作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

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家族のこと。父と母のなれそめ。

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 ボクの名前は愛詩輝。
 ジョークだろうとよく言われるが、本名だ。
 父の名前は愛詩鯛。読みはアイシタイ。瀬戸内海のとある島で漁師をやっていたが、結婚を機に廃業し、東京へ出て、ビル管理の仕事をするようになった。警備員だね。ごつい顔立ちをしている。筋肉がすごい。武士みたいな男の人だよ。
 母の名前は愛詩名夜。読みはアイシナヨ。二十七歳のとき、失恋して傷心旅行に出た。旅先で愛詩鯛と知り合い、結婚した。東京23区のとある図書館で司書として働いている。旧姓はありふれていて、佐藤だ。可愛らしい顔立ちをしている。ボクの容姿は母に似ている。よかったよかった。父に似ている女の子だったら、死にたくなったかも、なんてね。ごめん、お父さん。
 ボクには兄がいる。名前は愛詩方。読みはアイシカタ。ボクの両親のネーミングセンスは狂っている。カタはボクより三つ年上。シスターコンプレックスである。いつもボクを見つめている。やめてくれ、お兄ちゃん。あんたも母親似のイケメンなんだから、真っ当な恋愛をしてくれよ。
 姉もいる。名前は愛詩手世。読みはアイシテヨ。ネーミングが壊滅しているよね。容姿も性格も父に似ている。豪快で情熱的で優しくて、強きをくじき、弱きを助ける正義の乙女。不思議なんだけど、ごつい顔なのに、ちゃんと女の子にみえるんだよね。ハンサムな女子だ。
 父に似ている女の子だったら、死にたくなったかもという前文は、撤回しなければならない。手世は私より二つ年上。念のために言っておくが、ファザコンでもブラコンでもない。
 そして次女のボク。五人家族だ。最近では少ないよね、三人兄妹。

 旧姓佐藤名夜は図書館司書だ。同期の男性司書と付き合っていたそうだ。
 婚約までしたが、恋人が年下の事務職女性に心を奪われて、破棄された。
 傷心旅行で、フェリーで瀬戸内海を巡る旅に出た。
 とある島の日本料理店で、魚を卸に来ていた愛詩鯛と出会った。鯛は名夜にひとめ惚れしたらしい。
 鯛は名夜をデートに誘った。男は女を漁船に乗せ、海に出た。
 船で二人で釣りをした。黒鯛と鱸が釣れた。男は魚を捌いて、刺身にして女に食べさせた。
「美味しい。新鮮な魚って、コリコリしているんですね。さっきのお料理屋さんで食べた魚より美味しいわ」
「宿はどこだい。明日も海に出よう。朝の四時に迎えに行く」
「えっ、四時ですか。まだ寝ているかも」
「起きてくれよ。漁を見せてやるからさ」
 翌朝、鯛は名夜の泊っているホテルまで出向いた。名夜はフロントで待っていた。がんばって早起きをしたのだ。
 鯛は名夜を乗せて、漁に出た。昨日の夕方に仕掛けておいた網を回収するのである。
 網は透明なテグスで作られていて、特別製だった。
「ステルスや。魚から見えんのや。よく獲れるで」
 網にはわんさと魚がかかっていたという。
 鯛は知り合いを呼び、名夜を交えて、自宅でパーティをやった。父はそのとき一人暮らしだったそうだ。ボクの祖父と祖母はすでに亡くなっていた。
 パーティで食べることができたのは、新鮮な魚料理だけではなかった。鯛の知り合いに猟師がいて、猪肉を炭火で焼いた。
 名夜は鯛の獲る魚と炭火焼きの猪の味の虜になって、毎年数回、瀬戸内海のその島に行くようになった。
 三年後、鯛は名夜にプロポーズした。「結婚してください」というシンプル極まりない彼の台詞に、彼女は「喜んで」と答えたそうだ。こうして、佐藤名夜は愛詩名夜になった。
 これがボクの父と母のなれそめだ。二人の断片的な話を繋ぎ合わせるとこうなる。
 東京に住むことにしたのは、母の仕事を優先したためだ。漁師は儲からず、先がないと鯛は考えていた。父は転職した。
 方が生まれ、手世が生まれ、輝が生まれた。
 ボクの大切な家族。
 全員愛してる。
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