作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

文字の大きさ
上 下
47 / 47

最終回 茶臼岳に誓う

しおりを挟む
 旅行2日め。
 起きてすぐに、綾乃と女湯へ行った。昨日入った混浴大露天風呂ほどすごいお風呂ではなかったけれど、気持ちのいい温泉だった。朝風呂最高。この旅行で何回最高と言っているのかわからなくなってきた。たぶん茶臼岳でも最高と言うのだろう。
 朝食も最高。鮎の一夜干しが絶品。ここの料理は鮎が特にいい。
 大丸温泉旅館から立ち去りがたい。
 朝食後、思い切って、また混浴に入ってしまった。ここ広くて風情があっていいなぁ。
「ねぇ綾乃、お金貯めて、また来ようよ」
「うん。また来たい」
 10時にチェックアウトした。
 路線バスで那須ロープウェイ山麓駅へ向かう。
 切符を買って、乗り込む。
 ロープウェイからの眺めは豪快だった。山麓駅のあたりですでに森林限界に達していて、低い灌木と高山植物しか生えていない。山裾まで広大な緑が広がっていて、遠くの別の山も美しい。一瞬ロープウェイが霧に包まれ、それを脱すると雲が視界の下になっていた。
 山頂駅で降りる。実際の山頂はもう少し上。しばらく登ることになる。8月なのに涼しい。
 砂礫の道を登っていった。
「茶臼岳って、日本百名山なんだよね。ボク、百名山に登るの初めて」
「わたしは筑波山に行ったことがあるよ」
「筑波山って、百名山なの?」
「そうよ」
 傾斜は急だが、広々とした道なので、滑落の心配はない。
 途中から様相が変わってきた。岩がごろごろしている。
 足を挫かないように気をつけないと。
 ボクも綾乃も登山が趣味というわけではない。今日のために登山靴を買った。
 でも山は気持ちいいな。登山を趣味にするのもいいかも。
 どんどん岩石が増えてきた。登るのがしんどい。息が上がってきたので、ゆっくりと歩く。ペットボトルに入ったスポーツドリンクを飲む。
 景色がさらに壮大になっていく。高山の風景って素敵。林にさえぎられることなく、視界が広い。下界とは別世界。
「すごい景色だね」
「すごい景色だよ」
 岩だらけの難所を超えると、鳥居があった。山頂に到着したのだ。標高1915メートル。
 360度のパノラマビュー。ハッピー!
 山頂の岩に綾乃と隣り合って座り、眼下に広がる山と雲海を眺めた。
 しばらくは二人とも声もなく感動していた。やっぱり最高じゃん。
 15分ばかりぼーっと風景を眺めてから、話し出した。
「綾乃、最近小説書いてる?」
「書いてない。書けない。当分無理じゃないかな。あの人が死んじゃったから、そういう力はない。無心でバイトするとかはできるけれど、自分の心と向き合う創作はできない」
「そうか。そうだよね」
「輝は?」
「ボクは最近バリバリ書いているよ。清少納言を主人公にした小説なんだ」
「平安時代のことを書いているの?」
「ちがうよ。清少納言が不老不死で現代も生きているって設定なの」
「面白そうだね」
「面白いものになるよう奮闘している」
「がんばれ」
「がんばる。ボクはやっぱり文章を書くのが好き。作家になりたい。挑戦し続けるって、茶臼岳と綾乃に誓うよ」
「茶臼岳とわたしに誓うの?」
「そうだよ」
「もし挫折したら、わたしのものになりなさい」
「いいよ。挫折したら綾乃のものになる」
「挫折しろ、輝」
「綾乃、ひどい」
「ぷはははは」
 綾乃の元気な笑い声を久しぶりに聞いた。
「で、茶臼岳にはどうするの?」
「まだ挫折したときの話をするの?」
「うん」
「またここに来て、大声でごめんなさーいって、謝る」
「それ見たい。挫折して、輝」
「綾乃がひどすぎる。謝罪を要求する」
「ごめん。本当は輝を応援しているよ。小説家になって、愛詩輝!」
「うん。改めて誓うよ、空鳥綾乃!」
 最高の日だ。
 帰りたくない。
 でもすぐにでも帰って、小説を書きたい。
 ボクは小説を書きたいんだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

八奈結び商店街を歩いてみれば

世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい―― 平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編! ========= 大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。 両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。 二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。 5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...