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中学生になってから、私の心はよくザワザワとするようになった。
小学生の頃の方が秘書としてもっと頑張れていた気がする。
小学生の頃は、”中学生になったらお兄ちゃんみたいな完璧な秘書になれる“、そんなことを夢に見ていた。



なのに、現実は全然違うもので。



「おい、コートだか何だか知らねーけど、そんなどうでも良い余計な話を仕事中にしてるんじゃねーよ。」 



21時前、私の部屋に入ってきたお兄ちゃんはめちゃくちゃ怒った顔でそう言った。



”ごめんなさい“



いつもみたいにそう言えば終わる話なのだと分かる。



そう謝って、頑張って気を付けていけば良い話なのだと分かる。



でも、謝れなくて。



この口から”ごめんなさい“の”ご“も言うことなんて出来ない。



だって、私はそんな悪いことをした?



そんなに怒られることを言った?



そんなに”いけないコト“を言った?



「ピーコート・・・欲しかったんだもん・・・!!!
みんな・・・っみんな着てるし・・・っ友達からも”買って貰いな“って言われて・・・っ!!!」



「うちは”普通“の家なんだよ!!
入学祝いに普段は買えないような高いコートを買って、もう1つ別のコートを買いたいって言われても頷くことはしない”普通“の家なんだよ!!」



お兄ちゃんが怒鳴りながら私の目の前に立った。



私より背は高いけれど一美さんと同じくらいしか身長がないお兄ちゃんが。
私と似ている”可愛い顔“と言われるお兄ちゃんが。



「わざとそれを見せたなら俺も怒らない。
でもお前のは本心だろ?
本心で言ったから一美が自分の小遣いで秘書に物を買うとか言い出したんだろ?
まだ自分で稼いだこともない奴に・・・金の重さを理解出来ていない一美に、秘書に金品を貢がせるわけにはいかない。」



そんなことは分かっている。



そんなことは知っている。



だから私は頷けなかった。



頑張って頷かなかった。



「あいつはお嬢様だからな。
それも一平さんよりも男寄りの心と頭を持ってる。」



「お兄ちゃんが・・・そうしたんじゃん・・・。」



「仕方ないだろ、今は分家の”家“が小関だけしか機能してない。
財閥を支えて財閥の為に動ける奴なら女だろうが役に立たせるしかない。」



「役に立たせるとか、酷い・・・酷い・・・っ。
一美さんが可哀想・・・っ。」



「そうだよ、可哀想だよ。」



お兄ちゃんがそう言って、苦しそうな顔で私のことを見詰めた。



「だから変な癖をつけさせたくない。
いくら”普通“の俺らと住んでいるとはいえ、一美はお嬢様だからな。
簡単に”何か“を渡すような癖をつけさせるわけにはいかない。
一美が・・・、一平さんと一美が持つ全ての物は、”普通“の奴らの物とは違う。
それは金品だけではなく、その心も、その言葉も、とても価値のある物で、”何か“や誰か“を動かす力となる。
それらは良くも悪くも影響力を持ちすぎている。」



「分かってる・・・そんなの、昔からちゃんと知ってる・・・っ」



答えた私にお兄ちゃんはまた不機嫌な顔になった。



「俺らが何か1つでも間違えると、一平さんも一美ももっと可哀想なことになる。」



「分かってる・・・っ」



「あの2人をもっと可哀想にさせくないだろ?」



「そんなの私だって思ってる・・・っ」



「だったら行って来い。」



お兄ちゃんがそう言って、私の部屋の扉を指差した。



「一美にめちゃくちゃ説教したから落ち込んでる。」



「うん・・・私のせい・・・。」



「一美は自分のせいだと思ってる。
自分がお嬢様だからお前にコート1つも買ってやれないと思ってる。」



「うん・・・。」



「”愛してる“って言ってやれ。
お嬢様の一美を”愛してる“って。」



「うん・・・。」



「なんだよ、愛してないのかよ。」



「愛してるよ・・・。
ちゃんと、本当に愛してるよ・・・。
でも・・・」



言葉を切った後に私は泣いた。



「この前は、”逃げてください“って言っちゃった・・・っっ」



絶対に怒られると思ったけどお兄ちゃんは怒らなくて。



「あいつは何だって?」



凄く冷静な顔でそう聞いてきて、私も冷静になりながら口を開いた。



「”望のことはいつか必ず逃がす“って言われた。」



「で、お前は何て答えた?」



「私は逃げないって・・・。
一美さんと同じタイミングでそう言った・・・。」



私の返事にお兄ちゃんは満足そうに笑った。



「俺達で一平さんことも一美のことも育てる必要がある。
増田財閥の分家の人間として綺麗で正しく生きられるように。」



お兄ちゃんが私の腕を掴み、強引に私を扉の方へ歩かせた。



「綺麗で正しく、そして強い男と女にするぞ。
周りのいけない分家の奴らには流されない、愛しているお前を分家の人間として守り抜けるくらい強い2人に。」



お兄ちゃんがそう言って、私のことを力強い目で見た。



「俺が望の分まで完璧な秘書の役目は背負う。
だからお前はそのままの”ダメ秘書“でいればいい。
一平さんと一美が分家の人間として綺麗で正しく、そして強く成長出来そうだしな、そのままの“ダメ秘書“でいろよ。」



お兄ちゃんのその言葉には凄くムカムカとした。



凄く凄くムシャクシャとした。



心がめちゃくちゃになってくる。



めちゃくちゃになってくるから今日もやっぱり思ってしまう。



「私だってちゃんと秘書になる・・・っ。
お父さんやお母さん、お兄ちゃんみたいな秘書になる・・・っ。
それで一平さんと一美さんの手足になって2人のことを幸せにする・・・っっ。」



叫ぶように言った私にお兄ちゃんは満足そうに笑った。



「どうせ無理だろ、お前には無理だよ。」



そんな言葉をいつものように言う。



昔からお兄ちゃんは私にそう言う。



そんな”暗示“や”洗脳“のような言葉を私に言う。



”綺麗で正しく“生きるお嬢様だからこそ親族以外の男の人に対する免疫がない一美さんに、少しでも異性の免疫をつけさせる為、秘書“と”家族“、そして少しの”異性“のポジションまで担当しているお兄ちゃんが、私に今日もそう言った。
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