51 / 78
第51話 水郷イタコ花火大会
しおりを挟む
花火大会の日、カズミは午後5時5分前に、川村家を訪れ、ドアフォンを鳴らした。
「はい」と言って、美沙希は玄関を開けた。
そこに、淡いピンクの地に百合柄の着物を着たカズミがいた。髪はアップにまとめられ、つまみ細工の可憐なかんざしを刺している。
まるで花嫁のようだった。
不意を打たれて、美沙希はよろめいた。
彼女は祭礼のときと同じ紺と白のゆかたを着ている。
着物姿のカズミが美沙希の手を握り、キタトネ川沿いを歩き始めた。
カズミの左手が美沙希の右手を握っている。
いわゆる恋人繋ぎだった……。
水郷ホクサイ公園は満員だった。
ふたりは片隅に立って、空を見上げた。
花火大会は7時から始まる。
まだ空は明るく、青い空に白い雲が浮かんでいた。積乱雲だった。
夕立が降るかもしれない、と美沙希は思った。
6時ごろ、ザアッと夕立が降った。
会場の人々はほとんど動かなかった。
美沙希は傘をさした。
カズミは傘を持っていなかったので、相合傘になった。
彼女は美沙希に身を寄せ、ぴったりとくっついた。
夕立の途中で、カズミが美沙希に何かささやいた。その瞬間、雷が鳴った。
「何? 聞こえなかった」
「なんでもない」とカズミは答えた。
花火大会が始まった。
ドン、と腹に響くような音を立て、ひゅるるるると花火が打ち上げ場所の船の真上に上がる。
ドーンと花火が破裂して、華やかな色彩が夜空をいろどる。
パラパラと粉が落ち、硝煙の匂いが立ち込める。
ドーン、ドドン。
ドン、ドン、ドン……。
スターマインが咲いた。
美しく。
美沙希は百合柄の着物を着たカズミの横顔を眺めた。
花火よりも美しい。
垂れ目が可愛い。
ずっと一緒にいたい。
あいしているかも……。
花火大会の間中、ふたりは手を握っていた。
恋人握りで……。
最後の花火が夜空を壮麗にいろどり、大会は終わった。
人々が水郷ホクサイ公園から離れていく。
しかし美沙希とカズミはそのまま星空を見つめつづけていた。
帰りたくなかった。
だが、いつまでもそこにいるわけにはいかなかった。
会場係から終わりましたよ、と声をかけられ、我に返ったふたりは帰路についた。
川村家の前で「さよなら、またね」とカズミは言った。
「また」と美沙希は答えた。
明日からカズミはバイトだ。
会う約束はない。
「また」がいつか、わからない。
カズミからの告白はなかった。
百合の意味を、美沙希は問わなかった。
まだふたりは恋人同士ではなかった。
「はい」と言って、美沙希は玄関を開けた。
そこに、淡いピンクの地に百合柄の着物を着たカズミがいた。髪はアップにまとめられ、つまみ細工の可憐なかんざしを刺している。
まるで花嫁のようだった。
不意を打たれて、美沙希はよろめいた。
彼女は祭礼のときと同じ紺と白のゆかたを着ている。
着物姿のカズミが美沙希の手を握り、キタトネ川沿いを歩き始めた。
カズミの左手が美沙希の右手を握っている。
いわゆる恋人繋ぎだった……。
水郷ホクサイ公園は満員だった。
ふたりは片隅に立って、空を見上げた。
花火大会は7時から始まる。
まだ空は明るく、青い空に白い雲が浮かんでいた。積乱雲だった。
夕立が降るかもしれない、と美沙希は思った。
6時ごろ、ザアッと夕立が降った。
会場の人々はほとんど動かなかった。
美沙希は傘をさした。
カズミは傘を持っていなかったので、相合傘になった。
彼女は美沙希に身を寄せ、ぴったりとくっついた。
夕立の途中で、カズミが美沙希に何かささやいた。その瞬間、雷が鳴った。
「何? 聞こえなかった」
「なんでもない」とカズミは答えた。
花火大会が始まった。
ドン、と腹に響くような音を立て、ひゅるるるると花火が打ち上げ場所の船の真上に上がる。
ドーンと花火が破裂して、華やかな色彩が夜空をいろどる。
パラパラと粉が落ち、硝煙の匂いが立ち込める。
ドーン、ドドン。
ドン、ドン、ドン……。
スターマインが咲いた。
美しく。
美沙希は百合柄の着物を着たカズミの横顔を眺めた。
花火よりも美しい。
垂れ目が可愛い。
ずっと一緒にいたい。
あいしているかも……。
花火大会の間中、ふたりは手を握っていた。
恋人握りで……。
最後の花火が夜空を壮麗にいろどり、大会は終わった。
人々が水郷ホクサイ公園から離れていく。
しかし美沙希とカズミはそのまま星空を見つめつづけていた。
帰りたくなかった。
だが、いつまでもそこにいるわけにはいかなかった。
会場係から終わりましたよ、と声をかけられ、我に返ったふたりは帰路についた。
川村家の前で「さよなら、またね」とカズミは言った。
「また」と美沙希は答えた。
明日からカズミはバイトだ。
会う約束はない。
「また」がいつか、わからない。
カズミからの告白はなかった。
百合の意味を、美沙希は問わなかった。
まだふたりは恋人同士ではなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる