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第6話 ユウユウ・ムジーク ストーカー殺人
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ムジーク家は貧乏だ。
ユウユウ・ムジークの父パオはビオラ奏者。母リンリンはバイオリン奏者。音楽一家と言えば聞こえはいいが、収入は乏しい。
パオとリンリンは毎週日曜日に教会で賛美歌の伴奏をする。その報酬は銅貨2枚。食パンを1斤買ったらなくなってしまう。
水曜日の夜には回る向日葵亭で演奏する。その報酬は銅貨5枚。食パンを1斤、トマトを3個、卵を3個買うことができる。
火曜日と金曜日の夜には居酒屋ネオンで演奏する。その報酬は銅貨10枚。菓子パンを3個、キャベツを1個、牛乳を1リットル購入できる。
土曜日の昼には喫茶店マルガで演奏する。その報酬は銅貨4枚。雑費で消える。
毎月月末には村役場の集会場でコンサートをする。その報酬は銅貨30枚。半分は税金として徴収され、残り半分は家賃でなくなる。
ムジーク家は羊飼いのファット・ファロファロが所有する木造小屋を借りて住んでいた。ファロファロ家は隣接する木造の母屋に居住している。そのため、ユウユウはファロファロ家の姉妹ステラ、ルナルと仲がよかった。
同い年で今年17歳になったステラとは幼馴染で親友。13歳のルナルは妹のようなものだ。
パオはステラにビオラを教えている。その報酬として、ムジーク家はファロファロ家に朝食をごちそうしてもらっている。ファットの妻ベガは料理上手だ。朝食はたいていパンとチーズだけだが、たまに羊肉料理が出ることがある。そのおかげで、ムジーク家の3人は飢えずに済んでいる。
ユウユウは義務教育である初等学校卒業後、学校には通っていない。読み書きと簡単な計算はできるが、むずかしい神学や数学、文学、歴史学などはわからない。
しかし、幼い頃からユウユウは母リンリンからバイオリンを習っていた。天才的な腕前があり、いまでは母と肩を並べるほどの技術を身につけている。速弾きなどの超絶技巧はリンリンに劣るが、音の響きは母を超えるほど美しい。
「18歳になったら、デビューしていいわよ」
17歳の誕生日にリンリンからそう言われ、ユウユウの心は感動で打ち震えた。彼女は毎日10時間を超える練習をつづけている。バイオリンが大好きで、練習はまったく苦にならない。
ユウユウは父パオが実は演奏嫌いであることを知っている。
14歳のとき、深夜の夫婦喧嘩を聞いてしまった。
「ビオラなんて大嫌いだ。毎日弾くのが苦しくてたまらない。仕事だから仕方なくやっているが、お金があれば、こんな楽器叩き壊してやりたいよ」
「なぜ嫌いなの? あなたの演奏は悪くないわよ」
「悪くないってだけだ。平凡で光るところがまったくない。天才のきみとはちがう」
「わたしは天才なんかじゃないわよ。努力では誰にも負けないつもりだけど」
「たゆみなく努力できるのが天才たる証なんだよ。リンリンは練習が好きだろう? バイオリンを愛しているよな? おれとはちがう。おれは練習が嫌いだ。自分の音に反吐が出る。ビオラを憎んでいる」
「そんなことを言わないで! 音楽家が楽器を憎むなんて、絶対に口にしちゃだめよ」
「事実なんだからしょうがないだろう。おれは父親からビオラの技術を叩き込まれた。下手だ平凡だと怒られながらも、ずっと練習してきた。いちおうプロの奏者になれたが、ビオラを好きになったことは1度もない。気がついたら、ビオラを弾く以外に能のない男になっていたんだ。おれは我慢し、忍耐し、苦痛にまみれながら演奏しつづけている」
「どうして結婚前にそれを言ってくれなかったの。あなたがそんな人だと知っていたら、一緒にはならなかった」
「おれを軽蔑するか?」
「自分の楽器を愛せない音楽家を尊敬することはできない」
「ビオラなんて糞だ。おれのビオラは糞の中の糞だ」
「もうやめて! そんなに嫌なら、演奏しなくていいわよ」
