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第70話 美沙希の幸福と困惑
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美沙希はかつてないほどの幸福の中にいた。
唯一の友だちだと思っていたカズミに加えて、西湖が親友だと言ってくれた。
真央とも仲よくつきあえているし、佐藤と一緒にいても怖くなくなっている。
仲間と文化祭の準備をするのは楽しかった。
対人恐怖症だと思っていた自分に、こんなときが訪れるとは考えてもいなかった。
地に足がつかないほどうれしい。ふわふわとした気分だ。
ただひとつ、気になることがある。
カズミが最近イライラしているように思える。
彼女は9月の取材でノーフィッシュに終わったが、その日だけ不調だったのではなくて、ずっと精神的に不調なのではないか?
釣りは集中力が途切れると、うまくいかなくなる。
イライラして心ここにあらずといった精神状態では釣れない。
釣れたとしても、それは価値ある釣った魚ではなく、たまたま釣れてしまった価値のない魚だ。
カズミの不機嫌の原因はわからない。
いや、ひとつだけ推測がある。
嫉妬……。
彼女が同性愛者で、自分を好きなのではないか、と思ったことは何回かある。
その仮定が正しかったとすると、西湖ちゃんと私が仲よくしていることが、面白くないのではないか、という推測ができる。
もしそうだとしたら、どうすればよいのだろう……?
カズミのことは大好きだ。
一緒にいられなくなることが耐えがたいほど好きだ。
でも彼女に恋しているかと尋ねられると、答えはわからないとしか言いようがない。
恋愛がどういうものか、美沙希にはよくわからない。
西湖と仲よくしなければ、カズミがイライラしなくなるのだとしても、それも選択肢としてはあり得ない。
西湖と話すのは楽しいし、親友と言ってくれた彼女を無視したり、邪険にしたりするなんて絶対にできない。
どうすればよいのかわからなくて、美沙希は困惑していた。
水曜日の放課後は真央が用事があるため、打ち合わせは中止になった。
「釣りしよっか」と美沙希はカズミに向かって言った。
「うん。ベイトタックルの練習がしたい」
カズミは美沙希に微笑みかけた。
「バス釣りですかっ。ボクも混ぜてくださいっ。この間はタナゴルアーを投げまくりましたが、ワームの釣りも覚えたいです!」と西湖が割って入ってきた。
美沙希はすぐには答えず、カズミのようすを見た。
彼女が明らかに不機嫌になっているのがわかった。
「ごめんね、西湖ちゃん。今日はカズミにベイトタックルの扱い方を教えたいの。ふたりで釣りに行く」
そう言うと、カズミの顔がぱあっと明るくなった。
これは、やはり嫉妬が原因でイライラしていたのかな?
私は、カズミに告白されたときの答えを、きちんと用意しなければならないのだろうか?
「えーっ、ボクも美沙希ちゃんの個人レッスンを受けたいですっ」
「わかった。今度打ち合わせがない日があったら、西湖ちゃんとふたりでバス釣りをする」
そう言ったら、今度は西湖の顔が輝き、カズミがしょんぼりとした。
これは、私の手に負えない事態になっているのでは、と美沙希は思った。
彼女は深い困惑に捕らわれた。
美沙希とカズミはテトラポッドが沈められているウシボリで釣りをすることにした。
「カズミはラバージグを覚えればいいと思う。ワームのテキサスリグと同じ感覚で使えるルアーだから」
「ラバージグかあ。いちおう釣具店でバイトしたから知ってはいるけれど、あれ、釣れるの?」
ラバージグとは、オモリと針が一体となったジグヘッドにライン型のラバーがたくさんついているルアーである。バスへのアピール力が強く、なおかつナチュラルな生物感もあって、よく釣れる。ブラシガードがついたタイプは根かがりもしにくい。たいてい針にワームやポークなどのトレーラーを装着して使用する。テトラポッド帯や葦際などの根がかりしやすいポイントで多用されるルアーだ。
美沙希はそれを説明した。
「わかった。やってみる」
「今日はラバージグを持っていないだろうから、私のをひとつあげる」
「ありがとう!」
カズミは集中力を増したようすで釣りをした。
少なくとも、美沙希にはそう感じられた。
ライントラブルは1回もなかった。
日没直前、カズミは38センチのバスを釣った。
「やったーっ! ラバージグ楽しい!」
「ラバージグを使い込んでみたら? デカバスが釣れやすいんだよ。得意ルアーにすればいいと思う」
「そうするよ!」
カズミは満面の笑顔になっていた。
やっぱりこの子と釣りをするのは楽しい、と美沙希は思った。
唯一の友だちだと思っていたカズミに加えて、西湖が親友だと言ってくれた。
真央とも仲よくつきあえているし、佐藤と一緒にいても怖くなくなっている。
仲間と文化祭の準備をするのは楽しかった。
対人恐怖症だと思っていた自分に、こんなときが訪れるとは考えてもいなかった。
地に足がつかないほどうれしい。ふわふわとした気分だ。
ただひとつ、気になることがある。
カズミが最近イライラしているように思える。
彼女は9月の取材でノーフィッシュに終わったが、その日だけ不調だったのではなくて、ずっと精神的に不調なのではないか?
釣りは集中力が途切れると、うまくいかなくなる。
イライラして心ここにあらずといった精神状態では釣れない。
釣れたとしても、それは価値ある釣った魚ではなく、たまたま釣れてしまった価値のない魚だ。
カズミの不機嫌の原因はわからない。
いや、ひとつだけ推測がある。
嫉妬……。
彼女が同性愛者で、自分を好きなのではないか、と思ったことは何回かある。
その仮定が正しかったとすると、西湖ちゃんと私が仲よくしていることが、面白くないのではないか、という推測ができる。
もしそうだとしたら、どうすればよいのだろう……?
カズミのことは大好きだ。
一緒にいられなくなることが耐えがたいほど好きだ。
でも彼女に恋しているかと尋ねられると、答えはわからないとしか言いようがない。
恋愛がどういうものか、美沙希にはよくわからない。
西湖と仲よくしなければ、カズミがイライラしなくなるのだとしても、それも選択肢としてはあり得ない。
西湖と話すのは楽しいし、親友と言ってくれた彼女を無視したり、邪険にしたりするなんて絶対にできない。
どうすればよいのかわからなくて、美沙希は困惑していた。
水曜日の放課後は真央が用事があるため、打ち合わせは中止になった。
「釣りしよっか」と美沙希はカズミに向かって言った。
「うん。ベイトタックルの練習がしたい」
カズミは美沙希に微笑みかけた。
「バス釣りですかっ。ボクも混ぜてくださいっ。この間はタナゴルアーを投げまくりましたが、ワームの釣りも覚えたいです!」と西湖が割って入ってきた。
美沙希はすぐには答えず、カズミのようすを見た。
彼女が明らかに不機嫌になっているのがわかった。
「ごめんね、西湖ちゃん。今日はカズミにベイトタックルの扱い方を教えたいの。ふたりで釣りに行く」
そう言うと、カズミの顔がぱあっと明るくなった。
これは、やはり嫉妬が原因でイライラしていたのかな?
私は、カズミに告白されたときの答えを、きちんと用意しなければならないのだろうか?
「えーっ、ボクも美沙希ちゃんの個人レッスンを受けたいですっ」
「わかった。今度打ち合わせがない日があったら、西湖ちゃんとふたりでバス釣りをする」
そう言ったら、今度は西湖の顔が輝き、カズミがしょんぼりとした。
これは、私の手に負えない事態になっているのでは、と美沙希は思った。
彼女は深い困惑に捕らわれた。
美沙希とカズミはテトラポッドが沈められているウシボリで釣りをすることにした。
「カズミはラバージグを覚えればいいと思う。ワームのテキサスリグと同じ感覚で使えるルアーだから」
「ラバージグかあ。いちおう釣具店でバイトしたから知ってはいるけれど、あれ、釣れるの?」
ラバージグとは、オモリと針が一体となったジグヘッドにライン型のラバーがたくさんついているルアーである。バスへのアピール力が強く、なおかつナチュラルな生物感もあって、よく釣れる。ブラシガードがついたタイプは根かがりもしにくい。たいてい針にワームやポークなどのトレーラーを装着して使用する。テトラポッド帯や葦際などの根がかりしやすいポイントで多用されるルアーだ。
美沙希はそれを説明した。
「わかった。やってみる」
「今日はラバージグを持っていないだろうから、私のをひとつあげる」
「ありがとう!」
カズミは集中力を増したようすで釣りをした。
少なくとも、美沙希にはそう感じられた。
ライントラブルは1回もなかった。
日没直前、カズミは38センチのバスを釣った。
「やったーっ! ラバージグ楽しい!」
「ラバージグを使い込んでみたら? デカバスが釣れやすいんだよ。得意ルアーにすればいいと思う」
「そうするよ!」
カズミは満面の笑顔になっていた。
やっぱりこの子と釣りをするのは楽しい、と美沙希は思った。
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