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愛詩手世
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ボクの姉、愛詩手世がバンド「女神ーず」を組んだのは、高校1年生のときだ。
正義の乙女、ハンサムな女子、愛詩手世はボーカル兼フォークギター。
黒髪ロングの美人、プロの演奏家を父に持つサラブレッド、高坂麗美はトランペット。
茶色のくせっ毛、小柄な天使、しかして凄腕、川島ルビーはウッドベース。
彼女たちは最初、マイナーなバンド「若草物語」のコピーバンドとして出発した。駅前ゲリラライブでちょっとした人気を博したのは、ボクも知っている。高校3年間、女神ーずは首都圏のさまざまな駅前に出没し、歌い、演奏していたようだ。
ボクは姉と同じ部屋に住んでいる。彼女のギターの練習は、ボクにとって騒音でしかなかった。何度も「部屋でギターを弾くのはやめて!」と言ったのだが、馬耳東風だった。
しかしボクが中学3年生のとき、姉貴はエレキギターを購入し、ヘッドフォンをつけて練習してくれるようになった。受験生に配慮してくれたようだ。手世はときどき優しいのである。
憎めないんだよね。だから姉妹仲は悪くない。
大学に入ってから、手世は作詞作曲を手がけるようになった。エレキギターを弾き、メロディを模索しながら歌い、歌詞を紙に書いていた。ギターはヘッドフォンだから、うるさくない。しかし声は隠せない。騒音? そうじゃないんだよね。姉の声はまさに女神のごとき美しさなのだ。聴き惚れてしまって、勉強や小説執筆の邪魔になるのだが。
愛詩手世は作曲の才能があったようだ。駅前ライブで女神ーずは彼女のオリジナル曲を演奏するようになり、人気が出て、大学1年生の夏には、ライブハウスで上演するようになっていた。
ラブソングが多い。「恋のDNA」「八丈愛land」「愛でいっぱいの星」「あたしだけ愛して」「素直になれない」「今夜、一線を越える」……。印象に残るメロディアスな名曲を作る、とボクは姉を評価している。歌詞はちょっと莫迦っぽいところがある。それもご愛敬だ。
ライブハウスに聴きに行ったことはない。映画音楽を依頼するにあたり、一度聴かなければ、と考えた。
「姉さん、今度いつライブやるの?」
「明後日だぜぃ」
「ボク、聴きたい。行く」
「前売りチケット千円。買うかい?」
ボクは財布から千円札を出し、渡した。
「1枚でいいのか? 2枚買って、彼氏とデートすれば?」
「彼氏いないもん」
「気になる人はいないの?」
……藤原宇宙さん……かな? 映画監督として、音楽を依頼する相手の曲を聴く必要があるはずだ。
「じゃあ、2枚」
というわけで、ボクは藤原会長とともに、ライブハウスに行くことになった。おめかしした。なんと黒と白のフリフリゴシックロリータである。ボクの勝負服だ。思いっ切り女の子っぽい。いつものボクとの落差が我ながら凄い。
駅の改札口で待ち合わせ。
「お、いいなそれ。映画でもそれを着てくれ」
「はい」
ボクの顔が熱っぽい。彼も黒のコーディネートでおしゃれをしてくれていて、ペアルックに見えないこともない。
ライブハウスは古いビルの地下1階にあった。
6時開場。お客さんは百人は並んでいた。ライブハウスは満員になった。全員立っていて、座席はなかった。
6時30分開演の予定だが、時間になっても女神ーずは姿を現さない。10分遅刻して、3人の女神が登場した。うおーっ、という熱烈な声援が上がる。「手世ーっ」「麗美ーっ」「ルビーちゃーん」
藤原さんは女神ーずを知らない。
「ボーカル兼ギターが姉の愛詩手世です。バンドのリーダーでもあります」
「うん。『インディーズの姫君』なんだろ」
「そうらしいですね。ボクもよく知りません」
歌と演奏が始まった。愛詩手世がフォークギターをかき鳴らした。
「あたしは子宮の中にいる 恋のDNAを持っている 愛のDNAを待っている♪
I love you only you♪
来て来て来て来て ずっきゅーん♪」
観客は大騒ぎだ。ボクは知ってはいたが、歌詞のアホっぽさにあぜんとし、藤原さんは目を丸くしていた。
しかし声がいい。メロディもいい。歌との掛け合いで高坂さんのトランペットが熱くうなり、川島さんのウッドベースが超絶の16ビートを刻む。
熱狂と陶酔の2時間があっという間に過ぎた。女神ーずは2度のアンコールに応えた。
「すげぇ。まごうことなきプロじゃないか」
最後は藤原さんもノリにノっていた。
ライブハウスを後にし、彼とボクはイタリアンレストランに入った。
「最高だったな。映画音楽の主題歌、テーマ曲をぜひとも頼みたい。もう頼んでくれたのか?」
「まだです。あの、既存の曲でいいんですか。それとも映画用にオリジナル曲を作ってもらいたいんですか?」
「もちろんオリジナルだ」
「でしたら、ギャラが必要かもしれません。今日、姉の曲を聴いて感じました。妹とはいえ、女神ーずにただで曲を作ってくれとは言えません」
「確かに。頼むのは主題歌だけにするか。サウンドトラックはフリーの曲から探そう」
ところが、姉は超乗り気だったのである。
「え、輝の主演映画作るの? あたしが曲作ってやんよ。音楽は全面的に任せな」
「あ、あの、あんまりお金ないんだけど……」
「金なんていらねぇよ。あ、ライブハウスで演奏はさせてもらうぜ。使用許可はやるが、著作権はやらねぇ。それでいいか?」
「うん。ありがとう、姉さん」
「さっそく歌詞を書くか。シナリオ見せて」
ボクは完成版ではないが、先日書いた脚本を渡した。
「おーっ、すげえじゃねぇか。主題歌のタイトルは『愛のキノコ雲』でいいか」
「な、なんかエロいからやめて」
愛詩手世の歌詞のセンスをなんとかしてぇ。
正義の乙女、ハンサムな女子、愛詩手世はボーカル兼フォークギター。
黒髪ロングの美人、プロの演奏家を父に持つサラブレッド、高坂麗美はトランペット。
茶色のくせっ毛、小柄な天使、しかして凄腕、川島ルビーはウッドベース。
彼女たちは最初、マイナーなバンド「若草物語」のコピーバンドとして出発した。駅前ゲリラライブでちょっとした人気を博したのは、ボクも知っている。高校3年間、女神ーずは首都圏のさまざまな駅前に出没し、歌い、演奏していたようだ。
ボクは姉と同じ部屋に住んでいる。彼女のギターの練習は、ボクにとって騒音でしかなかった。何度も「部屋でギターを弾くのはやめて!」と言ったのだが、馬耳東風だった。
しかしボクが中学3年生のとき、姉貴はエレキギターを購入し、ヘッドフォンをつけて練習してくれるようになった。受験生に配慮してくれたようだ。手世はときどき優しいのである。
憎めないんだよね。だから姉妹仲は悪くない。
大学に入ってから、手世は作詞作曲を手がけるようになった。エレキギターを弾き、メロディを模索しながら歌い、歌詞を紙に書いていた。ギターはヘッドフォンだから、うるさくない。しかし声は隠せない。騒音? そうじゃないんだよね。姉の声はまさに女神のごとき美しさなのだ。聴き惚れてしまって、勉強や小説執筆の邪魔になるのだが。
愛詩手世は作曲の才能があったようだ。駅前ライブで女神ーずは彼女のオリジナル曲を演奏するようになり、人気が出て、大学1年生の夏には、ライブハウスで上演するようになっていた。
ラブソングが多い。「恋のDNA」「八丈愛land」「愛でいっぱいの星」「あたしだけ愛して」「素直になれない」「今夜、一線を越える」……。印象に残るメロディアスな名曲を作る、とボクは姉を評価している。歌詞はちょっと莫迦っぽいところがある。それもご愛敬だ。
