を出た後に大通りをフラフラとしながら歩く。
マナリーは今日と明日は仕事の休みを取ったこともありまだまだ飲むと言って、田代を道連れにした。
土曜日の夜、お洒落で落ち着いているこの街は男女のカップルで溢れていた。
実際はそこまでいないのかもしれないけれど、私の目にはカップルだらけに見える。
そのカップル達を呆然と眺めがら駅に向かってフラフラと歩き続ける。
ドンッ──────...
「あ、ごめんなさ・・・え、大丈夫ですか?」
小柄な女の人と小さくぶつかっただけで私の身体は膝から崩れた。
「大丈夫です、酔っ払っているだけなので。」
地面を見下ろしたまま答えると、女の人と男の気配はすぐに消えた。
「私が顔を上げたらその女、一瞬で私のこと好きになってたんだからね・・・感謝しろ。」
そんな言葉を口にした。
地面を見下ろし続けたまま、細くて長い指が地面を掴んでいるのを見詰め続けたまま、そこに水滴がポタポタと落ちていくのを眺めながら。
口にした。
ポロッと口から出てしまった言葉を・・・。
「疲れちゃった・・・。」
こんな言葉を初めて口にした。
何でか分からないけれど凄く疲れたと思ったから。
私はとにかく疲れている。
凄く凄く疲れている。
もう全部を放り投げてしまいたくなるくらいに疲れている。
「疲れちゃったよ・・・。」
地面が凍っているのかと思うくらいこの手は凍えていく。
もう4月、でも夜はこんなにも寒い。
こんなに寒かったことに今日初めて気付いたような気がする。
落ち続けていく水滴が涙だということにも気付き、乾いた笑い声が口から漏れた。
泣いたのなんていつぶりだろう。
私は何で泣いているんだろう。
この涙の理由を探そうとするけれど、お酒のせいなのか頭に霧がかかっているかのようにハッキリとしない。
そんな頭のまま、私はまた口にした。
「もう疲れちゃったよ・・・。」
口から出てきてしまうこの言葉を我慢することなく地面に向かって呟いた時・・・
その地面に、男の黒い革靴が目に入った。
「大丈夫ですか?」
低くて落ち着いた男の声。
無機質に感じる声だけど今の私には驚くほど優しい言葉に聞こえた。
何故か心臓がドキドキと騒ぎ出す。
だからかこの顔を上げられない。
何でかこの男に自分の顔を見られたくないと思った。
私はこんな顔なんて誰にも見られたくない。
こんな“男”としか認識されないような顔なんて、私はいらない。
マナリーと望だけが私のことを“女の子”として見てくれるだけで良い。
それだけで私は満足。
そんな風に毎日毎日毎日思っているはずなのに、何故か今はそう思えなくて。
「何処か痛みますか?」
すぐ目の前に立っている男が私の前にしゃがんだ気配を感じた。
この胸が凄く痛いような気がしたけれど、私は乾いた笑い声を出しながら答えた。
「寒いだけです。」
この胸が冷たくなっているから痛いのかもしれない。
4月の夜の地面が氷になることを私は初めて知った。
「立てますか?」
男の声が私のことを立たせようとしてくる。
「後で立ち上がります。」
今はどうしても立てなかった。
3センチのヒールの靴でも私はこの男よりもきっと背が高い。
そして私の顔はこの男よりもずっと男前で、きっとこの男もビックリする。
助けたのが“女”ではなく“男”でビックリする。
ビックリする。
婚活パーティーで女の子達から“男”として扱われ、男からは“男”として扱われた。
恋愛の先にある結婚を求めて集まったはずの男女に、生まれて初めてここまでお洒落をした姿の私は“男”として扱われた。
ビックリした。
凄くビックリした。
“そんなに?”と、めちゃくちゃビックリした。
それに気付いた時・・・
「疲れちゃった・・・。」
またこの言葉を口にした。
黒くて冷たい地面に向かって口にした時・・・
急に、フワッ──────...と私の身体は温かさを感じ、この鼻には嗅いだことのない匂いが入ってきた。
それで気付いた。
私の身体には男物のスーツのジャケットが掛けられていた。
それには驚き、思わず顔を上げてしまった。
そしたら、いた。
見覚えのある顔が。
4月1日の昨日、私のことを“女の子”だと普通に言葉にした男の人が。
“女の子”のように扱ってくれたようにも思える言葉を掛けてくれた男の人が。
「砂川さん・・・。」
うちの会社の財務部、田代と同じくらいの見た目の砂川さんがいた。
「あれ・・・園江さん?」
私の目の前に膝をついてしゃがむ砂川さんが私の顔をジッと見詰めてきた。
私のこんな男みたいな顔を。
涙と鼻水でグチャグチャになっているであろう顔を。
とっくに化粧も汚く落ちているだろう顔を砂川さんがジッと見詰めてくるから、私は慌ててまた地面を向こうと顔を動かした。
動かそうとしたその時・・・
「今日は何だか可愛いね。」
砂川さんが、そんな言葉を口にしてきた。
店を出た後に大通りをフラフラとしながら歩く。
マナリーは今日と明日は仕事の休みを取ったこともありまだまだ飲むと言って、田代を道連れにした。
土曜日の夜、お洒落で落ち着いているこの街は男女のカップルで溢れていた。
実際はそこまでいないのかもしれないけれど、私の目にはカップルだらけに見える。
そのカップル達を呆然と眺めがら駅に向かってフラフラと歩き続ける。
ドンッ──────...
