作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

文字の大きさ
上 下
38 / 47

手世と宇宙

しおりを挟む
 大学生活は忙しい。
 ボクは真面目に講義を受けているし、7月に入ってからは前期試験のための猛勉強をした。古典文学と漢文学はかなり苦痛だ。 
 講義と試験勉強とサークル活動と「影の国のアリス」の執筆と試験とで、7月前半は大学受験勉強中よりも忙しかった。
 前期試験がやっと終わり、爆睡しようと思って帰宅したら、リビングのソファに手世姉さんと藤原会長が寄り添って座っていた。びっくりした。 
 両親と方兄さんは仕事で留守。ボクが帰ってくるまでは家の中で二人きりだったのだ。
 ソファの前には透明なガラスの机があり、その上にノートパソコンが置いてある。ノーパソからは女神ーずの音楽が流れていた。「愛は理解不能」の映画音楽だ。
「ただいま、姉さん。こんにちは、会長」
「おかえり」
「よう、愛詩。お邪魔してるよ」
 挨拶を交わして、ボクはどう行動するのが正解なのかわからず、立ち尽くした。予定どおり爆睡するか、姉と会長のようすをうかがうか。
 後者を選択した。
 ボクは冷蔵庫からプリンを取り出し、食卓に座った。
 二人はボクには話しかけてくれず、音楽を聴きながら会話している。
「この『アンドロイドのテーマ』は川島ルビーさんの作曲編曲でいいのか」
「編曲は女神ーずだな。あたしも麗美も参加してる」
「格好いいな。電子の音とキャッチーなメロディ」
「ルビーのお父さんがYMOとクラフトワークの大ファンなんだ。あいつは子どものころにテクノポップを聴かされながら育ったらしい。この曲にはその影響が多大にある」
「どちらもわからん」
「あたしも知らなかった。最近知ったんだが、神だな。宇宙、坂本龍一って知らないか?」
「名前は聞いたことあるな。手世、今聴かせてくれよ」
 ボクはまったくプリンに手をつけることができなかった。二人は親しげに名前を呼び合っている。体の横をぴったりとくっつけてソファに座り、パソコンを見ている。
 会長の姉を見る目が優しげだ。姉の会長へのスキンシップが過剰だ。肩を触った。え、首に腕を回した。会話は途切れることなく続く。二人ともボクの方はまったく見ない。
 胸が苦しい。これは嫉妬なのか。
「ボクも、聴きたい……」
「おう、こっち来いよ」
 ボクは対面のソファに座った。姉と会長はくっついたままだ。
 YMOだかクラフトワークだかの曲が流れる。二人はそれについて感想を言い交わしている。ボクは会話に入れないし、彼と彼女はボクのことなんかどうでもよさそうに話し続けている。
 つらい。何か言わなきゃ。ボクの脳はテンパった。
「ふ、二人は付き合ってるの?」
 うわー、何言ってんのボク。
「いや」
「付き合ってない」
 付き合ってないならそのくっつきはなんだー!
「ボク、寝るね。試験で疲れ切ってるから」
「おう、お疲れ」
「しばらく部屋には行かないから、ゆっくり眠れよ」
 しばらく二人きりでイチヤイチャし続ける気かー!
 ボクはゆっくりとソファから立ち上がり、奇跡的に引き止められないかなと思いながら、未練たらたらボクと姉の部屋に向かった。奇跡は起こらなかった。
 ベッドに頭から倒れ込んだ。眠気は吹っ飛んでいた。眠れない。
 綾乃に会い、愚痴を聞いてもらいたかったが、絶対に会ってはならない。今会えば甘えてしまうし、甘えさせてくれるだろう。だからこそだめ。彼女は大切な友だちだ。対等な関係でいたい。みじめなボクを晒したくない。
 ボクは部屋を出た。玄関に行き、靴を履き、外に出た。予想どおり二人から声はかからなかった。
「あああああー」
 ボクは走り出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

八奈結び商店街を歩いてみれば

世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい―― 平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編! ========= 大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。 両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。 二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。 5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

千紫万紅の街

海月
キャラ文芸
―「此処に産まれなければって幾度も思った。でも、屹度、此処に居ないと貴女とは出逢えなかったんだね。」 外の世界を知らずに育った、悪魔の子と呼ばれた、大切なものを奪われた。 今も多様な事情を担う少女達が、枯れそうな花々に水を与え続けている。 “普通のハズレ側”に居る少女達が、普通や幸せを取り繕う物語。決して甘くない彼女達の過去も。

Rasanz‼︎ーラザンツー

池代智美
キャラ文芸
才能ある者が地下へ落とされる。 歪つな世界の物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...