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中学1年生 12月



「お母さん、学校の物で欲しい物があって。
ピーコートなんだけど。」



夜、お母さんが食器洗いをしていくお皿を私がキッチンタオルで拭いていきながら話を切り出した。
寒くなった日からずっと切り出せずにいた話をする為に。



「ピーコート?
寒くなる前にダッフルコート買ったでしょ?」



「うん、そうなんだけど・・・。
ピーコートを着てる先輩達が多くなってきて、そしたら1年生もピーコートを着るようになって。」



「そうなんだ、先輩に憧れる歳だからね。」



「うん。」



「・・・・・・・。」



「うちは買えない?
・・・ダッフルコートは学校じゃない日に着るから。」



「今年はあのダッフルコートを新しく買ったでしょ?
あのダッフルコート、“Hatori”のダッフルコートで凄く良い物だからね?
お父さんが“望も中学生でお姉さんになったから”って、あのダッフルコートを買ってくれたんだよ?」



「うん・・・。」



これでこの話は終わり。



終わりにしなければいけない。



うん、終わりにしよう。



そう思ったけれど、これだけは言った。



何だか凄くイライラとして。



何だか凄くムシャクシャとして。



カレンダーが思い浮かび、中学生になりやっと来た生理のことも思い浮かんだ。
生理がやっと来て嬉しい気持ちにもなったけれど、それ以上にこのザワザワとする気持ちが出てきたことに自分ではどうして良いのか分からなくなっていた。



「一平さんや一美さんみたいな学校じゃなくて私は公立中学校だから、みんな“Hatori”とか知らないよ。
あれが質の良いダッフルコートだなんてみんな気付かないよ。」 



私はピーコートが欲しかった。



私もピーコートを着たかった。



先輩達はみんなお洒落だし、同級生達もクラスのみんなも・・・友達も、みんなピーコートを着て凄く可愛くなった。



クラスの中でダッフルコートを着ている女子は私とあと数人だけ。
あとはみんなピーコートを着ている。



“望も買って貰いなよ”
今日も友達からそう言われ、私はやっと言えたのに。



やっと言えたのに・・・。



「“Hatori”は普通の女の子達は知らないのかぁ。」



冷蔵庫が開く音が聞こえ、一美さんの明るい声が聞こえてきた。
それには慌てて振り向くと、一美さんは冷蔵庫の中を眺めながら綺麗な横顔を笑顔にした。



「ごめんなさい・・・!!
奥様の家の会社なのに・・・!!」



慌てて謝った私に一美さんはやっぱり笑顔で、片手でゆっくりと“何か”を取り出した。



その手には今日のお昼に私が作ったパウンドケーキをカットしのせたお皿が。



ニッコリと優しい笑顔で私のことを見て、一美さんが口を開いた。



「私のお小遣いで土曜日に買いに行こうか。」



「そんな・・・っいけません・・・っっ」



私より1歳上の一美さんに慌てて首を横に振ると、一美さんが優しい優しい顔で笑った。



「いつも美味しいスイーツを作ってくれるから、そのお礼に。
私は小関の“家”の長女なのに、望にお年玉も渡せそうにないから。」



「お年玉だなんて、そんな・・・っっ。」



「お兄ちゃんは最近増田ホールディングスの総務部でバイトを始めたから、お正月に和希と望にお年玉を渡すって言ってたの。
私はそれが凄く羨ましくて。」



この家のお嬢様である一美さんがそう言って、お母さんのことをゆっくりと見た。



「この家の中に、“普通”の家の姿も入れてくれてありがとうございます。
いつも凄く勉強になります。」



一美さんがそう言った後に凄く綺麗な顔で、でも少しだけ“いけない顔”で笑って・・・



「ほら、私はお嬢様だから。
お年玉い~っっっぱい貰ってるの!
望も知ってるでしょ?」



一美さんのその言葉に、何でか泣きそうになり必死にその涙を我慢した。



「はい、知ってます・・・。
でも・・・でも、大丈夫です。
お兄ちゃんにまた怒られちゃう。」



「もぉ~っ、和希には私から言っておくから!!」



一美さんはそう言って、「いただきます」と嬉しそうな笑顔で私のパウンドケーキを持って行った。



「あ、一美。また肉つくぞ?」



「え・・・私太ってる?」



「さあ、あんまりよく見たことないから知らないけど。」



「知らないなら言わないでよぉ。
ビックリした~!!
・・・あ!!和希!!
そんなことよりも・・・」



一美さんがお兄ちゃんを手招きし、キッチンの向こう側へと消えていった。



「お嬢様が皿持ったままウロウロするとかいけないだろ!!」



お兄ちゃんの怒った声だけが聞こえてきて、その声に思わず私がビクッとなる。



「あの2人、大丈夫かしら・・・。」



お母さんの心配そうな声がし、私は小さく笑った。



「大丈夫でしょ。」



「でも和希・・・年頃だし、“いけないコト”をしないといいけど。」



一美さんと同じ歳のお兄ちゃん。



“また肉つくぞ?”



絶対に一美さんの胸のことについて言ったのに、一美さんは全然気付いていなかった。



一美さんは全然気付いていなかった。



お兄ちゃんの一美さんへの想いも。



そして、自分の心の底にあるお兄ちゃんへの想いも。




いや、気付いていないのではなく必死に気付かないようにしているのだと分かる。




「大丈夫でしょ、お兄ちゃんは既に完璧な秘書だから。」



中学生になったのにまだまだ秘書になり切れない自分に凄くムカつきながら、投げやりにそう言った。



「そうだね、和希より一美お嬢様よね、“いけないコト”に興味津々なのは。
一平坊っちゃんはそんなことはないのに、一美お嬢様の方が・・・ね。
秘書とは結婚したらいけないのに。」



「凄く良いお嬢様だよ、一美さんは。」



「うん、それはそうだけど。」



「凄く・・・凄く良い“お姉さん”だよ・・・!!」



私にピーコートを買ってくれると言ってくれた一美さんの言葉を私はしっかりと受け取った。



その言葉だけはちゃんと受け取った。



ピーコートを受け取ることは出来ないけれど、一美さんのその気持ちとその言葉だけでもちゃんと受け取ることが出来た。



私にとって一美さんは“お姉さん”でもある。



本物のお兄ちゃんよりも私にとっては“普通”のお姉さんみたいな存在で。



私の家族。



この“家”に住む、学校にいるみんなの家族とは違う、“普通”ではない私の“家族”。
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