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野球部再建
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4月22日金曜日、きみと僕が練習に行こうとして、廊下を歩いていたときのことだ。
ひとりの女子生徒に呼び止められた。
「あのあの、野球部をつくろうとしている時根くんと空尾さんだよね?」
背が僕より高く、髪は短く、胸に女子特有の膨らみがまったくなくて、制服を着ていなければ性別がわかりにくい子だった。
中性的な美しさがある。美少年的な少女、と言ってもいいかもしれない。
「そうだけど」と僕は答えた。
正確には創部ではなく、再建だが、まあいちいち訂正しなくてもいいだろう。
「あのあの、わたし、1年C組の能々野々花って言います」
のののの?
彼女は生徒手帳を見せてくれた。ああ、そういう漢字なのか。
「あのあの、実はわたし、中学のときソフトボールをやってて、つづけたかったんだけど、この学校にソフトボール部がなくて」
まくしたてるように彼女は言う。非常に早口だ。
「それでしかたないから、野球でもいっかと思って。野球部?野球同好会?に入りたいんだけど」
しかたないからというのは引っかかる言い方だが、こちらにはなんとしてでも部員を増やしたいという事情がある。
「歓迎するよ」と僕は即答した。
「やったぁ!」ときみも言った。
善は急げ。能々さんを職員室に連れていって、高浜先生に引き合わた。もちろん入部届に記入するよう頼んだ。
「あのあの、わたしの実力とか見なくていいんですか? いきなり入部決定しちゃっていいんですか?」
「僕らの野球部にはまったくの初心者もいるんだよ。ソフトボールの経験があるなら大歓迎だ。そうですよね、先生?」
「そうだな。ぜひ入ってくれ」
「あのあの、じゃあ入ります」
能々さんは入部届を高浜先生に提出した。新入部員確保。
「これで部員が5人になった。部に昇格できるよね?」ときみは言う。
「うん。生徒会室に報告に行こうか」
きみと僕は能々さんも連れて、2階にある生徒会室へ向かった。
「あのあの、部員は私を含めても5人しかいないの?」
「うん。そうなんだ」
「あのあの、それじゃあ試合もできないじゃない。わたし、球技の試合がしたいの。やっぱりバスケットボールとかにしようかな」
「必ず9人集めるから。安心していいよ」と僕は根拠なく請け負う。逃がしてたまるか。
生徒会室のドアをノックする。「どうぞ」という声が聞こえた。
中に入ると、以前と同じ4人がいた。喜多生徒会長が一番奥に座っている。
「ようこそ生徒会室へ! 空尾野球同好会長、時根会員、新顔さんもいるな」
「新入部員の能々野々花さんです」と僕は紹介する。
「喜多会長、もう野球同好会とは言わないでください。5人揃ったの。部への昇格、認めてもらえますよね?」ときみは言う。
「その子が5人目か」
会長は能々さんに目をやった。
喜多さんは背が高い女子だが、能々さんはさらに高い。180センチ以上ありそうだ。
「その背の高さ、野球部にはもったいない子だな。バスケットボールかバレーボールの方がいいんじゃないか?」
「あのあの、やっぱりそう思います?」
「もう入部届を出してもらっています! 余計なことは言わないでください!」
すまんすまん、と会長は言った。
「おめでとう。5人揃ったなら、昇格を認める。いまからきみたちは野球部員だ。お祝いに紅茶を振る舞いたい。座ってくれ」
僕たちはパイプ椅子に座った。
能々さんとは対照的に、非常に背が低い生徒会書記の毬藻ネネさんが、ていねいに紅茶を淹れてくれた。
「ダージリンなのじゃ」
「いただきます」
「あのあの、とっても良い香りですね」
「本当に」
かぐわしい紅茶の匂いを嗅ぎ、僕は部になった歓びを噛みしめた。
「次は9人をめざします。きっと甲子園に出ますから!」ときみは強気に発言する。
きみがいればできるかもしれない、と僕も思っている。
「甲子園。魅惑的な響きなのじゃ」とネネさんは言った。
「行ってみたいのじゃ」
「野球部が甲子園に出場したら、応援に行こう」と会長は言った。
「そうではないのじゃ。私は選手として甲子園の土を踏んでみたいのじゃ」
ネネさんはじっと喜多会長を見つめた。
「ネネくん、なにを言い出す?」
「私は物語みたいな青春を送ってみたいのじゃ。生徒会にそれがあるかもしれないと思ってた。でも、それなりに面白かったけれど、物語みたいではなかった。甲子園をめざす青春。やってみたいのじゃ」
「物語? きみはそんなことを考えていたのか」
「そうなのじゃ」
ネネさんは両手を胸の前に上げて、握りこぶしをつくった。ちっちゃな手だ。
「きみは野球をやったことがあるのか?」
「ないのじゃ。でも運動は好きだし、なにより野球部にはまだ5人しかいなくて、レギュラーになれる可能性は高いのじゃ。やってみる価値はある」
「やれますよ、ネネさん!」と僕は煽った。
「6人目!」ときみは叫んだ。
「ネネくん、生徒会はどうなる?」
「辞めさせてもらうのじゃ。私は青春を賭けたなにかをやりたい。中途半端は嫌なのじゃ」
「きみが入っても、野球部はまだ6人で、試合もできないんだぞ?」
「メンバーを集めるところから始める。物語みたいなのじゃ!」
喜多会長は激昂した。
「野球部ぅ! 生徒会の敵なのか? ボクからネネくんを奪うとは!」
「ネネさん、初心者歓迎です。基礎から教えます。ぜひ野球部に入ってください!」
「やめろおぉ。ネネくんは大切な生徒会のマスコットなんだ!」
「会長、いままでお世話になりましたなのじゃ。私は残り2年間の高校生活を野球に賭けてみるのじゃ」
「早まるなぁ! 甲子園出場は容易ではないぞ!」
「夢でもないのじゃ。私は空尾さんと時根くんの中学時代の戦績を調べた。ふたりは野球の天才なのじゃ」
う、と会長はうめいた。
「ボクも期待はしている……」
「決まりです。みんなで甲子園へ行きましょう。ネネさん、顧問の高浜先生のところへご案内します」
「よろしくなのじゃ」
「うわあぁぁぁ。野球部なんかにネネくんを取られたぁ」
生徒会室に喜多会長の嘆きが響いた。
僕たちはまた職員室へ行き、ネネさんは入部届にサインした。
ひとりの女子生徒に呼び止められた。
「あのあの、野球部をつくろうとしている時根くんと空尾さんだよね?」
背が僕より高く、髪は短く、胸に女子特有の膨らみがまったくなくて、制服を着ていなければ性別がわかりにくい子だった。
中性的な美しさがある。美少年的な少女、と言ってもいいかもしれない。
「そうだけど」と僕は答えた。
正確には創部ではなく、再建だが、まあいちいち訂正しなくてもいいだろう。
「あのあの、わたし、1年C組の能々野々花って言います」
のののの?
彼女は生徒手帳を見せてくれた。ああ、そういう漢字なのか。
「あのあの、実はわたし、中学のときソフトボールをやってて、つづけたかったんだけど、この学校にソフトボール部がなくて」
まくしたてるように彼女は言う。非常に早口だ。
「それでしかたないから、野球でもいっかと思って。野球部?野球同好会?に入りたいんだけど」
しかたないからというのは引っかかる言い方だが、こちらにはなんとしてでも部員を増やしたいという事情がある。
「歓迎するよ」と僕は即答した。
「やったぁ!」ときみも言った。
善は急げ。能々さんを職員室に連れていって、高浜先生に引き合わた。もちろん入部届に記入するよう頼んだ。
「あのあの、わたしの実力とか見なくていいんですか? いきなり入部決定しちゃっていいんですか?」
「僕らの野球部にはまったくの初心者もいるんだよ。ソフトボールの経験があるなら大歓迎だ。そうですよね、先生?」
「そうだな。ぜひ入ってくれ」
「あのあの、じゃあ入ります」
能々さんは入部届を高浜先生に提出した。新入部員確保。
「これで部員が5人になった。部に昇格できるよね?」ときみは言う。
「うん。生徒会室に報告に行こうか」
きみと僕は能々さんも連れて、2階にある生徒会室へ向かった。
「あのあの、部員は私を含めても5人しかいないの?」
「うん。そうなんだ」
「あのあの、それじゃあ試合もできないじゃない。わたし、球技の試合がしたいの。やっぱりバスケットボールとかにしようかな」
「必ず9人集めるから。安心していいよ」と僕は根拠なく請け負う。逃がしてたまるか。
生徒会室のドアをノックする。「どうぞ」という声が聞こえた。
中に入ると、以前と同じ4人がいた。喜多生徒会長が一番奥に座っている。
「ようこそ生徒会室へ! 空尾野球同好会長、時根会員、新顔さんもいるな」
「新入部員の能々野々花さんです」と僕は紹介する。
「喜多会長、もう野球同好会とは言わないでください。5人揃ったの。部への昇格、認めてもらえますよね?」ときみは言う。
「その子が5人目か」
会長は能々さんに目をやった。
喜多さんは背が高い女子だが、能々さんはさらに高い。180センチ以上ありそうだ。
「その背の高さ、野球部にはもったいない子だな。バスケットボールかバレーボールの方がいいんじゃないか?」
「あのあの、やっぱりそう思います?」
「もう入部届を出してもらっています! 余計なことは言わないでください!」
すまんすまん、と会長は言った。
「おめでとう。5人揃ったなら、昇格を認める。いまからきみたちは野球部員だ。お祝いに紅茶を振る舞いたい。座ってくれ」
僕たちはパイプ椅子に座った。
能々さんとは対照的に、非常に背が低い生徒会書記の毬藻ネネさんが、ていねいに紅茶を淹れてくれた。
「ダージリンなのじゃ」
「いただきます」
「あのあの、とっても良い香りですね」
「本当に」
かぐわしい紅茶の匂いを嗅ぎ、僕は部になった歓びを噛みしめた。
「次は9人をめざします。きっと甲子園に出ますから!」ときみは強気に発言する。
きみがいればできるかもしれない、と僕も思っている。
「甲子園。魅惑的な響きなのじゃ」とネネさんは言った。
「行ってみたいのじゃ」
「野球部が甲子園に出場したら、応援に行こう」と会長は言った。
「そうではないのじゃ。私は選手として甲子園の土を踏んでみたいのじゃ」
ネネさんはじっと喜多会長を見つめた。
「ネネくん、なにを言い出す?」
「私は物語みたいな青春を送ってみたいのじゃ。生徒会にそれがあるかもしれないと思ってた。でも、それなりに面白かったけれど、物語みたいではなかった。甲子園をめざす青春。やってみたいのじゃ」
「物語? きみはそんなことを考えていたのか」
「そうなのじゃ」
ネネさんは両手を胸の前に上げて、握りこぶしをつくった。ちっちゃな手だ。
「きみは野球をやったことがあるのか?」
「ないのじゃ。でも運動は好きだし、なにより野球部にはまだ5人しかいなくて、レギュラーになれる可能性は高いのじゃ。やってみる価値はある」
「やれますよ、ネネさん!」と僕は煽った。
「6人目!」ときみは叫んだ。
「ネネくん、生徒会はどうなる?」
「辞めさせてもらうのじゃ。私は青春を賭けたなにかをやりたい。中途半端は嫌なのじゃ」
「きみが入っても、野球部はまだ6人で、試合もできないんだぞ?」
「メンバーを集めるところから始める。物語みたいなのじゃ!」
喜多会長は激昂した。
「野球部ぅ! 生徒会の敵なのか? ボクからネネくんを奪うとは!」
「ネネさん、初心者歓迎です。基礎から教えます。ぜひ野球部に入ってください!」
「やめろおぉ。ネネくんは大切な生徒会のマスコットなんだ!」
「会長、いままでお世話になりましたなのじゃ。私は残り2年間の高校生活を野球に賭けてみるのじゃ」
「早まるなぁ! 甲子園出場は容易ではないぞ!」
「夢でもないのじゃ。私は空尾さんと時根くんの中学時代の戦績を調べた。ふたりは野球の天才なのじゃ」
う、と会長はうめいた。
「ボクも期待はしている……」
「決まりです。みんなで甲子園へ行きましょう。ネネさん、顧問の高浜先生のところへご案内します」
「よろしくなのじゃ」
「うわあぁぁぁ。野球部なんかにネネくんを取られたぁ」
生徒会室に喜多会長の嘆きが響いた。
僕たちはまた職員室へ行き、ネネさんは入部届にサインした。
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