29 / 47
ペンネームを考えろ
しおりを挟む
「もうすぐ撮影を開始する。みんな、芸名を考えておけ」と藤原会長が言った。
「芸名ですか。エンドロールで流れるんですよね。僕はじっくり考えさせてもらいます」小牧さんは軍人役。重要な役どころである。
「ぼくは『名無し』でいいよ。チョイ役だし」和歌さんは友人役。確かに端役だ。
「おれも『名無し』でいい……。目立つのは嫌い……」尾瀬さんも友人役。
「尾瀬、別の芸名にしてくれ。和歌さんと同じはだめだ」
「じゃあ『かかし』でいい」
「適当だな。まぁいいけど。後で変更してもいいからな」
「自分、すでに真名があるんですけど、いいですか」
「真名って、中二病かよ。おまえは主役なんだからな。変な名前にすると、一生後悔するぞ」
村上劉輝くんがSF研究会を去り、主人公は土岐さんが演じることになっている。
「自分の芸名は『神明院光士郎』にします。これが我が真名。神から遣われし光の御子。我が名はしぃんみょおぅいんこうぉしろおぅ」
「やっぱ中二病じゃねえか。黒歴史になるからやめておけ。完全に名前負けしてる」
「えーっ、これは中二のときに明らかになった自分の真の名前なんですよぉ」
「完璧に中二病な。時間をやるから、考え直せ」
会長がボクの方を見た。
「愛詩は芸名とペンネームを考えろ。主演女優としての芸名と脚本家としてのペンネームだ。おまえは作家志望なんだから、プロになったときでも使えるように真剣にペンネームを考えてみろ」
ペンネーム!
脳天に雷が走った。
ボクはまだペンネームを考えたことがなかった。
そのときから、ボクはいつも筆名のことを考えるようになった。
朝ごはんを食べているときも考えた。
お母さんが家族みんなにトーストと目玉焼きとレタスを出してくれた。
「ペンネーム……」ボクは上の空でトーストをかじった。
「あ、姉さんはもうプロのミュージシャンだよね。芸名とかあるの?」
「まだプロじゃねぇ。でもメジャーになっても名前を変えるつもりはない。『愛詩手世』以上にあたしに合ってる名はねぇよ。あたしはファンから愛してほしい。この名前は本名であり、芸名でもある」
姉さんはきっぱりしてるなぁ。
もぐもぐ。うーん、ペンネーム、ペンネーム。
講義を受けているときも考えた。
ボクの好きな作家のペンネーム。村上春樹、伴名練、桜庭一樹、吉本ばなな、谷川流、住野よる、西加奈子……。
SF研に入ってからは、星新一、新井素子、伊藤計劃、野崎まど、宮澤伊織、劉慈欣を知り、好きになった。
どの先生の名前も格好いいなぁ。
ボクのペンネーム。何も思いつかない。
講義にはまるっきり身が入らなかった。教授の声がすべっていく。
昼食を食べているときも考えた。ボクは日本文学科の友達と学食でもりそばを食べたのだが、どんな味かわからなかった。
午後は講義をさぼってスタバでダークモカフラペチーノを飲みながら考えた。この味はわかった。大好きだから。
午後4時、会室に寄ってみたら、藤原さんがいた。他には誰もいなかった。
会長はケン・リュウの短編集を読んでいたが、本をテーブルに置き、ドアの前で立ち止まっているボクの目を見た。
「会長、ペンネームなんですが」
「うん。決めたか」
「『愛詩輝』で」
「本名じゃないか。いいのか」
「この名前以外にボクを表すものはありません」
「わかった」
彼はさっぱりと答え、再びケン・リュウを読み始めた。しばらくして、本に目を落としたまま言った。
「で、芸名は?」
「あ、そっちは『名無し』でいいです」
「莫迦か! 主演女優が『名無し』でいいわけあるか。『神明院光士郎』に負けねぇ名前をつけろ!」
「嫌です」
「くっ、だよなぁ」
ボクと会長は笑った。
「芸名ですか。エンドロールで流れるんですよね。僕はじっくり考えさせてもらいます」小牧さんは軍人役。重要な役どころである。
「ぼくは『名無し』でいいよ。チョイ役だし」和歌さんは友人役。確かに端役だ。
「おれも『名無し』でいい……。目立つのは嫌い……」尾瀬さんも友人役。
「尾瀬、別の芸名にしてくれ。和歌さんと同じはだめだ」
「じゃあ『かかし』でいい」
「適当だな。まぁいいけど。後で変更してもいいからな」
「自分、すでに真名があるんですけど、いいですか」
「真名って、中二病かよ。おまえは主役なんだからな。変な名前にすると、一生後悔するぞ」
村上劉輝くんがSF研究会を去り、主人公は土岐さんが演じることになっている。
「自分の芸名は『神明院光士郎』にします。これが我が真名。神から遣われし光の御子。我が名はしぃんみょおぅいんこうぉしろおぅ」
「やっぱ中二病じゃねえか。黒歴史になるからやめておけ。完全に名前負けしてる」
「えーっ、これは中二のときに明らかになった自分の真の名前なんですよぉ」
「完璧に中二病な。時間をやるから、考え直せ」
会長がボクの方を見た。
「愛詩は芸名とペンネームを考えろ。主演女優としての芸名と脚本家としてのペンネームだ。おまえは作家志望なんだから、プロになったときでも使えるように真剣にペンネームを考えてみろ」
ペンネーム!
脳天に雷が走った。
ボクはまだペンネームを考えたことがなかった。
そのときから、ボクはいつも筆名のことを考えるようになった。
朝ごはんを食べているときも考えた。
お母さんが家族みんなにトーストと目玉焼きとレタスを出してくれた。
「ペンネーム……」ボクは上の空でトーストをかじった。
「あ、姉さんはもうプロのミュージシャンだよね。芸名とかあるの?」
「まだプロじゃねぇ。でもメジャーになっても名前を変えるつもりはない。『愛詩手世』以上にあたしに合ってる名はねぇよ。あたしはファンから愛してほしい。この名前は本名であり、芸名でもある」
姉さんはきっぱりしてるなぁ。
もぐもぐ。うーん、ペンネーム、ペンネーム。
講義を受けているときも考えた。
ボクの好きな作家のペンネーム。村上春樹、伴名練、桜庭一樹、吉本ばなな、谷川流、住野よる、西加奈子……。
SF研に入ってからは、星新一、新井素子、伊藤計劃、野崎まど、宮澤伊織、劉慈欣を知り、好きになった。
どの先生の名前も格好いいなぁ。
ボクのペンネーム。何も思いつかない。
講義にはまるっきり身が入らなかった。教授の声がすべっていく。
昼食を食べているときも考えた。ボクは日本文学科の友達と学食でもりそばを食べたのだが、どんな味かわからなかった。
午後は講義をさぼってスタバでダークモカフラペチーノを飲みながら考えた。この味はわかった。大好きだから。
午後4時、会室に寄ってみたら、藤原さんがいた。他には誰もいなかった。
会長はケン・リュウの短編集を読んでいたが、本をテーブルに置き、ドアの前で立ち止まっているボクの目を見た。
「会長、ペンネームなんですが」
「うん。決めたか」
「『愛詩輝』で」
「本名じゃないか。いいのか」
「この名前以外にボクを表すものはありません」
「わかった」
彼はさっぱりと答え、再びケン・リュウを読み始めた。しばらくして、本に目を落としたまま言った。
「で、芸名は?」
「あ、そっちは『名無し』でいいです」
「莫迦か! 主演女優が『名無し』でいいわけあるか。『神明院光士郎』に負けねぇ名前をつけろ!」
「嫌です」
「くっ、だよなぁ」
ボクと会長は笑った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
八奈結び商店街を歩いてみれば
世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい――
平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編!
=========
大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。
両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。
二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。
5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!

ルピナス
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。
そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。
物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。
※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。
※1日3話ずつ更新する予定です。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる