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「純ちゃんの私物は全て処分させて貰ったんだ、ごめんね。」
ハートになっているマグカップを見下ろし続ける私に砂川さんがそう言った。
「色々と置いたままにして私の方こそごめんね。」
捨てられることがなかった、私が使っていたマグカップ。
それにゆっくりと手を伸ばした。
あと少しでこのマグカップに指先がつくという時、砂川さんが楽しそうに笑いながら口にした。
「純ちゃん、知ってたかな?
このマグカップを2つ並べるとネコのシッポでハートの形になるんだよ?」
そんなことは店に並べられている時から知っていた。
低いテーブルに置かれたマグカップを掴み、ネコのシッポで出来たハートを見詰めながら今度は私が聞いた。
「砂川さんは知ってた?」
「全く分からなかったよ。
去年この家をリフォームするっていう時に気付いたんだ。」
「そうなんだ。」
それには大きく笑いながらマグカップを持ち上げ、ホットミルクティーを一気に飲み干した。
砂川さんはこのマグカップがハートになるのだと知らないまま手に取ったのだと分かったから。
よく考えてみればその通りで。
だって砂川さんは私のことを“女”として好きではなかった。
“人”として好きだと何度も言われていた。
だからこのハートに気付かないまま、私が見ていたこのマグカップの隣に置かれていたマグカップを手に取った。
それを昔は喜んでしまっていた。
砂川さんとお揃いのマグカップ。
ただお揃いなだけではない、2つ並べたらハートの形になる2つで1つのマグカップ。
付き合っている男女が選ぶようなマグカップを砂川さんが手に取り買ってくれて、1つ300円のマグカップに私は凄く喜んでいた。
「これだけは処分が出来なくて。
これを買った時やこれで飲み物を飲む時、純ちゃんは凄く喜んでたなと思ったら処分が出来なくて。」
砂川さんのマグカップの隣には置かなかった私が飲み干したマグカップを、砂川さんはまたゆっくりと自分のマグカップの隣に並べた。
それにより黒いハートが出来る。
赤でもピンクでもなく、黒いけれどハートの形が出来てしまう。
そのハートを見下ろしながらまた大きく笑った。
大きく笑わなければ私の“女の子”の心は凄く苦しくて。
苦しさを外に投げ捨てるように思いっきり笑う。
「男より男みたいで女の子からモテるからとはいえ、私の性別は一応女だからね?
私が使ってたマグカップなんて他の物と同じように捨てた方が良いんじゃない?」
一気に喋り、砂川さんのジャケットを脱ぎ捨てるようにソファーに置いた。
「もう温まった!
ありがとうね、ご馳走様!!」
全然暖まっていない私の身体は砂川さんのジャケットがなくなった瞬間にもっと寒くなった。
凍えそうなくらいに寒く。
その寒さを振り切るように立ち上がり、足元に置いていた鞄を持った。
それから砂川さんのことを振り向くことなく歩き始める。
「バイバイ。」
その言葉だけを口にして、リビングの扉を自分で開けて廊下を早足で歩いていく。
そんな私の後ろを砂川さんがついてくる気配を感じながら。
昔はその場で別れていたのに、砂川さんは私のことを玄関まで送ろうとしている。
“変わったな”と思う。
“砂川さんは凄く変わったな”と思う。
「純ちゃんのマグカップ、処分するつもりはないから。」
玄関でヒールの靴を履いた私の背中に砂川さんがそんなことを言ってきた。
もう二度とこの家に来ることがない私に。
玄関の扉の取っ手に手を掛けながら口を開く。
「昔の私のことも全部忘れて。
私も昔の砂川さんのことは全て忘れたから。
だから砂川さんも昔の私のことを全部忘れて。
私だって変わったから。
もう昔の私じゃない。」
昔と全然違うこの家から逃げるように飛び出した。
昔と全然違う砂川さんからも逃げるように。
昔はこの家から離れられなかった私が、今は逃げるように飛び出す。
私はもう、砂川さんのことを純粋に好きだった頃の私ではない。
砂川さんの言葉や行動に一喜一憂していた頃の私ではない。
私は知っている。
もう、知ってしまった。
砂川さんは全然違う。
私では全然違った。
やっぱり、私では砂川さんにとっても全然違った。
ハートになっているマグカップを見下ろし続ける私に砂川さんがそう言った。
「色々と置いたままにして私の方こそごめんね。」
捨てられることがなかった、私が使っていたマグカップ。
それにゆっくりと手を伸ばした。
あと少しでこのマグカップに指先がつくという時、砂川さんが楽しそうに笑いながら口にした。
「純ちゃん、知ってたかな?