「あ、ごめんなさ・・・え、大丈夫ですか?」
小柄な女の人と小さくぶつかっただけで私の身体は膝から崩れた。
「大丈夫です、酔っ払っているだけなので。」
地面を見下ろしたまま答えると、女の人と男の気配はすぐに消えた。
「私が顔を上げたらその女、一瞬で私のこと好きになってたんだからね・・・感謝しろ。」
そんな言葉を口にした。
地面を見下ろし続けたまま、細くて長い指が地面を掴んでいるのを見詰め続けたまま、そこに水滴がポタポタと落ちていくのを眺めながら。
口にした。
ポロッと口から出てしまった言葉を・・・。
「疲れちゃった・・・。」
こんな言葉を初めて口にした。
何でか分からないけれど凄く疲れたと思ったから。
私はとにかく疲れている。
凄く凄く疲れている。
もう全部を放り投げてしまいたくなるくらいに疲れている。
「疲れちゃったよ・・・。」
地面が凍っているのかと思うくらいこの手は凍えていく。
もう4月、でも夜はこんなにも寒い。
こんなに寒かったことに今日初めて気付いたような気がする。
落ち続けていく水滴が涙だということにも気付き、乾いた笑い声が口から漏れた。
泣いたのなんていつぶりだろう。
私は何で泣いているんだろう。
この涙の理由を探そうとするけれど、お酒のせいなのか頭に霧がかかっているかのようにハッキリとしない。
そんな頭のまま、私はまた口にした。
「もう疲れちゃったよ・・・。」
口から出てきてしまうこの言葉を我慢することなく地面に向かって呟いた時・・・
その地面に、男の黒い革靴が目に入った。
「大丈夫ですか?」
低くて落ち着いた男の声。
無機質に感じる声だけど今の私には驚くほど優しい言葉に聞こえた。
何故か心臓がドキドキと騒ぎ出す。
だからかこの顔を上げられない。
何でかこの男に自分の顔を見られたくないと思った。
私はこんな顔なんて誰にも見られたくない。
こんな“男”としか認識されないような顔なんて、私はいらない。
マナリーと望だけが私のことを“女の子”として見てくれるだけで良い。
それだけで私は満足。
そんな風に毎日毎日毎日思っているはずなのに、何故か今はそう思えなくて。
「何処か痛みますか?」
すぐ目の前に立っている男が私の前にしゃがんだ気配を感じた。
この胸が凄く痛いような気がしたけれど、私は乾いた笑い声を出しながら答えた。
「寒いだけです。」
この胸が冷たくなっているから痛いのかもしれない。
4月の夜の地面が氷になることを私は初めて知った。
「立てますか?」
男の声が私のことを立たせようとしてくる。
「後で立ち上がります。」
今はどうしても立てなかった。
3センチのヒールの靴でも私はこの男よりもきっと背が高い。
そして私の顔はこの男よりもずっと男前で、きっとこの男もビックリする。
助けたのが“女”ではなく“男”でビックリする。
ビックリする。
婚活パーティーで女の子達から“男”として扱われ、男からは“男”として扱われた。
恋愛の先にある結婚を求めて集まったはずの男女に、生まれて初めてここまでお洒落をした姿の私は“男”として扱われた。
ビックリした。
凄くビックリした。
“そんなに?”と、めちゃくちゃビックリした。
それに気付いた時・・・
「疲れちゃった・・・。」
またこの言葉を口にした。
黒くて冷たい地面に向かって口にした時・・・
急に、フワッ──────...と私の身体は温かさを感じ、この鼻には嗅いだことのない匂いが入ってきた。
それで気付いた。
私の身体には男物のスーツのジャケットが掛けられていた。
それには驚き、思わず顔を上げてしまった。
そしたら、いた。
見覚えのある顔が。
4月1日の昨日、私のことを“女の子”だと普通に言葉にした男の人が。
“女の子”のように扱ってくれたようにも思える言葉を掛けてくれた男の人が。
「砂川さん・・・。」
うちの会社の財務部、田代と同じくらいの見た目の砂川さんがいた。
「あれ・・・園江さん?」
私の目の前に膝をついてしゃがむ砂川さんが私の顔をジッと見詰めてきた。
私のこんな男みたいな顔を。
涙と鼻水でグチャグチャになっているであろう顔を。
とっくに化粧も汚く落ちているだろう顔を砂川さんがジッと見詰めてくるから、私は慌ててまた地面を向こうと顔を動かした。
動かそうとしたその時・・・
「今日は何だか可愛いね。」
砂川さんが、そんな言葉を口にしてきた。
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