「演奏せずにどうやって食っていける? きみのバイオリンだけでは、収入は半減する。ユウユウを養っていけない。どんなに苦しくても、仕事をやめるわけにはいかないんだ」
「ではこうしましょう。ユウユウがデビューするまで、がんばって演奏して。あの子はわたしとはちがう。本物の天才よ。天国の調べのような音を出すわ。ユウユウが人前で演奏できるようになったら、わたしとあの子のバイオリン二重奏でやっていく。パオは家事でもしていればいいわ」
「本当だな? ユウユウがデビューしたら、おれは引退していいんだな?」
「好きにしなさい。でも約束して。ユウユウやステラちゃんの前では、ビオラが嫌いだなんて、絶対に言わないで」
「わかってるさ。きみにだから愚痴ったんじゃないか。もう言わない。許してくれ」
そのとき以来、ユウユウは父の愚痴を聞いたことがない。
しかし、父の演奏がまったく楽しそうでないことには気がついてしまった。母は真のプロだ。しかし父は母の添え物にすぎない。プロとしては下の下。
ユウユウは早くデビューして、父を楽にしてやりたかった。逆に、情けない父を殺してやりたいと思うようにもなった。ユウユウの心の中にはわけのわからない殺人衝動がある。
ユウユウが自分の殺人衝動に気づいたのは、12歳のときのことだった。
彼女は可愛らしい少女だった。初等学校6年生で、色気づいてきた男子から熱い視線を向けられることが多くなっていた。
同級生から好意を向けられるのはかまわない。悪い気分ではなかった。
しかし、彼女は気持ち悪い中年男性につきまとわれるようになった。独身のロリコンオヤジが登校や下校のときにつけてくる。
屋外でバイオリンの練習をしているときに、じっと見つめられることもあった。
「ユウユウちゃん、お菓子をあげようか」などと話しかけられたりした。
「僕に演奏を聴かせておくれよ。お金をあげるから」
「ユウユウちゃんはカワイイね。大好きだよ」
ユウユウはこのストーカーを嫌悪した。気持ち悪くて仕方がなかったが、不思議と怖くはなかった。殺してやろうと思うようになった。絶対に殺すと決めるまで、それほど時間はかからなかった。
彼女の心の底には殺人衝動があったのだ。
人間をぶち殺したい。
少女の心には、音楽を愛する光と殺人を渇望する闇とが同居していた。
「今夜12時、この河原に来て。あなたのためだけの演奏会を開いてあげる」
ユウユウはそうストーカーに告げた。
彼女は両親が寝静まるのを待って、木造小屋から抜け出した。
たいまつを持って河原に行くと、ロリコンオヤジはすでに待っていた。
「ユウユウちゃん、うれしいよ。こんな夜に会ってくれるなんて、やっと僕の好意に応えてくれる気になったんだね。キスさせてよ」
ユウユウはこの気色悪い男を殺すつもりだった。剣もナイフも持っていないが、本能が殺せると告げていた。彼女は本能が導くままに言った。
「音符の悪魔に変身」
すると、ユウユウの姿は人間ではなくなった。いったん身体が糸のようにほどけ、一瞬のちに、音符のト音記号になっていた。等身大の音符。彼女の身長と同じ154センチメートルのト音記号が、地上からわずかに浮遊している。シュールな光景だった。ストーカーは困惑した。
ユウユウ・ムジークは音符の悪魔少女だったのだ。自分でもこのときまで知らなかった。
「ユウユウちゃん、どこに行ったの? この音符はなんなの?」
ワタシはこの男を殺せる、とユウユウは確信した。
「あなたは全休符になりなさい」
ロリコンオヤジの顔が全休符に変わった。ユウユウとちがって全身が音符になることはなかった。首から上、頭部だけが休符に変化した。
ストーカーは自分に異変が起きたことに気づいたが、どんな異変なのかはわからなかった。
ユウユウは音符の悪魔になっても、五感を失うことはなかった。視覚があり、月と星と男の姿が見えていた。
「心音停止」と悪魔少女は言った。
男の心臓が停止した。
「全休符、全休符、全休符、心音停止、死ぬまで停止」
音符の悪魔は歌うように言った。
心臓が止まっても、人間の脳は3分程度は生きて活動をつづけることができる。
男はユウユウがもしかしたら悪魔少女だったのではないかと気づいたが、だからと言ってなにか抵抗ができるわけではなかった。心停止の苦しみを味わいながら、ユウユウに恋した変態中年男性は死亡した。
男が死ぬと、ユウユウはすぐに元の女の子の姿に戻った。殺人衝動を満たして、快楽を感じていた。ぞくぞくと背筋が痺れた。だが、ひどく疲れてもいた。魔力を消耗したせいだった。
彼女は力を振り絞って死体を川に蹴り落とした。そして家に帰った。
恐怖が湧いてきたのは、翌朝だった。
自分はト音記号に変身した。
音符の悪魔少女だった。
殺人を犯した。
ユウユウは自責の念に耐えきれず、母リンリンにだけ、悪魔になって人を殺したことを打ち明けた。
「それを言ったのはわたしにだけ?」
「うん」
「よかった。ユウユウが悪魔少女だってことは、お母さんとあなただけの秘密よ。絶対に他人に言ってはいけない。お父さんに話すのもだめよ」
「お父さんにも?」
「そう。あなたのことを理解してあげられるのはわたしだけ」
リンリンはいとおしくひとり娘を見つめた。
「わたしは弦の悪魔少女だったの。バイオリンの絃に変身して、人を絞め殺したことがある」
「本当なの?」
「悪魔少女は遺伝するのよ。わたしが弦の悪魔少女だったことは、お父さんも知らない秘密なの。知られたら、結婚してもらえなかったでしょうね。いとしいあなたが生まれることもなかった」
リンリンとユウユウは見つめ合った。
「悪魔少女だと知られたら、バルーン唯神教会から迫害される。火あぶりにされるかもしれない。20歳になったら、変身できなくなるけれど、あなたの子どもが悪魔少女になる可能性がある。一生秘密にしなさい。人生の伴侶にも知られてはだめよ」
「わかった」
「でも殺人は気持ちよかったでしょう?」
「うん」
「どうしても殺人衝動を抑えられなくなったら、うまくやりなさい。そして20歳まで生き延びなさい。悪魔に変身できなくなったら、衝動も自然に消えるから」
その後、17歳になるまでに、ユウユウは音符の悪魔に変身し、ふたりの嫌いな男性を殺している。その殺人は発覚していない。
ユウユウ・ムジークの父パオはビオラ奏者。母リンリンはバイオリン奏者。音楽一家と言えば聞こえはいいが、収入は乏しい。
パオとリンリンは毎週日曜日に教会で賛美歌の伴奏をする。その報酬は銅貨2枚。食パンを1斤買ったらなくなってしまう。
水曜日の夜には回る向日葵亭で演奏する。その報酬は銅貨5枚。食パンを1斤、トマトを3個、卵を3個買うことができる。
火曜日と金曜日の夜には居酒屋ネオンで演奏する。その報酬は銅貨10枚。菓子パンを3個、キャベツを1個、牛乳を1リットル購入できる。
土曜日の昼には喫茶店マルガで演奏する。その報酬は銅貨4枚。雑費で消える。
毎月月末には村役場の集会場でコンサートをする。その報酬は銅貨30枚。半分は税金として徴収され、残り半分は家賃でなくなる。
ムジーク家は羊飼いのファット・ファロファロが所有する木造小屋を借りて住んでいた。ファロファロ家は隣接する木造の母屋に居住している。そのため、ユウユウはファロファロ家の姉妹ステラ、ルナルと仲がよかった。
同い年で今年17歳になったステラとは幼馴染で親友。13歳のルナルは妹のようなものだ。
パオはステラにビオラを教えている。その報酬として、ムジーク家はファロファロ家に朝食をごちそうしてもらっている。ファットの妻ベガは料理上手だ。朝食はたいていパンとチーズだけだが、たまに羊肉料理が出ることがある。そのおかげで、ムジーク家の3人は飢えずに済んでいる。
ユウユウは義務教育である初等学校卒業後、学校には通っていない。読み書きと簡単な計算はできるが、むずかしい神学や数学、文学、歴史学などはわからない。
しかし、幼い頃からユウユウは母リンリンからバイオリンを習っていた。天才的な腕前があり、いまでは母と肩を並べるほどの技術を身につけている。速弾きなどの超絶技巧はリンリンに劣るが、音の響きは母を超えるほど美しい。
「18歳になったら、デビューしていいわよ」
