作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

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ペンネームを考えろ

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「もうすぐ撮影を開始する。みんな、芸名を考えておけ」と藤原会長が言った。
「芸名ですか。エンドロールで流れるんですよね。僕はじっくり考えさせてもらいます」小牧さんは軍人役。重要な役どころである。
「ぼくは『名無し』でいいよ。チョイ役だし」和歌さんは友人役。確かに端役だ。
「おれも『名無し』でいい……。目立つのは嫌い……」尾瀬さんも友人役。
「尾瀬、別の芸名にしてくれ。和歌さんと同じはだめだ」
「じゃあ『かかし』でいい」
「適当だな。まぁいいけど。後で変更してもいいからな」
「自分、すでに真名があるんですけど、いいですか」
「真名って、中二病かよ。おまえは主役なんだからな。変な名前にすると、一生後悔するぞ」
 村上劉輝くんがSF研究会を去り、主人公は土岐さんが演じることになっている。
「自分の芸名は『神明院光士郎』にします。これが我が真名。神から遣われし光の御子。我が名はしぃんみょおぅいんこうぉしろおぅ」
「やっぱ中二病じゃねえか。黒歴史になるからやめておけ。完全に名前負けしてる」
「えーっ、これは中二のときに明らかになった自分の真の名前なんですよぉ」
「完璧に中二病な。時間をやるから、考え直せ」
 会長がボクの方を見た。
「愛詩は芸名とペンネームを考えろ。主演女優としての芸名と脚本家としてのペンネームだ。おまえは作家志望なんだから、プロになったときでも使えるように真剣にペンネームを考えてみろ」
 ペンネーム!
 脳天に雷が走った。
 ボクはまだペンネームを考えたことがなかった。
 そのときから、ボクはいつも筆名のことを考えるようになった。
 朝ごはんを食べているときも考えた。
 お母さんが家族みんなにトーストと目玉焼きとレタスを出してくれた。
「ペンネーム……」ボクは上の空でトーストをかじった。
「あ、姉さんはもうプロのミュージシャンだよね。芸名とかあるの?」
「まだプロじゃねぇ。でもメジャーになっても名前を変えるつもりはない。『愛詩手世』以上にあたしに合ってる名はねぇよ。あたしはファンから愛してほしい。この名前は本名であり、芸名でもある」
 姉さんはきっぱりしてるなぁ。
 もぐもぐ。うーん、ペンネーム、ペンネーム。
 講義を受けているときも考えた。
 ボクの好きな作家のペンネーム。村上春樹、伴名練、桜庭一樹、吉本ばなな、谷川流、住野よる、西加奈子……。
 SF研に入ってからは、星新一、新井素子、伊藤計劃、野崎まど、宮澤伊織、劉慈欣を知り、好きになった。
 どの先生の名前も格好いいなぁ。
 ボクのペンネーム。何も思いつかない。
 講義にはまるっきり身が入らなかった。教授の声がすべっていく。
 昼食を食べているときも考えた。ボクは日本文学科の友達と学食でもりそばを食べたのだが、どんな味かわからなかった。
 午後は講義をさぼってスタバでダークモカフラペチーノを飲みながら考えた。この味はわかった。大好きだから。
 午後4時、会室に寄ってみたら、藤原さんがいた。他には誰もいなかった。
 会長はケン・リュウの短編集を読んでいたが、本をテーブルに置き、ドアの前で立ち止まっているボクの目を見た。
「会長、ペンネームなんですが」
「うん。決めたか」
「『愛詩輝』で」
「本名じゃないか。いいのか」
「この名前以外にボクを表すものはありません」
「わかった」
 彼はさっぱりと答え、再びケン・リュウを読み始めた。しばらくして、本に目を落としたまま言った。
「で、芸名は?」
「あ、そっちは『名無し』でいいです」
「莫迦か! 主演女優が『名無し』でいいわけあるか。『神明院光士郎』に負けねぇ名前をつけろ!」
「嫌です」
「くっ、だよなぁ」
 ボクと会長は笑った。
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