1 / 1
くらげ商店
しおりを挟む
波の音を聴きながら、くらげくんは店番をしていた。店の名前はくらげ商店。売り物はくらげの涙という宝石だ。
くらげくんは陸棲のくらげだ。満月の夜に、ひと粒の涙を流す。それが固まったものがくらげの涙。一見、透明に見えるが、太陽の光を浴びると、七色に輝く。
くらげくんはくらげの涙を加工して、指輪やネックレスにつけて売っている。くらげの涙はダイヤモンドよりも貴重な宝石で、若者に大人気だ。
くらげの涙の婚約指輪は特に人気が高く、これを捧げてプロポーズすると、断られることはないという評判があった。
ザザーンという波の音がした後、カランとドアが鳴って、ひとりの若い僧侶がくらげ商店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」とくらげくんが言った。
「こんにちは」と僧侶は言った。
「くらげの涙を見せていただけますか」
「どうぞご自由にご覧ください」
くらげ商店にはガラスのショーケースがあり、その中にたくさんのくらげの涙を使った装飾品が展示してある。
僧侶は店内を見て回り、太陽光線を受けて七色に光る指輪の前で立ち止まった。
「綺麗ですね」
「当店の指輪は婚約や結婚の際の贈り物として、とても人気があるのですよ。ありがたいことに」
「拙僧もこれを贈りたい人がいるのです。でも、禁欲昇天教は結婚を禁じています」
「あなたは禁欲昇天教のお坊さまなのですね」
「はい……」
若い僧侶は指輪を眺め、ため息をついた。
「私には縁のないものだ……」
僧侶は悲しげにつぶやいた。
ザザーンとまた波の音がした。
「お坊さま、愛と信仰とどちらが大切ですか?」
くらげくんはキラキラと瞳を輝かせながら言った。その瞳は極上のくらげの涙のように美しい。
「そんなもの、比べることはできません。愛も信仰もどちらも大切です」
「僕は愛が大切だと思います。愛こそすべて!」
くらげくんは恋愛脳の持ち主だった。
「拙僧にはそんなふうに割り切ることはできません。私は禁欲昇天教の寺の息子なのです」
「愛は地球より重い! 愛を捨てないでください! もしあなたが愛に生きるのなら、指輪を半額でお売りします!」
「は、半額で……?」
「はい、半額です!」
「これが半額で……」
僧侶はまた指輪を見つめた。
「綺麗だ。これを愛しの絵里に贈りたい……」
「あなたの想い人は絵里さんというのですか?」
「そうです。私の幼馴染の女の子です。彼女は恋愛至上教の信者なのに、誰とも付き合おうとしないのですよ」
くらげくんにはその理由がわかるような気がした。きっと絵里さんはこの若い僧侶が好きなのだ。彼を一途に想っているにちがいない。
「9割引にします! 絵里さんに贈るか贈らないかは後で考えるとして、この指輪が気に入ったのなら、お買い上げいただけませんか?」
「9割引? いまの手持ちの金額で買える……!」
僧侶は魅入られたように指輪に惹きつけられていた。くらげの涙がひと際美しく輝いた。
「か、買います」
僧侶が財布からお金を出した。
「お買い上げどうもありがとうございます」
くらげくんは指輪を小さな黒い箱に入れて、僧侶に渡した。
禁欲昇天教の若い僧侶はいくぶん頬を赤くして、くらげ商店から出て行った。
彼が絵里さんに指輪を贈れるといいな、とくらげくんは心の底から思った。
ザザーン……。
波の音を聴きながら、くらげくんは次のお客さんを待ちつづけた。
くらげくんは陸棲のくらげだ。満月の夜に、ひと粒の涙を流す。それが固まったものがくらげの涙。一見、透明に見えるが、太陽の光を浴びると、七色に輝く。
くらげくんはくらげの涙を加工して、指輪やネックレスにつけて売っている。くらげの涙はダイヤモンドよりも貴重な宝石で、若者に大人気だ。
くらげの涙の婚約指輪は特に人気が高く、これを捧げてプロポーズすると、断られることはないという評判があった。
ザザーンという波の音がした後、カランとドアが鳴って、ひとりの若い僧侶がくらげ商店に入ってきた。
「いらっしゃいませ」とくらげくんが言った。
「こんにちは」と僧侶は言った。
「くらげの涙を見せていただけますか」
「どうぞご自由にご覧ください」
くらげ商店にはガラスのショーケースがあり、その中にたくさんのくらげの涙を使った装飾品が展示してある。
僧侶は店内を見て回り、太陽光線を受けて七色に光る指輪の前で立ち止まった。
「綺麗ですね」
「当店の指輪は婚約や結婚の際の贈り物として、とても人気があるのですよ。ありがたいことに」
「拙僧もこれを贈りたい人がいるのです。でも、禁欲昇天教は結婚を禁じています」
「あなたは禁欲昇天教のお坊さまなのですね」
「はい……」
若い僧侶は指輪を眺め、ため息をついた。
「私には縁のないものだ……」
僧侶は悲しげにつぶやいた。
ザザーンとまた波の音がした。
「お坊さま、愛と信仰とどちらが大切ですか?」
くらげくんはキラキラと瞳を輝かせながら言った。その瞳は極上のくらげの涙のように美しい。
「そんなもの、比べることはできません。愛も信仰もどちらも大切です」
「僕は愛が大切だと思います。愛こそすべて!」
くらげくんは恋愛脳の持ち主だった。
「拙僧にはそんなふうに割り切ることはできません。私は禁欲昇天教の寺の息子なのです」
「愛は地球より重い! 愛を捨てないでください! もしあなたが愛に生きるのなら、指輪を半額でお売りします!」
「は、半額で……?」
「はい、半額です!」
「これが半額で……」
僧侶はまた指輪を見つめた。
「綺麗だ。これを愛しの絵里に贈りたい……」
「あなたの想い人は絵里さんというのですか?」
「そうです。私の幼馴染の女の子です。彼女は恋愛至上教の信者なのに、誰とも付き合おうとしないのですよ」
くらげくんにはその理由がわかるような気がした。きっと絵里さんはこの若い僧侶が好きなのだ。彼を一途に想っているにちがいない。
「9割引にします! 絵里さんに贈るか贈らないかは後で考えるとして、この指輪が気に入ったのなら、お買い上げいただけませんか?」
「9割引? いまの手持ちの金額で買える……!」
僧侶は魅入られたように指輪に惹きつけられていた。くらげの涙がひと際美しく輝いた。
「か、買います」
僧侶が財布からお金を出した。
「お買い上げどうもありがとうございます」
くらげくんは指輪を小さな黒い箱に入れて、僧侶に渡した。
禁欲昇天教の若い僧侶はいくぶん頬を赤くして、くらげ商店から出て行った。
彼が絵里さんに指輪を贈れるといいな、とくらげくんは心の底から思った。
ザザーン……。
波の音を聴きながら、くらげくんは次のお客さんを待ちつづけた。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】猫を膝に乗せて私は物語を編む 〜このまま静かに一人で老いていこうと思っていましたが、宝物を見つけました
雪野原よる
恋愛
三十代、嫁き遅れ。でも、私は独り(+愛猫)で幸せに暮らしている。わずらわしい他人の言葉なんて聞かなくても、私の心の中には私だけの王国が在るのだから。──そう思っていた私の前に、全身に傷を負った一人の男が現れた。
※一万字程度の短くて山谷のないシンプルな話です。全5話完結。
ゆるふわな可愛い系男子の旦那様は怒らせてはいけません
下菊みこと
恋愛
年下のゆるふわ可愛い系男子な旦那様と、そんな旦那様に愛されて心を癒した奥様のイチャイチャのお話。
旦那様はちょっとだけ裏表が激しいけど愛情は本物です。
ご都合主義の短いSSで、ちょっとだけざまぁもあるかも?
小説家になろう様でも投稿しています。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる