枯葉と帆船

みらいつりびと

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巨大な帆船と新しい時代の幕開け

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 馬車はまた進み出した。その中でパンをかじりながら僕は再び景色を眺めた。
 川の両岸には家々が建ち並び、ところどころに林も見えている。建物はどれも申し分なくどっしりしていて、歴史の重みを感じさせるものばかりである。それはこのロンドンの町の成熟を示していた。
 空には鳶が二羽優雅に輪を描いて飛んでいる。彼らはこのロンドンの町を一望の下に見下ろしているのだ。そう思うと僕は羨ましくなった。
 港に近づいていた。以前はよくそこに横着けられた見上げるような帆船を見て憧れたものだった。いつか乗ってみたいと。それが今日訪れた。しかし、はしゃぎたくなるような嬉しさは湧いてこない。不安があるからに違いなかった。
 川幅が一層広くなって、船数も目立って増えてきた。岸辺には漁船がたくさん並べて浮かばせてある。
 ふと、このテムズ川ともお別れなのだということが信じられなくなった。悠久の時をいつも変わらず流れ、人々に愛されてきたこの川との別れが。しかし、それは感傷的なもので、別れは現実に起こるのだと理性ではわかっていた。
 ついに、巨大な帆船が見えてきた。遠くから見ても、それが他の船を圧倒する大きさだと知れた。帆はすでに広げてあった。三本マストのうち中央のそれの頂点にイギリス国旗がはためいている。
 堂々たる船だった。今まで僕が見たどの船にも劣らない。マストからマストへ、船体からマストへと船上を縦横に結んでいる綱も、よく磨かれているらしい光沢のある手摺りもすばらしいが、中でもバイキングの船のように、船に前端に獣の彫刻があるのが気に入った。それはライオンだった。
 港には、父の友人のサマリーさんが見送りに来ていた。ふたりは馬車の傍らで立ち話を始めた。馬車はサマリーさんに進呈することになっていた。
 僕はジョンが来てくれていないか見回したが、いなかった。あるいは、見つけられなかっただけかもしれない。彼は建物の陰から涙を堪えてこっそりと僕を見ている……。
 僕と妹は船を見上げた。ニールスも隣に立って同じようにしていた。彼は自分がこれに乗るのが信じられないといった顔をしていた。
 父がサマリーさんに別れを言い、僕らの方を向いた。
「船室に入ろう。荷物を忘れるな」
 馬車からすべての荷物を取り出して、僕らはタラップの方へ足を踏み出した。あれほど移住を嫌がっていた母も晴れ晴れとした表情をしていた。

 新しい時代の幕開けだ……。
 タラップを登り詰め、甲板に立って、僕は思った。船はそれが水に浮かんでいることを示すように、わずかに上下している。
 父はさっさと船室に向かった。僕も心の中でロンドンと訣別して、彼に続いた。
 さっきまで微かに漂っていた霧は、今ではあとかたもなく姿を消している。
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