50 / 56
第50話 ロンドン、死の世界を行く
しおりを挟む
煉獄盆地で敗北した後、ロンドンはひとりでブダペストへと向かった。
いまさらブダペストへ行ったところで、何かできるわけでもない。しかし彼は行かずにはいられなかった。
野豚の破壊力を目の当たりにした。火攻めも水攻めも失敗した。それを世界最大の力を持つ豚王国軍が阻止することができるのか、見届けたかった。できうるならば、人類の勝利を見せてほしい。
そして、もしかなうのなら、キャベツ姫にひとめ会いたい……。
しかしあの怒濤のような野豚の行進を止めるのは、百万の大軍をもってしても無理なのでは……。そんな不安に駆られながら、ロンドンはブダペストへと向かっていた。
野豚の大群のあとを追って、首都への道を行く。それは豚に蹂躙された死の世界を行くということであった。
一片のキャベツも残されていない荒地。ため池の水は飲み尽くされ、干上がっている。わずかばかりの潤いもなく、砂と土と岩とがれきだけが視界一面に広がっている。
豚牧場も跡形もなくなっていた。家畜豚は食われたのか、野豚の群れに吸収されたのか、そんなこともわからない。
時折り人と豚の骨が見つかる。人の骨はむろん、豚に踏み潰されて死に、食われた跡だった。豚の骨は、家畜豚のものか、脱落した野豚のものか、不明だった。仲間の死体すらも食料とし、群れは進んでいるのかもしれない。
点在する街は踏み荒らされ、どこも廃墟と化していた。脆弱な家屋は砕け散り、堅牢な建物は崩れてはいないものの、内部は無惨に荒らされていた。逃げ遅れた人々の骨が路上に散乱していることもあった。
途中にあったそれなりに大きな都市ブダボーンも終わっていた。ほどほどに栄えていた平和な街に、今はもう誰も残っていない。
がれきの山が目立つばかり。不幸中の幸いというべきか、人骨はそれほど多くは散らばっていなかった。ほとんどの人はどこかへ避難したのだろう。
ロンドンは比較的破壊の少ない家屋に入り、何か食べ物はないか探した。何も見つからなかった。彼は豚に荒らされた室内で腰を下ろし、リュックからキャベツを取り出してバリバリと食べた。煉獄盆地から持てるだけの水と食料を持ってきたが、途中でほとんど補給できないので、貴重品だ。死の世界を旅するのは、本当に苦しい。肉体的にも、精神的にも。
「行こう、時間がない。豚に追いつくんだ、ブダペストで戦いが起こる前に」
ブダペストへ向かって懸命に歩いて、またひとつ廃墟となった街を見つけた。そこで、奇跡的に生き残っていた数人と出会った。ロンドンは驚いた。
「あなたがた、どうやって生き延びたのですか?」
「地下室に隠れていたんだ。二日間、地上を豚が進み続けていた。生きた心地もしなかったよ。でもどうにか地下室には踏み込まれず、生き残れた」
「それはよかった」
「まぁ、よかったんだが、しかし街はこのありさまだ。これからどうすればいいのか……」
彼らは途方に暮れていた。再建はどれだけ大変なことかと想像し、ロンドン暗澹たる気持ちになった。周辺の街もすべて廃墟と化し、近隣から助けが差し伸べられる見込みはない。
これで首都ブダペストが破壊されれば、豚王国はどうなってしまうのだろう。
「ブダペストは守り切れるのでしょうか?」
「そんなことはわしらにはわからんが、女王陛下ががんばっているという噂は聞いた」
「女王陛下……?」
「ああ、あんたはまだ知らんのか。先代豚王陛下は亡くなられ、キャベツ姫様が女王に即位されたんだ」
「姫が、女王に?」
「そうさ。志願兵を募集され、ものすごい勢いで軍備増強をされているそうだ。あの方は本気でブダペストを守ろうとしている。守れればよいが……」
ロンドンには衝撃的な情報だった。
あの傲慢な豚王が死に、キャベツ姫が女王になったなんて!
「姫が、ブダペストを守ろうとしているのか……」
なんてこった、こうしてはいられない、とロンドンは思った。彼は急に走り出した。
首都防衛戦争が始まる前に、ブダペストへ駆けつけたいという衝動のまま、ロンドンは走った。走り続けた。
そして、とある丘を越えたとき、再びそれを見た。
野豚の大群。
茫洋と広がる凶悪な野豚群。
煉獄盆地で火攻め、水攻めを突破した怒濤のような豚の軍団。
これを迂回して、ブダペストへ行くのは困難だった。
「そりゃそうだよな……。最初からわかっていたことだ。おれとブダペストの間に、こいつらがいることは……」
ロンドンは野豚に追いついた。しかし追い抜き、ブダペストに先回りするのは、至難だ。
彼は猛烈な土煙をあげる野豚の群れのあとを追った。
とにかく、こいつらを尾行して、ブダペストまで行こう、と思った。
いまさらブダペストへ行ったところで、何かできるわけでもない。しかし彼は行かずにはいられなかった。
野豚の破壊力を目の当たりにした。火攻めも水攻めも失敗した。それを世界最大の力を持つ豚王国軍が阻止することができるのか、見届けたかった。できうるならば、人類の勝利を見せてほしい。
そして、もしかなうのなら、キャベツ姫にひとめ会いたい……。
しかしあの怒濤のような野豚の行進を止めるのは、百万の大軍をもってしても無理なのでは……。そんな不安に駆られながら、ロンドンはブダペストへと向かっていた。
野豚の大群のあとを追って、首都への道を行く。それは豚に蹂躙された死の世界を行くということであった。
一片のキャベツも残されていない荒地。ため池の水は飲み尽くされ、干上がっている。わずかばかりの潤いもなく、砂と土と岩とがれきだけが視界一面に広がっている。
豚牧場も跡形もなくなっていた。家畜豚は食われたのか、野豚の群れに吸収されたのか、そんなこともわからない。
時折り人と豚の骨が見つかる。人の骨はむろん、豚に踏み潰されて死に、食われた跡だった。豚の骨は、家畜豚のものか、脱落した野豚のものか、不明だった。仲間の死体すらも食料とし、群れは進んでいるのかもしれない。
点在する街は踏み荒らされ、どこも廃墟と化していた。脆弱な家屋は砕け散り、堅牢な建物は崩れてはいないものの、内部は無惨に荒らされていた。逃げ遅れた人々の骨が路上に散乱していることもあった。
途中にあったそれなりに大きな都市ブダボーンも終わっていた。ほどほどに栄えていた平和な街に、今はもう誰も残っていない。
がれきの山が目立つばかり。不幸中の幸いというべきか、人骨はそれほど多くは散らばっていなかった。ほとんどの人はどこかへ避難したのだろう。
ロンドンは比較的破壊の少ない家屋に入り、何か食べ物はないか探した。何も見つからなかった。彼は豚に荒らされた室内で腰を下ろし、リュックからキャベツを取り出してバリバリと食べた。煉獄盆地から持てるだけの水と食料を持ってきたが、途中でほとんど補給できないので、貴重品だ。死の世界を旅するのは、本当に苦しい。肉体的にも、精神的にも。
「行こう、時間がない。豚に追いつくんだ、ブダペストで戦いが起こる前に」
ブダペストへ向かって懸命に歩いて、またひとつ廃墟となった街を見つけた。そこで、奇跡的に生き残っていた数人と出会った。ロンドンは驚いた。
「あなたがた、どうやって生き延びたのですか?」
「地下室に隠れていたんだ。二日間、地上を豚が進み続けていた。生きた心地もしなかったよ。でもどうにか地下室には踏み込まれず、生き残れた」
「それはよかった」
「まぁ、よかったんだが、しかし街はこのありさまだ。これからどうすればいいのか……」
彼らは途方に暮れていた。再建はどれだけ大変なことかと想像し、ロンドン暗澹たる気持ちになった。周辺の街もすべて廃墟と化し、近隣から助けが差し伸べられる見込みはない。
これで首都ブダペストが破壊されれば、豚王国はどうなってしまうのだろう。
「ブダペストは守り切れるのでしょうか?」
「そんなことはわしらにはわからんが、女王陛下ががんばっているという噂は聞いた」
「女王陛下……?」
「ああ、あんたはまだ知らんのか。先代豚王陛下は亡くなられ、キャベツ姫様が女王に即位されたんだ」
「姫が、女王に?」
「そうさ。志願兵を募集され、ものすごい勢いで軍備増強をされているそうだ。あの方は本気でブダペストを守ろうとしている。守れればよいが……」
ロンドンには衝撃的な情報だった。
あの傲慢な豚王が死に、キャベツ姫が女王になったなんて!
「姫が、ブダペストを守ろうとしているのか……」
なんてこった、こうしてはいられない、とロンドンは思った。彼は急に走り出した。
首都防衛戦争が始まる前に、ブダペストへ駆けつけたいという衝動のまま、ロンドンは走った。走り続けた。
そして、とある丘を越えたとき、再びそれを見た。
野豚の大群。
茫洋と広がる凶悪な野豚群。
煉獄盆地で火攻め、水攻めを突破した怒濤のような豚の軍団。
これを迂回して、ブダペストへ行くのは困難だった。
「そりゃそうだよな……。最初からわかっていたことだ。おれとブダペストの間に、こいつらがいることは……」
ロンドンは野豚に追いついた。しかし追い抜き、ブダペストに先回りするのは、至難だ。
彼は猛烈な土煙をあげる野豚の群れのあとを追った。
とにかく、こいつらを尾行して、ブダペストまで行こう、と思った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜
甲殻類パエリア
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。
秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。
——パンである。
異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。
というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。
そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。
職人は旅をする
和蔵(わくら)
ファンタジー
別世界の物語。時代は中世半ば、旅する者は職人、旅から旅の毎日で出会いがあり、別れもあり、職人の平凡な日常を、ほのぼのコメディで描いた作品です。
異世界の神様って素晴らしい!(異神・番外編)
異世界楽々通販サバイバル
shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。
近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。
そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。
そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。
しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。
「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」
転生して異世界の第7王子に生まれ変わったが、魔力が0で無能者と言われ、僻地に追放されたので自由に生きる。
黒ハット
ファンタジー
【完結】ヤクザだった大宅宗一35歳は死んで記憶を持ったまま異世界の第7王子に転生する。魔力が0で魔法を使えないので、無能者と言われて王族の籍を抜かれ僻地の領主に追放される。魔法を使える事が分かって2回目の人生は前世の知識と魔法を使って領地を発展させながら自由に生きるつもりだったが、波乱万丈の人生を送る事になる
オタクおばさん転生する
ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。
天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。
投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる