エバとアダムと蛇

みらいつりびと

文字の大きさ
1 / 20

生まれつきあまのじゃくな性質なんです。神に逆らいたいんです。

しおりを挟む
 エバは夢を見た。
 蛇にそそのかされて、彼女は知恵の樹の実を食べた。神から食べてはいけないと言われていた実だった。それは甘く、ほどよい酸味があり、信じられないほど美味しかった。
 アダムにも食べさせた。神にばれて、エバとアダムはエデンの園を追放された。エデンの園の外は荒涼とした大地で、木の実は少なかった。二人は彷徨った。お腹がすいて、苦しかった。茶色い実を食べたが、にがくて吐いた。そこで目が覚めた。
 嫌な感じが長く残る悪夢だった。
 エバはけっして知恵の樹の実を食べまいと決心した。
 エデンの園でエバとアダムは裸で暮らしている。暖かい土地で、身に何かを纏う必要はない。恥ずかしいという概念もまだ生まれていなかった。
 エデンの園の中心にある高台には、知恵の樹と生命の樹が生えている。その二本の樹は特別で、たくさん実がなっていたが、エバもアダムも食べなかった。
「神が知恵の樹の実はけっして食べてはならないと言われた」とアダムは言った。
 アダムは最初の人間で、神と会ったことがあるらしい。エバはアダムの肋骨から創られた人間で、神と会ったことはなかった。
「生命の樹の実も食べてはいけないの?」とエバは訊いた。
「生命の樹の実は食べてはいけないとは言われなかった。でも、この樹は特別だから、食べないでおこう」
 エデンの園は緑の木々が見渡す限り生えている豊かな楽園だった。知恵の樹と生命の樹以外にも、たくさんの種類の木が生えていて、そこには食べきれないほどの実がなっている。エバとアダムはその実を食べて生きた。十分に美味しい実だった。バナナやみかんやキウイやヤシ、その他様々な生で食べられる果物があった。エバは夢で食べた知恵の樹の実はもっと美味しかったと思ったが、あれは食べてはいけないのだ。不吉な夢を見たし、神が食べてはいけないと禁じた。けっして食べまいと彼女は改めて思った。
 禁忌の果実。別名をりんごといちじくというのだとアダムは教えてくれた。
 エバはその他の木の実を食べ、アダムとおしゃべりをし、大地を散歩し、昼寝をし、太陽の熱と光を浴び、夕暮れの風景を美しいと感じ、夜になったら眠った。それでしあわせだった。彼女はさらさらした長い金髪をなびかせ、裸のままで堂々と歩いた。彼女の乳房は大きく、腰はくびれ、脚は長かった。目は大きく見開かれ、顔立ちは整っていた。アダムの髪の色も金で、少し癖っ毛だった。彼の容貌も美しく、裸で、逞しく筋肉質だった。エバはアダムと二人でいることを好んだ。
「あなたと私の体はだいぶちがう」
「男と女だからね」
「どうして男と女は体の形がちがうのかしら?」
「さぁ。神が僕たちをそのように創ったからね。どうしてかなんてわからないよ。僕もきみも美しい。それでいいじゃないか」
「そうね。神がそうしたんだから、そうなってるのよね。美しいから、それでいいのよね」
 エバは深く考えるのが苦手だった。ふと思ったことを口にしただけだった。「どうして?」は彼女の口癖だった。自分で考えるのは苦手だから、教えてほしかったのだ。
 アダムはエバよりさらに考えることから縁遠そうで、疑問を持って、「どうして?」と問うこともなかった。
 疑問が解消されなくても、エバは深く追求するつもりはなかった。アダムは力強く、美しい。彼を見ているだけでうっとりする。確かにそれでよかった。彼女は十分にしあわせだった。
 アダムは木の実をもいで美味しそうに食べた。エバを見て微笑んでいた。彼もしあわせそうだった。
 エデンの園にはアダムとエバの他にたくさんの蛇がいた。猿、馬、牛、羊、狼、兎、ネズミ、カエル、昆虫などのいろいろな動物もいたが、言葉を話せるのは人間と蛇だけだった。
 人間は二人だけ。蛇は無数にいて、数えられなかった。
 蛇には人間に似た顔と二本の腕があり、腰から上を直立させ、その下は長い筒のように伸びて地に沿わせ、終端は細い尻尾になっていた。二本の脚はなかった。長い胴をくねくねと這わせて移動する。人間のエバとアダムは二本の脚で立ち、歩く。
 一匹の蛇がエバの近くに這って来て、話しかけた。
「知恵の樹の実を食べませんか」
「食べないわよ」
「どうしてです。とても美味しそうですよ」
「神が食べてはいけないと言った、とアダムが言ったわ」
「いいじゃないですか。アダムには黙って、こっそりと食べましょう」
「だめよ。りんごは食べないわ」
「あの赤く熟したりんごは魅惑的です。食べたくなりませんか?」
「バナナは甘いし、みかんは酸っぱいし、どちらも美味しいわ。それで十分よ」
「ちぇっ」蛇は舌打ちした。
「あなたはどうして私に知恵の樹の実を食べさせたいの?」
「私の名前はデモンと言います。生まれつきあまのじゃくな性質なんです。神に逆らいたいんです」
「蛇に名前があるなんて、初めて知ったわ」
「私は特別な蛇なんです。他の蛇には名前はありません」
 デモンは黒髪の蛇だった。黒い髪は珍しい。
「黒髪の蛇のデモン」
「ええ。私の名前を憶えていてくださいね。またお話しましょう」
 デモンは口角を上げてニタリと笑った。彼は体をくねらせて、エバから離れていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...