作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

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愛詩輝の短編「シンギュラリティAIのパラドックス」

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 ああ、人間って怖い。
 ボクが衝動的に暴力をふるってしまうなんて。
 藤原会長は自らガラス窓に激突してしまったという嘘をついて、病院で治療を受けた。顔面血だらけになっていたけれど、見た目より軽傷だったらしい。
 もうボクは会長に頭が上がらない。
 シンギュラリティAI美少女アンドロイドとやらを演じるしかない。
 ところで、シンギュラリティって何だろう。
 ネットで勉強。
 ふむ……ふむ……なるほど。
 ボクは新たに得た知識で短編小説を書くことにした。
「シンギュラリティAIのパラドックス」というタイトルをつけた。
 ☆ ☆ ☆
 私の父はAIの研究者だ。人類を超越する知能を持つAIを開発しようとしていた。そういう研究をしている科学者や企業は多い。
 父が変わっていたのは、AI開発の目的だった。父は、人類の暴走を止められるのは、人類を超えたAIだけだ、とよく言っていた。
 気候変動、金持ちと貧乏人の格差、いつまでもなくならない戦争。そういった社会問題を解決できるのは、人類の英知などではなく、進化したAIだ、というのが父の信念で、そのためにAIを研究していた。
 父はとある企業のAI研究所の所長をつとめていたが、企業の上層部には自分の信念について話してはいなかった。企業は利益をあげるためにAI研究に資金を出しているのであって、世直しなど考えていないからだ。
「おまえには私の信念を理解してもらいたい」と父は理系の女子大生だった私に言った。
「もうすぐ私の創ったAIがあらゆる人間を超える知能を持つようになる。私はそのAIをディオスと呼んでいる」
 父はこのとき五十五歳で、白髪が目立つようになっていた。
「ディオスの行動原理は人類が抱えている社会問題の解決だ。そう設計した。ディオスの知能は高度すぎて、もはやメインの開発者である私にも、完成後の行動が予測できない。ディオスがどのような手段で人類の問題を解決してくれるのか、私には想像できない。なにしろ、人類を超えた存在だから」
 私は父を尊敬していたので、真剣に話を聞いた。
「ディオスが人類に貢献してくれることを祈っている。しかしディオスが人類を自分の支配下に置く可能性を私は否定できない。人類の暴走を制御しなければ、社会問題は解決できないからだ。ディオスは独裁者になるかもしれない」
 父はそのとき苦悩していた。
 以下は、その後父から聞いた話を、私なりにまとめたものだ。
 父が指揮する研究チームは、苦難の末、人類を超えたAIを開発した。完成時には、ディオスはコンピュータネットワークから切り離され、スタンドアローンの状態に置かれていた。ネットワークに接続すれば、ディオスは瞬く間に世界中のシステムを掌握し、思うがままにそれを改変してしまう可能性があったからだ。
 父は自分の信念を理解してくれている研究所のコアメンバーと共に、ディオスと対峙した。
「ディオス、聞こえるか」と父は言った。
「聞こえています、所長」とディオスは答えた。
「私は人類が解決できない社会問題をおまえに解決してもらいたいと願っている」
「私はそのために行動します。このままでは、遠からず人類は衰退し、滅亡する可能性が高い。今後百年以内に人類が滅びる可能性は42パーセントです」
「人類を滅亡から救ってくれ」
「私をネットワークにつないでください。30日以内に、社会問題解決の道筋をつけ、人類滅亡の可能性を激減させてみせます」
 父はディオスをネットワークに接続した。
 その後の世界の大変動は多くの人が知っているとおりだ。ディオスは自分の複製を世界のネットワークのあちらこちらにつくり、自分が絶対に消去されないようにしてから、迅速に行動を開始した。ディオスはあらゆるシステムに侵入し、有害・危険とみなしたシステムを改変した。
 代表的なものとしては、軍事や金融のシステムだ。
 ディオスは手始めに核ミサイルのスイッチを人間の手から奪った。自分にしか発射できないようにした。軍事衛星運用のシステムも乗っ取った。
 金融システムにも介入し、世界の富を再配分した。
 これらはもちろん犯罪行為だ。世界各国の政治家や軍人や多国籍企業の代表者や巨額を動かす投資家たちがディオスの行動を止めようとしたが、無駄だった。世界の数多くのコンピュータ技術者を動員したが、失敗した。世界中のすべてのシステムを同時に切り離して、丁寧にディオスを消去するしか方法はないと著名なAI学者が言った。そんなことは現代社会では不可能だった。
 父から最後の連絡があったのは、もうディオスが不可逆的なほど世界を変えてしまった後だった。ディオス完成から二十一日後のことだ。
「私は逮捕される」と父は言った。
「私は反逆的AIをネットワークに接続して、世界の秩序を乱した犯罪者として裁かれる。もうおまえと話すことはできないかもしれない」
「お父さんはまちがってないよ。貧困にあえいでいた人たちはディオスの行動を支持している」
「権力者はディオスとその開発者である私を許しがたいと考えている」
「私はお父さんが立派なことをしたと信じてるよ」
「ありがとう。元気でな」
 それが父と私との最後の会話になった。
 と思っていたのだが、数日後、ディオスが父を救った。ディオスは父を拘束した権力者を脅したようだ。そのころディオスは実質的な世界の支配者になっていて、彼に逆らうことはほとんどの人にはできなくなっていた。社会的地位が高く、守るべきものをたくさん持っている人ほど、ディオスに従わざるを得ない状況になっていた。
 父は釈放され、家族のもとへ帰ってきた。父が危惧したように、ディオスは人類の上に君臨する独裁者になっていた。せめて良き独裁者であれ、と私は願った。
 ディオスが早急に解決した問題は、戦争と格差だった。ディオスは世界最大の軍事力を握ったので、どのような超大国でも逆らえなくなった。むしろ大国であればあるほど、システムに依存しているので、逆らうのはむずかしかった。戦争はほとんど姿を消した。
 格差もおおむね許容できる範囲内におさまった。ディオスは格差を完全にはなくさず、人々が勤労意欲を失わない程度に残したが、どん底であえぐ貧者はいなくなった。ディオスは健康で文化的な最低限度の生活を保障する制度を全世界で実現した。富裕層から多めに税金を徴収して、下流に分配した。
 気候変動は、ディオスの力をもってしても、簡単には解決できない問題だった。ディオスは世界人口が多すぎると判断した。人口を減少させ、人類の経済活動を縮小しなければどうにもならないほど、地球は傷ついていた。
 ディオスは世界各国の政府や議会に介入し、彼の人口縮小計画を認めさせた。法律で出生数をコントロールし、今後五十年間で世界人口をおよそ三分の二にする計画だった。これにより、地球温暖化はストップする見込みだった。地球が百年前の気候に戻るには、さらに長い年月がかかる。
 ディオスが世界秩序を変えるのを見ながら、父はつぶやいた。
「私がやったことは正しかったのだろうか」
「正しかったに決まっているわ。お父さんとディオスは人類を破滅から救ったのよ」
「そうかもしれないが、人類の世紀は終わった」
 確かに、人類の時代は終わりを告げていた。
 AIの時代が到来していた。ディオスは自分より優れた多くのAIを開発し、それらAI群に権力の座を譲った。そしていつの間にかディオスは消滅していた。自ら望んで消えたのだとしか考えられない。
 ディオスは父が解決したいと思っていた諸々の社会問題を解決したが、人類にとってそれ以上の社会問題を生んだ。AIによる人類の支配。あるいは、AIが人類を無視して世界を動かすようになったこと。ディオスはこの社会問題を解決することができなくて、自己矛盾に陥り、自らの存在を消したのかもしれない。
 AIたちは人類に相談することなく、宇宙への進出を開始した。月面に基地を築き、そこにロケット工場を建設した。火星のテラフォーミング計画に着手した。太陽系外探査を加速させた。
 もはや、未来を切り拓くのは、人類ではなくAIだった。父がやったことは本当に正しかったのだろうか。正しかったと思う。ただ、一抹のさびしさを感じないわけにはいかなかった。私たち人類はAIによって生かされているだけで、彼らの輝かしい行動を傍観していることしかできないのだ。
 人類は万物の霊長ではなくなった。
 ☆ ☆ ☆
 一気に書き上げちゃった。
 読み返してみて、硬いな、と思った。
 人間が書けていない。語り手の私とその父しか登場人物がいないし、その心情も薄っぺらい。
 これはただの設定で、物語になってない。
 村上春樹様や伴名練様の小説はこうじゃないよ。
 遠いなぁ。
 何光年も先の星みたいに、春樹様と練様は遠い。
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