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台所とダイニングとリビングがあった和風の部屋、そこは全てフローリングになり深いブラウンの重厚な雰囲気の広いリビングになっている。



そのリビングにあるブラウンの大きなソファーに砂川さんから促され座った。
昔は布のソファーだったけれど今は皮のソファー。
布だと汚してしまう心配をしていたけれど、皮だと皮で引っ掻いたりしてしまわないか心配になってくる。



昔からあるような気がする、大きな部屋に対応出来る大きなエアコンの暖房ではなく床暖房らしきスイッチを入れた砂川さんはそのままシステムキッチンへと向かった。



リビングの部屋と向かい合うことが出来るキッチン台に立つ砂川さんのことを、砂川さんから借りたままのジャケットを羽織りながら少しだけ眺め、それからリビングの中を見渡した。



「家の中を全部リフォームしたの?」



「うん、去年からね。
家具家電や細々した物もやっと揃えて、少し前からこの家に戻ってきたところで。」



「リフォームの間は何処に住んでたの?」



「うちが持っているマンションの1部屋に住んでたよ。
今の会社にそっちの方が近くて。」



「“うち”って増田不動産の?
それとも砂川さんの“うち”の?」



「俺の“うち”の。」



「増田ホールディングスの近くって増田生命より更にオフィス街じゃない?
砂川さんの“うち”ってあんな所にも土地持ってるんだ?」



「うん、いくつかね。」



「砂川さんってお坊っちゃま君だよね。
お嬢様の羽鳥さんと良い勝負なんじゃない?」



古くからいくつもの土地を所有している砂川さんの家。
今はお父さん方のお祖母さん名義になっているそれらはお父さんの奥さんによって管理されていると昔聞いたことがある。



砂川さんと同じように砂川さんのお父さんもそれらには特に興味がないらしい。



増田財閥の分家の人間としての意識が高い羽鳥さんとは対照的な砂川さんではあるけれど、砂川さんも生粋のお坊っちゃま君ではある。



「羽鳥さんの家とはレベルが違い過ぎるよ。
うちはただ土地を所有しているからお金があるだけで、増田財閥のように企業として国や国民に対して大きな影響を及ぼしているわけでもないから。」



“国”や“国民”なんて言葉が会話の中に出て来て、それには乾いた笑い声が漏れた。



「私からしてみたら2人とも私とはレベルが違う人間っていう括りで一緒だよ。」



普通の家庭の私には全然分からないけれど、この部屋にある家具や家電は高い物が置かれているということだけは分かる。



こんな会話をしてこんな家具や家電を見ていると、床暖房により足元からどんどんと温かくなっているはずなのに、この身体はどんどん冷たくなっていく。



凍ってしまうのではないかと思うくらいに冷たく。



私が知っている砂川さんの匂いがするジャケットを羽織る自分の身体を強く抱き締めた。
男の人が抱き締めてくれることはないこの身体は、砂川さんの匂いと砂川さんの温もりが少しだけ残るようなジャケットに抱き締められる。



まるで砂川さんから抱き締めて貰っているよう気がするだけの虚しい匂いと温もり。



それらを感じながら砂川さんの方を見ることもリビングを見渡すこともせず、離れてはいるけれどソファーの目の前にある大きなテレビの黒い画面に映る自分の姿を眺める。



やっぱり砂川さんから抱き締められていることはない自分の姿を呆然としながら確認する。



テレビの黒い画面の中にいる私はまるで男だった。
男性物のスーツのジャケットを羽織り、化粧による色が移らないテレビの黒は私のことを女ではなく男にしてしまう。



男にしか見えない自分の姿に笑うことも出来ずにいた時、砂川さんがテレビの画面に映り込んできた。



「はい、ホットミルクティー。」



高級であろう皮のソファーの前に置かれている低めのテーブル。
そのテーブルに砂川さんが“ホットミルクティー”と言って、マグカップを置いてくれた。



甘い飲み物なんて全然好きじゃない私だけどホットミルクティーだけは好きで。



でもやっぱり甘い飲み物は全然好きではないので・・・。



「砂糖は入れてないからね。」



砂川さんが1つ付け足し説明をした。



私のホットミルクティーの隣に砂川さんが飲むであろうカフェオレどころかコーヒー牛乳のようにも見える飲み物が入ったマグカップを置いて。



「俺は相変わらずコーヒー牛乳に更に牛乳を加えたやつ。」



私とは違い甘い物が大好きな砂川さんがそう言った。



こんなに大きなソファーなのに私のすぐ隣に座った砂川さんを見ることも出来ず、私は目の前に置かれたマグカップから目を離すことが出来ない。



昔私が選び砂川さんが買ってくれた1つ300円もしないマグカップ。



長いシッポの黒い猫が描かれていて・・・



その2つのマグカップを並べると、猫のシッポにより黒いハートが出来る。



赤でもなくピンクでもなく、黒い色だけどハートが出来る。



私の少しだけ甘味を感じるミルクティーと、きっと凄く甘い砂川さんのコーヒー牛乳が入ったマグカップ。



その2つのマグカップを・・・



2つで1つのような甘いマグカップを見て・・・。



温かいホットミルクティーを飲む前から私の身体は、私の“女の子”の心は、少しだけ温かくなった。



砂川さんが羽鳥さんと一緒に住むことになるであろうこの家の中で、ほんの少しだけ温かくなってしまった。



昔と全然違うこの家で、たった1つだけ残っていた昔と同じ物。



2人で買って2人で何度も使っていたマグカップ。



密かに1人で何度も何度も何度も並べていたハートのマグカップは、捨てられることなくこの家にあった。



砂川さんのトコロに残っていた。
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