ライブハウスに聴きに行ったことはない。映画音楽を依頼するにあたり、一度聴かなければ、と考えた。
「姉さん、今度いつライブやるの?」
「明後日だぜぃ」
「ボク、聴きたい。行く」
「前売りチケット千円。買うかい?」
ボクは財布から千円札を出し、渡した。
「1枚でいいのか? 2枚買って、彼氏とデートすれば?」
「彼氏いないもん」
「気になる人はいないの?」
……藤原宇宙さん……かな? 映画監督として、音楽を依頼する相手の曲を聴く必要があるはずだ。
「じゃあ、2枚」
というわけで、ボクは藤原会長とともに、ライブハウスに行くことになった。おめかしした。なんと黒と白のフリフリゴシックロリータである。ボクの勝負服だ。思いっ切り女の子っぽい。いつものボクとの落差が我ながら凄い。
駅の改札口で待ち合わせ。
「お、いいなそれ。映画でもそれを着てくれ」
「はい」
ボクの顔が熱っぽい。彼も黒のコーディネートでおしゃれをしてくれていて、ペアルックに見えないこともない。
ライブハウスは古いビルの地下1階にあった。
6時開場。お客さんは百人は並んでいた。ライブハウスは満員になった。全員立っていて、座席はなかった。
6時30分開演の予定だが、時間になっても女神ーずは姿を現さない。10分遅刻して、3人の女神が登場した。うおーっ、という熱烈な声援が上がる。「手世ーっ」「麗美ーっ」「ルビーちゃーん」
藤原さんは女神ーずを知らない。
「ボーカル兼ギターが姉の愛詩手世です。バンドのリーダーでもあります」
「うん。『インディーズの姫君』なんだろ」
「そうらしいですね。ボクもよく知りません」
歌と演奏が始まった。愛詩手世がフォークギターをかき鳴らした。
「あたしは子宮の中にいる 恋のDNAを持っている 愛のDNAを待っている♪
I love you only you♪
来て来て来て来て ずっきゅーん♪」
観客は大騒ぎだ。ボクは知ってはいたが、歌詞のアホっぽさにあぜんとし、藤原さんは目を丸くしていた。
しかし声がいい。メロディもいい。歌との掛け合いで高坂さんのトランペットが熱くうなり、川島さんのウッドベースが超絶の16ビートを刻む。
熱狂と陶酔の2時間があっという間に過ぎた。女神ーずは2度のアンコールに応えた。
「すげぇ。まごうことなきプロじゃないか」
最後は藤原さんもノリにノっていた。
ライブハウスを後にし、彼とボクはイタリアンレストランに入った。
「最高だったな。映画音楽の主題歌、テーマ曲をぜひとも頼みたい。もう頼んでくれたのか?」
「まだです。あの、既存の曲でいいんですか。それとも映画用にオリジナル曲を作ってもらいたいんですか?」
「もちろんオリジナルだ」
「でしたら、ギャラが必要かもしれません。今日、姉の曲を聴いて感じました。妹とはいえ、女神ーずにただで曲を作ってくれとは言えません」
「確かに。頼むのは主題歌だけにするか。サウンドトラックはフリーの曲から探そう」
ところが、姉は超乗り気だったのである。
「え、輝の主演映画作るの? あたしが曲作ってやんよ。音楽は全面的に任せな」
「あ、あの、あんまりお金ないんだけど……」
「金なんていらねぇよ。あ、ライブハウスで演奏はさせてもらうぜ。使用許可はやるが、著作権はやらねぇ。それでいいか?」
「うん。ありがとう、姉さん」
「さっそく歌詞を書くか。シナリオ見せて」
ボクは完成版ではないが、先日書いた脚本を渡した。
「おーっ、すげえじゃねぇか。主題歌のタイトルは『愛のキノコ雲』でいいか」
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愛詩手世の歌詞のセンスをなんとかしてぇ。
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