このマグカップを2つ並べるとネコのシッポでハートの形になるんだよ?」
そんなことは店に並べられている時から知っていた。
低いテーブルに置かれたマグカップを掴み、ネコのシッポで出来たハートを見詰めながら今度は私が聞いた。
「砂川さんは知ってた?」
「全く分からなかったよ。
去年この家をリフォームするっていう時に気付いたんだ。」
「そうなんだ。」
それには大きく笑いながらマグカップを持ち上げ、ホットミルクティーを一気に飲み干した。
砂川さんはこのマグカップがハートになるのだと知らないまま手に取ったのだと分かったから。
よく考えてみればその通りで。
だって砂川さんは私のことを“女”として好きではなかった。
“人”として好きだと何度も言われていた。
だからこのハートに気付かないまま、私が見ていたこのマグカップの隣に置かれていたマグカップを手に取った。
それを昔は喜んでしまっていた。
砂川さんとお揃いのマグカップ。
ただお揃いなだけではない、2つ並べたらハートの形になる2つで1つのマグカップ。
付き合っている男女が選ぶようなマグカップを砂川さんが手に取り買ってくれて、1つ300円のマグカップに私は凄く喜んでいた。
「これだけは処分が出来なくて。
これを買った時やこれで飲み物を飲む時、純ちゃんは凄く喜んでたなと思ったら処分が出来なくて。」
砂川さんのマグカップの隣には置かなかった私が飲み干したマグカップを、砂川さんはまたゆっくりと自分のマグカップの隣に並べた。
それにより黒いハートが出来る。
赤でもピンクでもなく、黒いけれどハートの形が出来てしまう。
そのハートを見下ろしながらまた大きく笑った。
大きく笑わなければ私の“女の子”の心は凄く苦しくて。
苦しさを外に投げ捨てるように思いっきり笑う。
「男より男みたいで女の子からモテるからとはいえ、私の性別は一応女だからね?
私が使ってたマグカップなんて他の物と同じように捨てた方が良いんじゃない?」
一気に喋り、砂川さんのジャケットを脱ぎ捨てるようにソファーに置いた。
「もう温まった!
ありがとうね、ご馳走様!!」
全然暖まっていない私の身体は砂川さんのジャケットがなくなった瞬間にもっと寒くなった。
凍えそうなくらいに寒く。
その寒さを振り切るように立ち上がり、足元に置いていた鞄を持った。
それから砂川さんのことを振り向くことなく歩き始める。
「バイバイ。」
その言葉だけを口にして、リビングの扉を自分で開けて廊下を早足で歩いていく。
そんな私の後ろを砂川さんがついてくる気配を感じながら。
昔はその場で別れていたのに、砂川さんは私のことを玄関まで送ろうとしている。
“変わったな”と思う。
“砂川さんは凄く変わったな”と思う。
「純ちゃんのマグカップ、処分するつもりはないから。」
玄関でヒールの靴を履いた私の背中に砂川さんがそんなことを言ってきた。
もう二度とこの家に来ることがない私に。
玄関の扉の取っ手に手を掛けながら口を開く。
「昔の私のことも全部忘れて。
私も昔の砂川さんのことは全て忘れたから。
だから砂川さんも昔の私のことを全部忘れて。
私だって変わったから。
もう昔の私じゃない。」
昔と全然違うこの家から逃げるように飛び出した。
昔と全然違う砂川さんからも逃げるように。
昔はこの家から離れられなかった私が、今は逃げるように飛び出す。
私はもう、砂川さんのことを純粋に好きだった頃の私ではない。
砂川さんの言葉や行動に一喜一憂していた頃の私ではない。
私は知っている。
もう、知ってしまった。
砂川さんは全然違う。
私では全然違った。
やっぱり、私では砂川さんにとっても全然違った。
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