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長い橋
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K市とT市は大きな川でさえぎられていた。1本の長い橋がその間をつないでいる。
私は午前7時にT市の川岸近くにある自宅を出発し、ヘラブナ釣りの道具を持って橋を渡り、K市側の河川敷にある池で釣りを楽しんだ。
5月の気持ちのいい晴れた日曜日だった。風薫る5月。新緑を見ながら、私は10枚のヘラブナを釣った。
最後の1枚は軽く尺を超えていた。網ですくったその魚は恨めしそうに私を見ていた。年老いた魚だった。その日最大の魚をスマホで写真撮影してから、池に放った。
午後4時に私はすっかり満足して納竿し、帰路についた。
長い橋を歩いて渡り始めた。
太陽はまだ高く、私は元気だった。
明日は仕事だ。帰宅し、休憩し、妻とともに夕食を食べ、少しばかり酒を飲もうと思っていた。
おかしいなと思ったのは、長い橋の半ばにさしかかったころのことだった。距離感がおかしい。橋の全長は2キロメートルほどのはずだが、半ばにいるのに、橋の終点まで2キロぐらいに見えた。
私は少し足を速めて歩いた。
早く帰って、ゆっくりと休みたかった。
ざっ、ざっ、ざっと歩いた。体感で30分ほどは歩いた。
ところが、いっこうに橋を渡り切ることができないのだ。
終点はますます遠のいているように見えた。
3キロメートルぐらい離れているように感じた。
後ろを見ると、K市側の橋の終点も3キロメートルほど遠くにあるようだ。
2キロメートルの長さの橋が、6キロに見えているということだ。
太陽は沈みかけ、空をだいだい色に染めていた。川面の一部が赤く輝いていた。美しい夕焼けだ。
しかし、私はその夕暮れの風景を楽しむゆとりを失くしていた。パニックに陥り、走ってT市へと向かった。
たどり着くどころか、橋のたもとはますます遠くなった。
「うわーっ」と私は叫んでしまった。
車は私の横をびゅんびゅんと通り過ぎ、対岸へたどり着いているように見えた。
私は走っても走ってもたどり着くことができなかった。いつまで経っても橋の半ばにいた。
私はズボンのポケットからスマホを取り出し、自宅に連絡した。
「おかけになった電話番号は電源が入っていないか、電波が届かないところにあります」と録音された音声が言った。
そんな莫迦なことがあるか、と私は思った。この電話番号は家の固定電話の番号なのだ。ここと家の間にはさえぎるビルも山もない。電波は届くはずだ。
しかし、スマホは機械的に音声をくり返すだけだった。
私はスマホをまじまじと見た。
圏外になっていた。
そんな莫迦な!
ここは関東平野の真ん中だぞ?
太陽は半分以上、地平線の下に隠れていた。
私は自宅への最短距離をあきらめ、スマホをポケットに仕舞い、K市側へと歩き始めた。
K市の駅へ行き、電車で帰ろうと思ったのだ。
しかし、K市側の橋の終点も遠くなるばかりだった。
もう橋の長さが10キロメートルを超えているように見える。
そして日が暮れた。
タクシーが通りかかったので、私は手を上げた。
空車だったが、タクシーは止まってはくれなかった。
もう空には満月が輝き、星が瞬いていた。
私はリュックサックからペットボトルのお茶を取り出し、ひと口飲んだ。
まだ橋の半ばにいる。
どちらへ行けばいいんだ?
私はまたスマホを取り出し、今日最後に釣った魚の写真を見た。恨めしそうな目をした魚だ。早く水の中に帰りたそうな目をしている。
私は撮影したことを後悔した。写真なんか撮らないで、すぐに池へ帰してやるべきだったのだ。
理屈はわからないが、私はそのヘラブナに呪われてしまったのだと悟った。
言うなれば、私は陸に上げられてしまった魚なのだ。自力で池に戻ることはできない。
あたりはすっかり暗くなり、橋の終点はまったく見えなくなっていた……。
私は午前7時にT市の川岸近くにある自宅を出発し、ヘラブナ釣りの道具を持って橋を渡り、K市側の河川敷にある池で釣りを楽しんだ。
5月の気持ちのいい晴れた日曜日だった。風薫る5月。新緑を見ながら、私は10枚のヘラブナを釣った。
最後の1枚は軽く尺を超えていた。網ですくったその魚は恨めしそうに私を見ていた。年老いた魚だった。その日最大の魚をスマホで写真撮影してから、池に放った。
午後4時に私はすっかり満足して納竿し、帰路についた。
長い橋を歩いて渡り始めた。
太陽はまだ高く、私は元気だった。
明日は仕事だ。帰宅し、休憩し、妻とともに夕食を食べ、少しばかり酒を飲もうと思っていた。
おかしいなと思ったのは、長い橋の半ばにさしかかったころのことだった。距離感がおかしい。橋の全長は2キロメートルほどのはずだが、半ばにいるのに、橋の終点まで2キロぐらいに見えた。
私は少し足を速めて歩いた。
早く帰って、ゆっくりと休みたかった。
ざっ、ざっ、ざっと歩いた。体感で30分ほどは歩いた。
ところが、いっこうに橋を渡り切ることができないのだ。
終点はますます遠のいているように見えた。
3キロメートルぐらい離れているように感じた。
後ろを見ると、K市側の橋の終点も3キロメートルほど遠くにあるようだ。
2キロメートルの長さの橋が、6キロに見えているということだ。
太陽は沈みかけ、空をだいだい色に染めていた。川面の一部が赤く輝いていた。美しい夕焼けだ。
しかし、私はその夕暮れの風景を楽しむゆとりを失くしていた。パニックに陥り、走ってT市へと向かった。
たどり着くどころか、橋のたもとはますます遠くなった。
「うわーっ」と私は叫んでしまった。
車は私の横をびゅんびゅんと通り過ぎ、対岸へたどり着いているように見えた。
私は走っても走ってもたどり着くことができなかった。いつまで経っても橋の半ばにいた。
私はズボンのポケットからスマホを取り出し、自宅に連絡した。
「おかけになった電話番号は電源が入っていないか、電波が届かないところにあります」と録音された音声が言った。
そんな莫迦なことがあるか、と私は思った。この電話番号は家の固定電話の番号なのだ。ここと家の間にはさえぎるビルも山もない。電波は届くはずだ。
しかし、スマホは機械的に音声をくり返すだけだった。
私はスマホをまじまじと見た。
圏外になっていた。
そんな莫迦な!
ここは関東平野の真ん中だぞ?
太陽は半分以上、地平線の下に隠れていた。
私は自宅への最短距離をあきらめ、スマホをポケットに仕舞い、K市側へと歩き始めた。
K市の駅へ行き、電車で帰ろうと思ったのだ。
しかし、K市側の橋の終点も遠くなるばかりだった。
もう橋の長さが10キロメートルを超えているように見える。
そして日が暮れた。
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もう空には満月が輝き、星が瞬いていた。
私はリュックサックからペットボトルのお茶を取り出し、ひと口飲んだ。
まだ橋の半ばにいる。
どちらへ行けばいいんだ?
私はまたスマホを取り出し、今日最後に釣った魚の写真を見た。恨めしそうな目をした魚だ。早く水の中に帰りたそうな目をしている。
私は撮影したことを後悔した。写真なんか撮らないで、すぐに池へ帰してやるべきだったのだ。
理屈はわからないが、私はそのヘラブナに呪われてしまったのだと悟った。
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