作家志望愛詩輝の私小説

みらいつりびと

文字の大きさ
上 下
1 / 47

愛詩輝の恋愛

しおりを挟む
『ドリサ空港』と書かれた建物。
 その受付のすぐ奥の発射場にて。

 太いロケットのような形の飛行船が飛び立とうとしていた。
 ラヴィポッドは手続きを済ませ、あとは乗るだけというところで、ドリサの皆と別れの挨拶を交わす。



「世話になった。母親を見つけた後でも、疲れた時でもいい。また戻ってこい。歓迎する」

 ダルムは内心、心配もあるのだろうがこの場でそれを口にはしなかった。
 いつでもいい。
 ドリサはラヴィポッドが帰って来ていい場所なのだと。
 どっしりと構え、それだけを伝える。

「は、はい! こちらこそご飯ありがとうございました!」

 出会った当初に比べれば、ラヴィポッドも怯えることなく話せるようになった。
 初めは見ただけで失神しそうになっていたのだから。



「貴女は立派よ。凄いんだからもっと胸張ってシャキッとなさい」

 ルムアナは知っている。
 ラヴィポッドは普段ビクビクしていても、いざという時には誰かのために動ける子だということを。
 だからこそできれば自分たちだけでなく、多くの人にその凄さを知ってもらいたい。

「こ、こうですか?」

 精一杯胸を張ってふんぞり返る。

「その調子よ」

 ルムアナが微笑む。
 立派というより、かわいらしさが印象としては先にくるが、それもラヴィポッドらしくて良いのかもしれない。



「ぜってぇ負けねえから!」

 アロシカの宣言。

「……ゴブリンにですか?」

 ラヴィポッドには伝わらなかったようで首を傾げるばかり。

「ちげーよ……まあいいか。怪我すんなよ」

 負けたくない。
 そう口にしたが、本音は追いつきたいだけ。
 愛らしい少女に。
 絶望の淵にいた村の皆を救ってくれた魔術師に。

 次会ったときは実力だけでも隣に並べるようになりたいから。

「け、怪我は痛いですもんね」

 アロシカの原動力は何なのか。
 ラヴィポッドはついに気づくことがなかった。



「マフェッドさん、見つかるといいね」

 ハニはラヴィポッドの母に魔術の教えを受けていた。
 その行方は気になるところ。
 娘を置いて一人で出ていく人には見えなかった。
 何か理由があるのだろう。

 ラヴィポッドも少し変わっているが良い子なので、親子の再会を切に願っていた。

「王都に行くって言ってたんですよね?」

「うん。会えたら私のことも伝えといて。親子揃って会いに来てくれたら嬉しいな」

「わかりました……!」

 母に会う理由が一つ増えた。
 ハニが見つけられると信じて話してくれるからか、母のことを考えても後ろ向きにならずにいられる。
 ハニのことを報告したり、ゴーレムを見せたらどんな顔をするのか。
 会える時が更に楽しみだ。



「チビ、これあげる」

 ユーエスからは箱を手渡された。

「あ、ありがとうございます」

 開けてもいいですか?
 と一言あっても良さそうだが、そういった気遣いにはまだ疎いラヴィポッド。

 受け取るなり、箱を開けて中身を確認する。

「笛だ!」

 箱から出てきたのは銀色のホイッスル。

「その笛を吹くと、音に乗せてすごく小さなマナを拡散させることができるんだ」

 ラヴィポッドのために特注で作ってもらったものだ。
 一般的には不要なものだろう。
 微弱なマナを拡散したところで何ができるのか。

 ラヴィポッドも用途がわかっていないようだが。

「チビが笛を吹けば三体のゴーレムを同時に起動できる筈だよ。一体ずつ起動する時間もないようなピンチの時に使ってね」

 ラヴィポッドの出発に合わせてプレゼントをしよう。
 そう思ったは良いものの、喜びそうなものを考えると食べ物しか浮かばなかった。
 そんな中、ゴーレム起動の条件を聞いたときピンときた。

 用途を聞いたラヴィポッドの目が輝いていく。

「すごい! すごいですね! ではさっそく……」

 興奮して笛を吹こうとするも、ユーエスに止められた。

「ブリザードゴーレムが出ると一面氷漬けになるから、時と場所を考えて慎重に使うように」

 コクコクと頷き、笛を吹くのはやめて紐を首にかけるだけに止める。
 気に入ったのか指でチョイチョイとつついて頬を綻ばせた。

「ありがとうございます、騎士さん!」

 名を呼ばないのは他人行儀だと思う人もいるかもしれない。
 けれどユーエスにとって、騎士と呼ばれることは何よりも誇らしかった。

「うん。こっちも色々ありがとう」

 ユーエスがしゃがみ、ラヴィポッドの頭を撫でる。

 ダルムにラヴィポッドのお守りを任された時、最初は面倒なことを押し付けられたと思った。

 やたら食べるし。
 すぐ逃げ出そうとするし。
 ベッドを使わせろと我がままを言うし。

 だけど。

 忙しい毎日。
 一人の時間が減って自責の念に駆られる暇も無くなっていた。
 その事実に気づくまで、随分と時間がかかってしまった。

 ラヴィポッドと過ごしている間は、いつもより心穏やかにいられたのだと。

「チビといるの、楽しかったよ」

 楽しい。

 そんな当たり前の感情を抱けたのはいつ以来だろうか。

「わ、わたしも──」



「お客様~! そろそろ出発ですのでご搭乗くださーい!」

 ラヴィポッドの言葉を遮り、フライトキャップを被った大きなツバメが羽ばたきながら出発を告げる。



「ほら、時間だって」

 ユーエスに促されて、ラヴィポッドが進む。
 途中で振り返り、

「わたしも! 楽しかったです!」

 元気いっぱいにそういって飛行船に乗り込んだ。

 窓に張り付き大きく手を振る。

 ドリサの皆も手を振り返してくれた。
 ドリサ騎士団、ドリサ家の使用人たち、スモーブローファミリーに大工の親方の姿まであった。

 こうしてみると、本当にたくさんの人と関わっていた。

 もう声は届かない。
 だからせめて、皆の顔が見えなくなるまで。

 飛行船が離陸すると、急に実感が込み上げてきた。
 顔が見えなくなったら、もうしばらく会えないのだと。

 しっかり目に焼き付けておきたいのに、皆の顔が滲む。

 ゴシゴシと袖で涙を拭うと、皆呆れたように笑っていた。

「ばいばぃ……」

 掠れた声で呟く。

 一か月と少し。
 それほど長くはなかったけど。

 皆との出会いが良いものだったから。
 臆病なラヴィポッドでも、自然と旅を続けようと思えた。

 次はどんな出来事が待っているかな。
 どんな出会いが待っているかな。

 鼻水をすする。

 気持ちを切り替えられるのは……もう少し先になりそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

八奈結び商店街を歩いてみれば

世津路 章
キャラ文芸
こんな商店街に、帰りたい―― 平成ノスタルジー風味な、なにわ人情コメディ長編! ========= 大阪のどっかにある《八奈結び商店街》。 両親のいない兄妹、繁雄・和希はしょっちゅうケンカ。 二人と似た境遇の千十世・美也の兄妹と、幼なじみでしょっちゅうコケるなずな。 5人の少年少女を軸に織りなされる、騒々しくもあたたかく、時々切ない日常の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

ルピナス

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の藍沢直人は後輩の宮原彩花と一緒に、学校の寮の2人部屋で暮らしている。彩花にとって直人は不良達から救ってくれた大好きな先輩。しかし、直人にとって彩花は不良達から救ったことを機に一緒に住んでいる後輩の女の子。直人が一定の距離を保とうとすることに耐えられなくなった彩花は、ある日の夜、手錠を使って直人を束縛しようとする。  そして、直人のクラスメイトである吉岡渚からの告白をきっかけに直人、彩花、渚の恋物語が激しく動き始める。  物語の鍵は、人の心とルピナスの花。たくさんの人達の気持ちが温かく、甘く、そして切なく交錯する青春ラブストーリーシリーズ。 ※特別編-入れ替わりの夏-は『ハナノカオリ』のキャラクターが登場しています。  ※1日3話ずつ更新する予定です。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...