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シナリオ会議
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大学生活は忙しい。
講義は予想より遥かに難しく、ボクは懸命に理解しようとした。
日本語学概説、古典文学、漢文学、英語、フランス語、日本美術史、日本文学史、近現代文学、文芸創作……。
古文、漢文は苦手なんだよね。
外国語は嫌い。苦痛でしかない。
美術史の講義もあるんだね。日本美術を知ることで、より日本文学の理解が深まるという趣旨らしい。これは好き。
文芸創作講義はもっとも楽しみだ。ボクは感覚だけでこれまで小説を書いてきた。創作のテクニックを理論的に教えてもらえるのはありがたい。でも、この創作理論に基づいて書いても、小説家になれるわけじゃないよね。講義を聞いた人がみんな作家になれる筈がない。この先が問題だ。どうすればいいんだろ。
ボクはバイトをしていないけれど、働かなければ、学費を払えず、家賃も払えないという学生も多い。奨学金をもらっている人は、卒業した直後から、借金の返済をしなければならない。非正規雇用が拡大し、正社員が狭き門であるこの時代に、奨学金という名の多額の借金を背負うのは、学生にはつらい選択だ。
大学の学費、無償にしてくれたらいいのにな。
実家で暮らして、親に学費をすべて負担してもらっているボクは恵まれている。
せめて勉強しなくちゃ。
SF研の活動は楽しい。会員はけっこうきびしいことを言うけれど、それだけ真剣にSFに取り組んでいる証拠だ。
「映画のあらすじを考えてきました」
「愛詩暗黒卿、聞かせてもらおう」
「しつこいなぁ。暗黒卿やめてって言ってるじゃないですか」
「愛詩、会長の言葉にいちいち反応するな。この人は莫迦なんだ」
「なんだとぉ」
「愛詩さん、続けて。はい、草餅あげる」
「ありがとうございます。えっと、まず国家機関がシンギュラリティAI搭載の少女型アンドロイドを開発します」
「輝ちゃん、少女型じゃなくて、美少女型でしょ。そこは照れずに書こうよ」
「村上くん、黙ってて」
「いやぁ、村上の意見は重要だよぉ。エロい美少女型アンドロイドにしようよ」
ボクは土岐さんの口に草餅を突っ込んで黙らせた。
「それから、び、美少女型アンドロイドに青年研究員が恋をしてしまいます」
藤原会長の目が険しくなった。
「青年はアンドロイドを車に乗せ、逃避行をします。彼女は青年の命令に従順に従い、国家機関からの逃走を助けます」
「それで?」
会長の声が氷のように冷たい。
つまらないあらすじだ、と急に気がつく。なんで今まで面白いかも、なんて思っていたんだろう。
ボクの顔はたぶん蒼ざめている。
続きを言わざるを得ない。
「国家権力のきびしい追及から逃れ、美少女型アンドロイドと青年はロケットに乗って月へ行き、そこでしあわせに暮らします。めでたしめでたし……」
「愛詩、カーチェイスが俺たちに撮影できるか? ロケットは? 月で人間が生きていけるのか?」
ボクはおとなしくこのアイデアを全面的に引かせるべきだと考えている。でも言ってしまう。
「あはは、その辺はラジコンカーやプラモデルを使ったりして。月では、そうですね、無理ですね。南極のどこかに変更しましょうか」
「おまえ、本気でそんなつまらん映画で俺たちの青春を消費させるつもりなのか」
会長はとても真剣な顔をしていた。
ボクは言い返せなかった。
「おまえがこの前書いた『シンギュラリティAIのパラドックス』の方がマシだ。せめてああいうのを書け」
「あれは映像化できないと思います。だから、ラブストーリーにしました」
「会話劇でああいうのを成立させろ」
「命令しないで! これでもすごく考えたんですよ。わかってますよ、これが陳腐なストーリーだってことぐらい。それでも頭ごなしに否定されると、悲しくなります。せめてヒントをください! 藤原監督はどんな話を求めているんですかっ」
「ぶっ飛んだストーリーだ。世界を破滅させてもいい」
あれ、ボク泣いてる……。泣くことはないよね。第1案を否定されただけ。きっとプロの小説家だったら、編集者からもっときびしいことを求められて、それに応えなければならないのに。
「次の定例会では、もっといいあらすじを提案してくれることを期待している。愛詩、諦めずに考えろ」
女の子が泣いているのに、藤原さんはなぐさめてもくれない。
他の会員も。
「輝ちゃん、おれがシナリオ書こうか?」
「村上くんには譲らない。ボクがシナリオライターだよ」
ボクは涙を拭いて、笑った。
「わかりました。次のアイデアに乞うご期待です。あ、村上くん、昨日『三体』を読み始めたよ。すごいね、劉慈欣」
会話を切り替えたけれど、ボクの心は泣き叫び、血を流し、反抗し、のたうっていた。