17歳の誕生日にリンリンからそう言われ、ユウユウの心は感動で打ち震えた。彼女は毎日10時間を超える練習をつづけている。バイオリンが大好きで、練習はまったく苦にならない。
ユウユウは父パオが実は演奏嫌いであることを知っている。
14歳のとき、深夜の夫婦喧嘩を聞いてしまった。
「ビオラなんて大嫌いだ。毎日弾くのが苦しくてたまらない。仕事だから仕方なくやっているが、お金があれば、こんな楽器叩き壊してやりたいよ」
「なぜ嫌いなの? あなたの演奏は悪くないわよ」
「悪くないってだけだ。平凡で光るところがまったくない。天才のきみとはちがう」
「わたしは天才なんかじゃないわよ。努力では誰にも負けないつもりだけど」
「たゆみなく努力できるのが天才たる証なんだよ。リンリンは練習が好きだろう? バイオリンを愛しているよな? おれとはちがう。おれは練習が嫌いだ。自分の音に反吐が出る。ビオラを憎んでいる」
「そんなことを言わないで! 音楽家が楽器を憎むなんて、絶対に口にしちゃだめよ」
「事実なんだからしょうがないだろう。おれは父親からビオラの技術を叩き込まれた。下手だ平凡だと怒られながらも、ずっと練習してきた。いちおうプロの奏者になれたが、ビオラを好きになったことは1度もない。気がついたら、ビオラを弾く以外に能のない男になっていたんだ。おれは我慢し、忍耐し、苦痛にまみれながら演奏しつづけている」
「どうして結婚前にそれを言ってくれなかったの。あなたがそんな人だと知っていたら、一緒にはならなかった」
「おれを軽蔑するか?」
「自分の楽器を愛せない音楽家を尊敬することはできない」
「ビオラなんて糞だ。おれのビオラは糞の中の糞だ」
「もうやめて! そんなに嫌なら、演奏しなくていいわよ」
「演奏せずにどうやって食っていける? きみのバイオリンだけでは、収入は半減する。ユウユウを養っていけない。どんなに苦しくても、仕事をやめるわけにはいかないんだ」
「ではこうしましょう。ユウユウがデビューするまで、がんばって演奏して。あの子はわたしとはちがう。本物の天才よ。天国の調べのような音を出すわ。ユウユウが人前で演奏できるようになったら、わたしとあの子のバイオリン二重奏でやっていく。パオは家事でもしていればいいわ」
「本当だな? ユウユウがデビューしたら、おれは引退していいんだな?」
「好きにしなさい。でも約束して。ユウユウやステラちゃんの前では、ビオラが嫌いだなんて、絶対に言わないで」
「わかってるさ。きみにだから愚痴ったんじゃないか。もう言わない。許してくれ」
そのとき以来、ユウユウは父の愚痴を聞いたことがない。
しかし、父の演奏がまったく楽しそうでないことには気がついてしまった。母は真のプロだ。しかし父は母の添え物にすぎない。プロとしては下の下。
ユウユウは早くデビューして、父を楽にしてやりたかった。逆に、情けない父を殺してやりたいと思うようにもなった。ユウユウの心の中にはわけのわからない殺人衝動がある。
ユウユウが自分の殺人衝動に気づいたのは、12歳のときのことだった。
彼女は可愛らしい少女だった。初等学校6年生で、色気づいてきた男子から熱い視線を向けられることが多くなっていた。
同級生から好意を向けられるのはかまわない。悪い気分ではなかった。
しかし、彼女は気持ち悪い中年男性につきまとわれるようになった。独身のロリコンオヤジが登校や下校のときにつけてくる。
屋外でバイオリンの練習をしているときに、じっと見つめられることもあった。
「ユウユウちゃん、お菓子をあげようか」などと話しかけられたりした。
「僕に演奏を聴かせておくれよ。お金をあげるから」
「ユウユウちゃんはカワイイね。大好きだよ」
ユウユウはこのストーカーを嫌悪した。気持ち悪くて仕方がなかったが、不思議と怖くはなかった。殺してやろうと思うようになった。絶対に殺すと決めるまで、それほど時間はかからなかった。
彼女の心の底には殺人衝動があったのだ。
人間をぶち殺したい。
少女の心には、音楽を愛する光と殺人を渇望する闇とが同居していた。
