“純”の純愛ではない“愛”の鍵

Bu-cha

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「・・・・っちょっ・・・っわたしのこ、と・・・っペラペラしゃべら・・・っないでよ・・・・いつも・・・!!!」



むせながらもお兄ちゃんに文句を言うと・・・



「大丈夫ですよ、お兄さん。
初日は妹さんの力量を知る為に強くも当たりましたけど、今はとっても仲良くさせてもらってます。
前の会社では経理部の女性達が妹さんを甘やかしていたのだと思いますが、私は妹さんにとってプラスになっていくような指導をきちんとしていきたいと思っています。
妹さんは私の指導についてこられる方だと私は信じていますので、これから成長していく妹さんのことをお兄さんは応援して欲しいと思います。」



佐伯さんの返事を聞いて更にむせてしまった。



だって、佐伯さんは初めて見る爽やかな笑顔と声でお兄ちゃんに話しているから。
“誰・・・!?”と突っ込みたくなるくらい、何故か佐伯さんは別人に見える。



むせまくっている私を無視して2人は会話を続けていく。



「応援はしてやりたいけど、純愛・・・。
本当に経理とかそういうのは向いてないと思うんだよ。」



「向いていないかどうかはこれから私が見てみますので、妹さんの前でそういったことは言わないで貰いたいですね。」



「いや、俺が言わなくても純愛自身も知ってるよ。な?」



お兄ちゃんが私に聞いてきて、私はコップで水を飲みながらも頷く。



そしたら佐伯さんが・・・



「お兄さん、シスコンですね~。」



爽やかに笑いながら可愛い声でお兄ちゃんに言った。



「前に園江さんのお話を聞いた時も思いましたけど、お兄さんって園江さんのことが可愛くて可愛くて、自慢したくて仕方ないんですよね?
私は1人っ子なのでそんなお兄さんがいて羨ましいです~!」



そんなことを言い出した佐伯さんのことを見ながら水をもう1口飲もうとした時・・・



「純愛が全然可愛くないから心配してるんだよ。
こんなに可愛くない女子、今まで生きてて純愛以外に俺は見たことないぞ?
子どもの頃は俺と同じ下半身のモノがいつか純愛にも生えてくると思ってて、毎日のように母親に“まだ生えてないけど大丈夫なのか”って確認してたんだよ。
何百回か聞いた時に母親が“お腹の中で取れた”って言ってきた時は、純愛が可哀想で数日間泣き続けた。」



初耳のそのエピソードには少し飲んでいた水が完全に別のトコロに入った。



盛大にむせる私のことを見ることなく2人は会話を続けていく。



そしたら・・・



私の背中を誰かの手が的確に叩いてくれて・・・



その人の手を辿っていくと、辿り着いた先には砂川さんの心配そうな顔があった。



“可哀想”と思われているのだと分かる。
私はまた砂川さんから“可哀想”だと思われている。



私はいつだって砂川さんにとって“可哀想な人”。



“やめてください”



私の背中に触れることも私のことを“可哀想”だと思うこともやめて欲しいからその言葉を口にしたかった。



でも・・・



私の口からは苦しい咳しか出てくることはなく、その言葉を口にすることは出来ない。



佐伯さんは爽やかな笑顔でお兄ちゃんと話し続け、お兄ちゃんはお兄ちゃんで大真面目な顔で変な話ばかりを続け、砂川さんは私の背中を叩き続けた。



そして私の咳がやっと止まった頃・・・



「園江課長、そろそろ昼休憩も終わります。
園江さんはまだ食べ終わっていないようですし、その話の続きは俺でよければ伺いますので。」



「・・・純愛、うどんまだ食べてなかったのか。
そんなのいつも30秒くらいで掻き込んでるだろ。」



「お兄ちゃん本当にウザイ、早く行って。」



「ほら、ね?“可愛い”の欠片も存在してない。」



「私にはきょうだいみたいに育った幼馴染みが数人いますけど、私も幼馴染み達の前ではこんな感じですよ?」



「いや~、でも佐伯さんと純愛ではまず顔がちが・・・」



「園江課長。」



“違う”と続きがあったであろう言葉を砂川さんの低くて落ち着いた声が遮った。



その声と私の背中に感じる砂川さんの大きくて温かい手を感じ、“恥ずかしい”と思った。
お兄ちゃんが口にする私の話はどれも恥ずかしい物で、砂川さんだけには聞かれたくなかった。



「園江さんの指導を佐伯さんに任せると最終的に決定をしたのは譲社長です。
指導方法も佐伯さんの方針に任せるということで話がまとまっていますので、ご意見があるようでしたらこれから俺と譲社長の所に行きますか?」



「・・・譲社長まで出てきてる話なのかよ、純愛の異動。」



「はい、お兄さんの園江課長と同じように園江さんも優秀ですからね。
会社として“使いたい人材”のようです。」



「純愛の性別は女だ。
俺と同じようには出来ない。」



「うちのグループは3、4年前より“出来る奴が上にいく”会社になりました。
ですが増田生命だけはそれより前からずっと“出来る奴が上”にいた会社です。
その増田生命で園江さんは入社3年目で本社の営業部にまで上がってきた人材です。
本社の営業部でも3年間貴重な戦力になっていたことは増田生命では有名な話でした。」



「若かったから出来たことだ。
増田生命でも20代後半以降の女性の働き方は他のグループと同様になっている。
上にいくことを求める女性ばかりではなくなっていく。
自分に合った働き方を大切にする女性がどうしても増えていくからな。」



「オジサン方、あとは2人でやって貰えます?」



砂川さんとお兄ちゃんが本気トーンの会話を繰り広げようとしている時、佐伯さんの可愛い声が割って入った。



「お昼休憩はゆっくり休みたいです。」



「「すみません・・・。」」



砂川さんとお兄ちゃんが2人で佐伯さんに謝罪をし、砂川さんだけは私の背中に手を添えたまま私のことを見下ろしてきた。



「うどん、伸びちゃったよね。」



「そうでしょうね。」



「新しいのを持ってくるよ。」



「もう時間がないので結構です。」



「そうか・・・ごめんね。
明日ご馳走するよ。」



「いえ、結構ですから。」



「佐伯さん、いいかな?」



「私の分もお願いしま~す!」



「うん、何を食べたいか決めておいてね。」



砂川さんは佐伯さんに笑いながらそう言って、私の背中を小さくポン─────...と優しく叩いた。
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