どうしてここまで傷ついたのかわからない。
講義は予想より遥かに難しく、ボクは懸命に理解しようとした。
日本語学概説、古典文学、漢文学、英語、フランス語、日本美術史、日本文学史、近現代文学、文芸創作……。
古文、漢文は苦手なんだよね。
外国語は嫌い。苦痛でしかない。
美術史の講義もあるんだね。日本美術を知ることで、より日本文学の理解が深まるという趣旨らしい。これは好き。
文芸創作講義はもっとも楽しみだ。ボクは感覚だけでこれまで小説を書いてきた。創作のテクニックを理論的に教えてもらえるのはありがたい。でも、この創作理論に基づいて書いても、小説家になれるわけじゃないよね。講義を聞いた人がみんな作家になれる筈がない。この先が問題だ。どうすればいいんだろ。
ボクはバイトをしていないけれど、働かなければ、学費を払えず、家賃も払えないという学生も多い。奨学金をもらっている人は、卒業した直後から、借金の返済をしなければならない。非正規雇用が拡大し、正社員が狭き門であるこの時代に、奨学金という名の多額の借金を背負うのは、学生にはつらい選択だ。
大学の学費、無償にしてくれたらいいのにな。
実家で暮らして、親に学費をすべて負担してもらっているボクは恵まれている。
せめて勉強しなくちゃ。
SF研の活動は楽しい。会員はけっこうきびしいことを言うけれど、それだけ真剣にSFに取り組んでいる証拠だ。
「映画のあらすじを考えてきました」
「愛詩暗黒卿、聞かせてもらおう」
「しつこいなぁ。暗黒卿やめてって言ってるじゃないですか」
「愛詩、会長の言葉にいちいち反応するな。この人は莫迦なんだ」
「なんだとぉ」
「愛詩さん、続けて。はい、草餅あげる」
「ありがとうございます。えっと、まず国家機関がシンギュラリティAI搭載の少女型アンドロイドを開発します」
「輝ちゃん、少女型じゃなくて、美少女型でしょ。そこは照れずに書こうよ」
「村上くん、黙ってて」
「いやぁ、村上の意見は重要だよぉ。エロい美少女型アンドロイドにしようよ」
ボクは土岐さんの口に草餅を突っ込んで黙らせた。
「それから、び、美少女型アンドロイドに青年研究員が恋をしてしまいます」
藤原会長の目が険しくなった。
「青年はアンドロイドを車に乗せ、逃避行をします。彼女は青年の命令に従順に従い、国家機関からの逃走を助けます」
「それで?」
会長の声が氷のように冷たい。
つまらないあらすじだ、と急に気がつく。なんで今まで面白いかも、なんて思っていたんだろう。
ボクの顔はたぶん蒼ざめている。
続きを言わざるを得ない。
「国家権力のきびしい追及から逃れ、美少女型アンドロイドと青年はロケットに乗って月へ行き、そこでしあわせに暮らします。めでたしめでたし……」
「愛詩、カーチェイスが俺たちに撮影できるか? ロケットは? 月で人間が生きていけるのか?」
ボクはおとなしくこのアイデアを全面的に引かせるべきだと考えている。でも言ってしまう。
「あはは、その辺はラジコンカーやプラモデルを使ったりして。月では、そうですね、無理ですね。南極のどこかに変更しましょうか」
「おまえ、本気でそんなつまらん映画で俺たちの青春を消費させるつもりなのか」
会長はとても真剣な顔をしていた。
ボクは言い返せなかった。
「おまえがこの前書いた『シンギュラリティAIのパラドックス』の方がマシだ。せめてああいうのを書け」
「あれは映像化できないと思います。だから、ラブストーリーにしました」
「会話劇でああいうのを成立させろ」
「命令しないで! これでもすごく考えたんですよ。わかってますよ、これが陳腐なストーリーだってことぐらい。それでも頭ごなしに否定されると、悲しくなります。せめてヒントをください! 藤原監督はどんな話を求めているんですかっ」
「ぶっ飛んだストーリーだ。世界を破滅させてもいい」
あれ、ボク泣いてる……。泣くことはないよね。第1案を否定されただけ。きっとプロの小説家だったら、編集者からもっときびしいことを求められて、それに応えなければならないのに。
「次の定例会では、もっといいあらすじを提案してくれることを期待している。愛詩、諦めずに考えろ」
女の子が泣いているのに、藤原さんはなぐさめてもくれない。
他の会員も。
「輝ちゃん、おれがシナリオ書こうか?」
「村上くんには譲らない。ボクがシナリオライターだよ」
ボクは涙を拭いて、笑った。
「わかりました。次のアイデアに乞うご期待です。あ、村上くん、昨日『三体』を読み始めたよ。すごいね、劉慈欣」
会話を切り替えたけれど、ボクの心は泣き叫び、血を流し、反抗し、のたうっていた。
どうしてここまで傷ついたのかわからない。
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