枯葉と帆船

みらいつりびと

文字の大きさ
上 下
6 / 11

家庭崩壊寸前

しおりを挟む
 父と母の論争は日に日に激しくなり、容易に収まりそうになかった。一方は移住を成し遂げるためには何事をも辞さずという決意で、他方は住み慣れたロンドンをどうしても離れたくないという痛切な願いを持ち、まとまらなかった。どちらも妥協しなかった。
「船がフィラデルフィアへ着くのに数週間かかるのは知っているでしょう。風が悪ければ、何か月もかかる。そのひどい船旅で死んでしまう人もいるのよ」母は反論の材料をどこかから仕入れていた。
「それは心配しなくていい。必ず一等船室を取る」父も負けてはいなかった。
 さんざん水掛け論をやった後、ふたりとも沈黙してしまう事もあった。そんな時は家全体が暗くなり、妹が泣き出したりする。
 論争が感情的になるまで嵩じる事もままあった。ふだんおとなしい母がヒステリーを起こして叫ぶことが珍しくなくなった。父が勝手にしろとわめいて家を飛び出し、翌朝酔っ払って帰って来ることにあった。夫婦の話し合いは次第に争いの形を取るようになり、まとまる見通しはまったく立たなかった。
 その頃がもっともひどかった。家族の心は荒廃しきっていて、生活のリズムは崩れ去っていた。僕も家にいるのが憂鬱で、学校に行ったらほっとするほどだった。しかし、学校にいても気が晴れるわけではない。ひどいことになっちまった。そう思って父の気まぐれを憎悪するのだ。
 両親の関係はさらに険悪になった。話の決着は一向につかず、いつまでたっても押し問答の繰り返しだ。ふたりともそれに嫌気がさしてきていた。
 父はまだ役所の仕事を続けていたが、もうやる気がないのは明らかだった。朝は遅くに出かけて、夕方すぐに帰ってきた。そして、母と言い争わない時は酒を飲んだり、葉巻を吸って夜通しベランダに出ていたりした。
 母は以前のように熱心には家事をしなくなった。食事も簡単なものですませることが多くなった。時折り思い出したように行われる夫婦喧嘩以外、家族のコミュニケーションは消えかけていた。
 家庭崩壊寸前だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夏の青さに

詩葉
青春
小学生のころからの夢だった漫画家を目指し上京した湯川渉は、ある日才能が無いことを痛感して、専門学校を辞めた。 その日暮らしのアルバイト生活を送っていたある時、渉の元に同窓会の連絡が届くが、自分の現状を友人や家族にすら知られたくなかった彼はその誘いを断ってしまう。 次の日、同窓会の誘いをしてきた同級生の泉日向が急に渉の家に今から来ると言い出して……。 思い通りにいかない毎日に悩んで泣いてしまった時。 全てが嫌になって壊してしまったあの時。 あなたならどうしますか。あなたならどうしましたか。 これはある夏に、忘れかけていた空の色を思い出すお話。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

B面の青春

澄田こころ(伊勢村朱音)
青春
ふたつの、青春ストーリー。 王道の幼馴染とのこじれた、恋愛ストーリー。 オタク少女のめんどくさい、成長ストーリー。 A面、いとこの晶に強烈なコンプレックスを持っている忍は、進路について悩んでいた。家業である医師になるか、美術を勉強するか。 B面、隠れオタクの原田はこっそりとBL同人を書いている。それをある日、うっかり教室に置き忘れてしまう。 ふたつの物語が、カセットテープのA面とB面のように響き合う。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

ファンファーレ!

ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡ 高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。 友情・恋愛・行事・学業…。 今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。 主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。 誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。

見上げた空は、今日もアオハルなり

木立 花音
青春
 ──私の想いは届かない。私には、気持ちを伝えるための”声”がないから。  幼馴染だった三人の少年少女。広瀬慎吾(ひろせしんご)。渡辺美也(わたなべみや)。阿久津斗哉(あくつとおや)。そして、重度の聴覚障害を抱え他人と上手くうち解けられない少女、桐原悠里(きりはらゆうり)。  四人の恋心が激しく交錯するなか、文化祭の出し物として決まったのは、演劇ロミオとジュリエット。  ところが、文化祭の準備が滞りなく進んでいたある日。突然、ジュリエット役の桐原悠里が学校を休んでしまう。それは、言葉を発しない彼女が出した、初めてのSOSだった。閉ざされた悠里の心の扉をひらくため、今、三人が立ち上がる!  これは──時にはぶつかり時には涙しながらも、卒業までを駆け抜けた四人の青春群像劇。 ※バレンタイン・デイ(ズ)の姉妹作品です。相互にネタバレ要素を含むので、了承願います。 ※表紙画像は、ミカスケ様にリクエストして描いて頂いたフリーイラスト。イメージは、主人公の一人悠里です。

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

タカラジェンヌへの軌跡

赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら 夢はでっかく宝塚! 中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。 でも彼女には決定的な欠陥が 受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。 限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。 脇を囲む教師たちと高校生の物語。

処理中です...