「今夜12時、この河原に来て。あなたのためだけの演奏会を開いてあげる」
ユウユウはそうストーカーに告げた。
彼女は両親が寝静まるのを待って、木造小屋から抜け出した。
たいまつを持って河原に行くと、ロリコンオヤジはすでに待っていた。
「ユウユウちゃん、うれしいよ。こんな夜に会ってくれるなんて、やっと僕の好意に応えてくれる気になったんだね。キスさせてよ」
ユウユウはこの気色悪い男を殺すつもりだった。剣もナイフも持っていないが、本能が殺せると告げていた。彼女は本能が導くままに言った。
「音符の悪魔に変身」
すると、ユウユウの姿は人間ではなくなった。いったん身体が糸のようにほどけ、一瞬のちに、音符のト音記号になっていた。等身大の音符。彼女の身長と同じ154センチメートルのト音記号が、地上からわずかに浮遊している。シュールな光景だった。ストーカーは困惑した。
ユウユウ・ムジークは音符の悪魔少女だったのだ。自分でもこのときまで知らなかった。
「ユウユウちゃん、どこに行ったの? この音符はなんなの?」
ワタシはこの男を殺せる、とユウユウは確信した。
「あなたは全休符になりなさい」
ロリコンオヤジの顔が全休符に変わった。ユウユウとちがって全身が音符になることはなかった。首から上、頭部だけが休符に変化した。
ストーカーは自分に異変が起きたことに気づいたが、どんな異変なのかはわからなかった。
ユウユウは音符の悪魔になっても、五感を失うことはなかった。視覚があり、月と星と男の姿が見えていた。
「心音停止」と悪魔少女は言った。
男の心臓が停止した。
「全休符、全休符、全休符、心音停止、死ぬまで停止」
音符の悪魔は歌うように言った。
心臓が止まっても、人間の脳は3分程度は生きて活動をつづけることができる。
男はユウユウがもしかしたら悪魔少女だったのではないかと気づいたが、だからと言ってなにか抵抗ができるわけではなかった。心停止の苦しみを味わいながら、ユウユウに恋した変態中年男性は死亡した。
男が死ぬと、ユウユウはすぐに元の女の子の姿に戻った。殺人衝動を満たして、快楽を感じていた。ぞくぞくと背筋が痺れた。だが、ひどく疲れてもいた。魔力を消耗したせいだった。
彼女は力を振り絞って死体を川に蹴り落とした。そして家に帰った。
恐怖が湧いてきたのは、翌朝だった。
自分はト音記号に変身した。
音符の悪魔少女だった。
殺人を犯した。
ユウユウは自責の念に耐えきれず、母リンリンにだけ、悪魔になって人を殺したことを打ち明けた。
「それを言ったのはわたしにだけ?」
「うん」
「よかった。ユウユウが悪魔少女だってことは、お母さんとあなただけの秘密よ。絶対に他人に言ってはいけない。お父さんに話すのもだめよ」
「お父さんにも?」
「そう。あなたのことを理解してあげられるのはわたしだけ」
リンリンはいとおしくひとり娘を見つめた。
「わたしは弦の悪魔少女だったの。バイオリンの絃に変身して、人を絞め殺したことがある」
「本当なの?」
「悪魔少女は遺伝するのよ。わたしが弦の悪魔少女だったことは、お父さんも知らない秘密なの。知られたら、結婚してもらえなかったでしょうね。いとしいあなたが生まれることもなかった」
リンリンとユウユウは見つめ合った。
「悪魔少女だと知られたら、バルーン唯神教会から迫害される。火あぶりにされるかもしれない。20歳になったら、変身できなくなるけれど、あなたの子どもが悪魔少女になる可能性がある。一生秘密にしなさい。人生の伴侶にも知られてはだめよ」
「わかった」
「でも殺人は気持ちよかったでしょう?」
「うん」
「どうしても殺人衝動を抑えられなくなったら、うまくやりなさい。そして20歳まで生き延びなさい。悪魔に変身できなくなったら、衝動も自然に消えるから」
その後、17歳になるまでに、ユウユウは音符の悪魔に変身し、ふたりの嫌いな男性を殺している。その殺人は発覚していない。
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