みらつりショートショート集

みらいつりびと

文字の大きさ
上 下
32 / 99

マトリョーシカ小説

しおりを挟む
 わたしは22歳の小説家だ。女子大生の奔放な性を書いた「わたしの3人の恋人」という中編小説が新人文学賞を受賞してデビューした。ちなみにわたしは処女で、受賞作は妄想の産物だ。
 2作めは「女子高生が男の子とつきあって乳房を見せるまで」というタイトルの恋愛小説で、初版10万部を1週間で売り切った。わたしには恋愛経験はなく、彼氏いない歴=年齢である。やはり妄想だけで小説を書いた。
 恋愛小説2作のヒットで、わたしには新進気鋭の恋愛作家というレッテルが貼られてしまった。いらない。
 編集者は3作めもいやらしい恋愛小説を書けと急かす。わたしはもう愛だの恋だのは書きたくなかった。
 ところで、わたしにはマトリョーシカ人形を収集するという趣味があった。ロシアの民芸品で、胴体の部分でふたつに分割できる人形である。中には同じ姿だけど少し小さい人形が入っていて、その中にもさらに小さい人形が入っているという入れ子構造をした人形だ。
 わたしはこれを小説化することを思いついた。マトリョーシカ小説だ。小説家を主人公とした小説を書く。当然ながら小説内小説家も小説を書いている。小説家を主人公とした小説だ。小説内小説内小説家も小説を書いている。それが無限に続く。
 編集者は止めたが、わたしはマトリョーシカ小説の執筆に熱中した。小説内小説内小説内小説家、小説内小説内小説内小説内小説家を書いているうちに、わたし自身も小説内小説家であるような気がしてきた。わたしを書いている小説家がいて、その描写のままにわたしはマトリョーシカ小説を書いている。そんな妄想に強く囚われてしまったのだ。
 それが妄想ではなく、事実だと感じられるようになってきた。わたしはパソコンのワープロソフトを使って小説を書いているが、「わたしはパソコンのワープロソフトを使って小説を書いている」という文章に従って動いている存在だと感じられるようになり、さらにはわたしは文章そのものだと思うようになってきた。
「わたしはマトリョーシカだ。マトリョーシカ小説家だ。わたしは小説を書かされているにすぎないのだ」とつぶやくわたしを編集者は心療内科へ連れていった。医師はわたしを解離性障害の初期段階だと診断し、マトリョーシカ小説を書くことを禁止した。
 わたしはマトリョーシカ小説を書くことに執着していて、断筆は苦痛だったが、編集者が監視して、小説を書かせなかった。1ヶ月ほどで禁断症状は消えた。3か月後にはマトリョーシカ小説でなくていいから、小説を書きたくなってきた。
「エロい恋愛小説を書きなさい」と編集者は言った。わたしは開き直って、ふしだらなOLを主人公にした「会議室と給湯室とエレベーターのひめごと」というもはや恋愛小説ですらない官能小説を書いた。もちろん妄想が執筆の原動力だ。
 3作めは大ヒットした。1か月で百万部売れ、店頭から本が消えた。現在大増刷中である。
 わたしは処女で官能小説家になってしまった。編集者はノリノリでもっと書けと迫ってくる。わたしは本当の恋愛を知りたいと思っているが、編集者は妄想で書き続ける方がよいと考えているようである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

幕府海軍戦艦大和

みらいつりびと
歴史・時代
IF歴史SF短編です。全3話。 ときに西暦1853年、江戸湾にぽんぽんぽんと蒸気機関を響かせて黒船が来航したが、徳川幕府はそんなものへっちゃらだった。征夷大将軍徳川家定は余裕綽々としていた。 「大和に迎撃させよ!」と命令した。 戦艦大和が横須賀基地から出撃し、46センチ三連装砲を黒船に向けた……。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...