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第37話 豚王の脳乱
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ロンドンが煉獄盆地で悪戦苦闘していた頃、ブダペストも安らかではなかった。
豚王の怒りが連日連夜爆発していたのだ。指なし党大虐殺の後、各地で勃発した反乱は拡大の一途をたどっていた。不幸だったのは、これを逐一豚王に報告せねばならなかった右大臣と左大臣である。
「パッパティナートの県令がテロリストに殺されました」
「反乱軍にブダシュート城が包囲されました。至急援軍を乞うとのことです」
「武装したスラムの住民が警官を襲って、片っ端から小指を切り取っています」
「キルプティリ市庁舎が焼き討ちされました」
「ええじゃないかが大流行しています」
凶報には事欠かない毎日であった。そのたびに豚王の額の血管は切れ、侍医が走った。
「バラート城が陥落しました。これにより、少なくとも全国二十箇所で反乱軍に拠点を奪われたことになります」と右大臣と左大臣が並んで報告したときの豚王の形相には、凄まじいものがあった。
「おまえらが無能だからいかんのだ! 命が惜しければさっさと対策を考えいっ!」
王は顔中に血管を浮かびあがらせ、ギラリと剣を抜いて叫んだ。
右大臣と左大臣はすくみあがった。豚王が殺すと言ったら、必ず殺す。「どうしようどうしよう」と二人は顔をつきあわせて相談した。
しかし、彼らは本当に無能だったので、対策など何も考えつかなかった。各地の指揮官に対応をまかせっきりで今まで通してきた彼らは、王国全土に広がった反乱を鎮圧するすべなど、かけらも持たなかったのである。
考えあぐねて、ついに両大臣は夜逃げすることにした。持てるだけの財産を鞄に詰め込んで、二人は王城から逃げ出した。城門から出るとき、彼らは恐怖の大王からのがれられることに無上の喜びを感じていた。
しかし、彼らには悲惨な末路が待っていた。翌朝、二人はドナウ川のほとりでさらし首となって発見されたのである。
「豚王、次はおまえだ! 指なし党二代目党首ジローズ・ミヤタ」と血文字で書かれた立て札に、二人の首がぶら下げられていたのだ。
その報告を軍務大臣から受けたとき、豚王は額から大量の血液を噴出してぶっ倒れた。彼の顔は紫に変色し、口からは泡を吹いていた。侍医が慌てて輸血したが、その顔色は治らなかった。
その後も事あるごとに王は出血したので、侍医は常に輸血の準備をしていなければならなかった。
右大臣と左大臣を失った頃から、豚王は不安にさいなまれるようになった。この反乱はもしかすると余の手にすら負えぬものなのでは、という不安である。
これまでも王を怒らせるさまざまな事件があった。しかしそれらはすべて、彼が気に入らぬ、殺してしまえ、と言えばけりがついた。
出世させてやった関白が無能ぶりをさらけ出したとき、キャベツ姫に彼氏ができそうになったとき、神聖不可侵である自分に反抗する者が現れたとき、彼はそのひと言で簡単に怒りの原因を取り除いてきた。しかし、その流儀で指つめ法反対総決起集会を処理したときから、すべてが狂ってしまったのだ。
余の国が無秩序に荒らされ、反逆者どもが徘徊する地になってしまった、と思うと彼は夜も眠れなくなった。
深い悩みに取りつかれた豚王に追い打ちをかけたのは、めのうの幽霊である。弱気になった豚王をあざ笑うかのように、彼女が夜も昼もつきまとうようになったのだ。
これまで彼女は、豚王が娘狩りをした日に寝室へやってきて、うらめしげな視線を投げかけるようなことしかしなかった。それがめのう陵へ戻らなくなり、一日中豚王の周りを浮遊し、彼の体を突き抜けたりして過ごすようになった。
ふだんは気にも止めていなかっためのうの存在が、逆境の中にあって、豚王には死神のように思えた。
「去れっ、消えてなくなれっ」
豚王は狂ったように幽霊の首を絞めたり、殴りつけたりしようとした。しかし彼の手はむなしくめのうをすり抜けるばかりである。豚王の取り乱しようを面白がって、めのうは彼の頭上でくるりくるりとダンスを踊った。
豚王の怒りが連日連夜爆発していたのだ。指なし党大虐殺の後、各地で勃発した反乱は拡大の一途をたどっていた。不幸だったのは、これを逐一豚王に報告せねばならなかった右大臣と左大臣である。
「パッパティナートの県令がテロリストに殺されました」
「反乱軍にブダシュート城が包囲されました。至急援軍を乞うとのことです」
「武装したスラムの住民が警官を襲って、片っ端から小指を切り取っています」
「キルプティリ市庁舎が焼き討ちされました」
「ええじゃないかが大流行しています」
凶報には事欠かない毎日であった。そのたびに豚王の額の血管は切れ、侍医が走った。
「バラート城が陥落しました。これにより、少なくとも全国二十箇所で反乱軍に拠点を奪われたことになります」と右大臣と左大臣が並んで報告したときの豚王の形相には、凄まじいものがあった。
「おまえらが無能だからいかんのだ! 命が惜しければさっさと対策を考えいっ!」
王は顔中に血管を浮かびあがらせ、ギラリと剣を抜いて叫んだ。
右大臣と左大臣はすくみあがった。豚王が殺すと言ったら、必ず殺す。「どうしようどうしよう」と二人は顔をつきあわせて相談した。
しかし、彼らは本当に無能だったので、対策など何も考えつかなかった。各地の指揮官に対応をまかせっきりで今まで通してきた彼らは、王国全土に広がった反乱を鎮圧するすべなど、かけらも持たなかったのである。
考えあぐねて、ついに両大臣は夜逃げすることにした。持てるだけの財産を鞄に詰め込んで、二人は王城から逃げ出した。城門から出るとき、彼らは恐怖の大王からのがれられることに無上の喜びを感じていた。
しかし、彼らには悲惨な末路が待っていた。翌朝、二人はドナウ川のほとりでさらし首となって発見されたのである。
「豚王、次はおまえだ! 指なし党二代目党首ジローズ・ミヤタ」と血文字で書かれた立て札に、二人の首がぶら下げられていたのだ。
その報告を軍務大臣から受けたとき、豚王は額から大量の血液を噴出してぶっ倒れた。彼の顔は紫に変色し、口からは泡を吹いていた。侍医が慌てて輸血したが、その顔色は治らなかった。
その後も事あるごとに王は出血したので、侍医は常に輸血の準備をしていなければならなかった。
右大臣と左大臣を失った頃から、豚王は不安にさいなまれるようになった。この反乱はもしかすると余の手にすら負えぬものなのでは、という不安である。
これまでも王を怒らせるさまざまな事件があった。しかしそれらはすべて、彼が気に入らぬ、殺してしまえ、と言えばけりがついた。
出世させてやった関白が無能ぶりをさらけ出したとき、キャベツ姫に彼氏ができそうになったとき、神聖不可侵である自分に反抗する者が現れたとき、彼はそのひと言で簡単に怒りの原因を取り除いてきた。しかし、その流儀で指つめ法反対総決起集会を処理したときから、すべてが狂ってしまったのだ。
余の国が無秩序に荒らされ、反逆者どもが徘徊する地になってしまった、と思うと彼は夜も眠れなくなった。
深い悩みに取りつかれた豚王に追い打ちをかけたのは、めのうの幽霊である。弱気になった豚王をあざ笑うかのように、彼女が夜も昼もつきまとうようになったのだ。
これまで彼女は、豚王が娘狩りをした日に寝室へやってきて、うらめしげな視線を投げかけるようなことしかしなかった。それがめのう陵へ戻らなくなり、一日中豚王の周りを浮遊し、彼の体を突き抜けたりして過ごすようになった。
ふだんは気にも止めていなかっためのうの存在が、逆境の中にあって、豚王には死神のように思えた。
「去れっ、消えてなくなれっ」
豚王は狂ったように幽霊の首を絞めたり、殴りつけたりしようとした。しかし彼の手はむなしくめのうをすり抜けるばかりである。豚王の取り乱しようを面白がって、めのうは彼の頭上でくるりくるりとダンスを踊った。
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