枯葉と帆船

みらいつりびと

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猫の横断

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 夜が白んできた。薄ぼんやりと周りの景色が見えてくる。馬車はスピードを増した。道は砂利や水たまりの跡やあちこちにぼうぼうと生えた草のある裏道から見事に整地された大通りに移っている。
 父はランプの火を消そうとして手を伸ばした。しかし、いつの間に油が切れたのかそれは消えていた。
 馬車はポプラの並木にはさまれた道の中央を悠々と進んだ。季節は晩秋で葉はおおかた散っていたが、その枝振りは美しかった。町に目覚めはまだ訪れていない。人通りはほとんどなく、僕らのもの以外馬車は皆無だった。
 辻にさしかかった所で猫の横断にぶつかったが、猫の方も気づいていて、こちらを少しだけ見つめた後、ちょろっとどこかへ紛れてしまった。可愛い猫だったのに。
 馬車は進み続けた。

 移住に賛成する者がいないので、父はかなり落胆していた。母は当然、そして親戚や友人にも移住を祝ってやるという者はいなかった。十年間忠実に父に従ってきた老召使いニールスも口には出さないが、反対のようだ。
 だが、父はあきらめなかった。彼は根気よく説得を続けた。
「おまえはこんな生活で満足しているのか、レズリー。今のままでは俺は一生中流階級の役人止まりさ。不甲斐なく思うだろうが、俺には出世はできそうにない。事務ってやつが、てんで向いてないんだ。アメリカに行ったら、必ず家族みんなを幸福にしてみせるぞ!」
 それを鵜呑みにするほど母はお人好しではなかった。仕事が面白くないから移住するなんてあまりに勝手だ。移住先で幸福になれる保証はどこにもない。いや、苦しい生活が待っているだけだろう。それよりもここでささやかな幸福を楽しむべきだというのが母の主張だった。
「勝手に思えるかもしれんが、長い間考えてきた事なんだ。確かにアメリカでの生活は苦しいかもしれん。けれど、これだけは神に誓って約束するが、必ず活気ある毎日を送ってみせるぞ」
 父の熱気に押されていても、母は煮え切らなかった。彼女には親戚や親しい友人たちと別れたくないという気持ちが強かったようだ。
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