298 / 362
6
6-45
しおりを挟む(しっかりしろ、俺。今はユリシーズのことだけ考えろ)
ゆっくりと肺から息を吐きだして――今度は、大きく吸い込む。
空気は悪いが、それでも、脳に目一杯の酸素を送り込む。
そして気合いを入れ直し、脳内で出口までの距離をはじき出した。
――入口から崩落場所までにかかった時間はおよそ二十分。
だが、うち半分以上は魔物との戦闘に費やした。
ということは、実際に歩いた時間は長くて十分。歩行速度は分速八十メートル……だが、実際はもっと遅かっただろうし、立ち止まったりもした。それを考慮すると、分速六十メートルくらいだろうか。
――となると……。
(せいぜい六百メートルってところか。だが既に半分は過ぎているはず。つまり残りは三百メートル。……ハッ、楽勝だ)
こうやって数値に表すと、漠然とした不安が消える気がする。
データは希望にも絶望にもなり得るが、出口があるとわかっている今は希望の方だ。
このまま魔物と遭遇しなければ、五分後にはマリアのところに辿り着けるのだから。
――だがそう思ったのも束の間、俺は直感的に足を止めた。
前方から、何かが忍び寄る気配がする。
「とうとう来たか……」
俺は背中からユリシーズを下ろし、地面に横たえた。
グレンは逃げてもいいと言ったが、この狭い坑道で、迫りくる魔物から逃げきるなど不可能に近い。
たとえ逃げたとしても、今の右足の状態ではすぐに追いつかれるに決まっている。
つまり、倒す以外の選択肢は――ない。
「俺だって、やるときはやるんだよ」
俺は自身を鼓舞するように呟いて、聖剣を引き抜いた。
正面で構え、近づいてくる敵の様子を伺う。
そして数秒の後、暗闇から姿を現したのは、瘴気をたっぷり吸いこんだであろう巨大な蛇だった。
「……っ」
(――でかい)
長さは十メートル近く。大きな顎に鋭い牙、魔物特有の赤い瞳。
食事の後なのか、胴がいびつな形に盛り上がっている。
そのシルエットに、俺はどうしようもなく勘づいてしまった。
「……こいつ、まさか……」
(人間を……喰ってやがる……!)
ここに入ったときから違和感は感じていた。
マリアは遺体が放置されていると言ったのに、実際は誰一人見当たらないことに。
俺はその理由が、ここが入口付近だからだと思っていた。
けれど違ったのだ。この蛇が、人間の身体を丸呑みにしていたからなのだ。
「――っ」
ああ……駄目だ。怖い。怖くて……足がすくんでしまう。
魔物は人を襲う。それはグレイウルフと戦って、よく理解していたはずなのに。
ユリシーズが隣にいないことが、自分一人で戦わなければならないことが、こんなにも恐ろしいことだったなんて……。
――でも……。
「……来いよ」
ユリシーズは俺を守ってくれた。だから今度は、俺がユリシーズを守る番だ。
それに、俺が手にしているのは聖剣。天下の大神官、サミュエルの聖剣だ。蛇ごときに負けるはずがない。
俺は大蛇を見据え、剣先を向ける。
「お前は俺が倒す。これは決定事項だ」
魔物に人間の言葉がわかるわけがない。まして蛇だ。犬や猫ではなく、蛇。
そんな奴に、何を言ったって無駄。そんなことは百も承知だ。
けれどそれでも、俺は言わずにはいられなかった。
殺さなければ、殺される。
そんな状況で、俺はそうでも言わなければ、今にも逃げ出したくなる気持ちを抑えてはいられなかった。
「殺ってやる」
こいつは俺がここで殺す。
それ以外に、俺たちが生き延びる方法はないのだから。
俺は蛇と睨み合う。
そして数秒の後――蛇が動きだすと同時に――俺は一気に間合いへと踏み込んだ。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。

婚約者が巨乳好きだと知ったので、お義兄様に胸を大きくしてもらいます。
鯖
恋愛
可憐な見た目とは裏腹に、突っ走りがちな令嬢のパトリシア。婚約者のフィリップが、巨乳じゃないと女として見れない、と話しているのを聞いてしまう。
パトリシアは、小さい頃に両親を亡くし、母の弟である伯爵家で、本当の娘の様に育てられた。お世話になった家族の為にも、幸せな結婚生活を送らねばならないと、兄の様に慕っているアレックスに、あるお願いをしに行く。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~
汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ
慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。
その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは
仕事上でしか接点のない上司だった。
思っていることを口にするのが苦手
地味で大人しい司書
木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)
×
真面目で優しい千紗子の上司
知的で容姿端麗な課長
雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29)
胸を締め付ける切ない想いを
抱えているのはいったいどちらなのか———
「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」
「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」
「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」
真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。
**********
►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
なし崩しの夜
春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。
さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。
彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。
信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。
つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる