10 / 48
部室会議
しおりを挟む
草壁先輩には野球部を壊した自覚がないらしい。
信じがたいことだが、四股が悪いことだとは思っていなかったようだ。
そして、自分はまだ野球部員だと考えている。
「高浜先生に会ってくる」と僕は言った。
「ワタシも行くよ」
「あたしもだ!」
「う、う、ウチも連れていってください。な、仲間はずれにしないで~」
僕たちはこぞって職員室へ向かった。
ドアの前で「ちょっと待ってて。話し合いは部室で行った方がいいと思うんだ」と僕は言い、ひとりで職員室の中に入った。
高浜先生の机のそばに行き、話しかける。
「先生、相談があるのですが」
「時根か。どうした?」
僕は職員室のドアに視線を向ける。そこにはきみと志賀さんと草壁先輩が、折り重なって立っている。
先生の顔が歪んだ。用件を察したようだ。
「ここで話すのはやめた方がよさそうだな」
「はい。部室ではいかがでしょう?」
「先に行ってろ。やりかけの仕事をかたづけてから行く」
「ありがとうこざいます」
僕は頭を下げた。顧問をやっかいごとに巻き込むことになる。
ドアに戻り、「行こう」とみんなに声をかけて、部室へ向かう。
草壁先輩の表情は暗い。ようやく自分の罪深さに気づいたのだろうか。それともわけがわからないとでも思っているのだろうか。
部室のベンチに座って、高浜先生の到着を待つ。
「なあ、つきあってくれというのは、なにか重要な申し込みなのか?」と先輩が僕の方を向いて言う。
「男女交際をしてくださいというきわめて重大な申し込みです」
「彼氏というのは、恋人と同義なんだよな。それって同時にひとりじゃなきゃだめなのか?」
「ふたり以上いたら、道義にもとります。人としてだめです。簡単に言うと、浮気です」
「浮気っていけないことだったのか」
僕は草壁先輩の正気を疑った。
きみは深刻そうに腕を組み、志賀さんは「あわわ……」と声を洩らした。
10分ほど待っていたら、高浜先生は来てくれた。
僕は草壁静さんの事情をかいつまんで説明した。
「おまえ、まだ野球部員のつもりだったのか?」
先生は先輩を見つめて唖然とし、ワイシャツのポケットから煙草を取り出そうとした。
「先生、校内は禁煙ですよ」
「吸わなきゃこんな相談に乗ってられるかよ」
ジッポーで煙草に火をつけ、ゆっくりと吸い込み、ため息のように紫煙を吐き出す高浜先生。
「草壁の件をどうすべきか、おまえらで話し合って結論を出せ。俺はその議論を聞きながら考える」
「僕たちが結論を出すんですか?」
「とりあえずはな。俺はその判断を尊重したいが、受け入れるかどうかは、なんとも言えん」
僕たちは顔を見合わせた。
「じゃあ、話し合ってみよう」と僕は言った。
草壁先輩が先手を打った。
「ごめん! なにが悪かったのかいまだによくわからないが、とにかく悪かった。もう四股はしないから、野球部で活動させてくれ!」
「ふ、ふ、二股でもだめなんですよ……」と志賀さんが言う。
「二股もしない! つきあってと言われたら、断ればいいのか? これからはそうするから!」
「先輩、なにが悪かったのかわかっていないなら、また同じ問題を繰り返してしまう可能性があるんです」
「悪いのは、不純異性交遊とかだろ? しないよ!」
「意味わかって言ってます?」
「えっと、高校生として正しくない異性とのおつきあい?」
「不純異性交遊は、不健全性的行為とも言われます。二股、四股とはなんとなく関係はあるけれど、また別の行為です」
「あたしは誓う! 高校在学中はけっして男女交際はしない。これでもだめか?」
「先輩の倫理観が不安です。反省してないのに、誓いを立ててませんか?」
「わからないんだ。あたしにはなにが悪かったのか、根本のところでよくわからないんだよ。あたしの行動がなにかまちがっていたら教えてくれ。これからはおまえら部員の言うとおりに行動を正していく」
「草壁先輩……」
この人はだめだ、と僕は思った。
人間として大切ななにかを持っていない。新生野球部をきちんと立ち上げるためには、排除した方がいい。
僕は先輩を切り捨てようとした。しかし、
「かわいそうだよ」ときみはつぶやいた。
「本当の意味での反省はしていないのかもしれない。四股が悪いことだと、いまはまだ理解していないのかもしれない。それなら、ワタシたちが教えてあげようよ。更生の機会もないなら、この世界は真っ暗闇だよ。ワタシは草壁先輩と野球をしてもいい!」
「きみ……」
「凜奈さん……」
きみに反論をしなければならない。僕は必死に考えながら叫んだ。
「きみはなにを言っているかわかっているのか? 草壁先輩がいなければ、2、3年生の先輩方が戻ってきてくれるかもしれない。将来妙な問題が起こる危険性もあらかじめ排除できる。はっきりと言おう。いない方がいいんだよ、草壁先輩は!」
きみはまったく動じず、その目は澄んでいた。
「時根ならわかってくれると信じてる。人がやり直そうとする決意を摘み取るのは、真っ当なことじゃない。いつだって挽回できるんだ、人生は!」
「わ、わ、わかります。よ、四股は悪いことですが、ひ、人を殺したわけじゃない。か、身体を傷つけたわけでもありません」
「人の心を傷つけたんだよ、先輩は! 野球部の秩序を乱したんだ!」
「あやまちは誰にでもあるよ」
きみがやさしすぎて、僕は言葉を失った。
高浜先生が僕を見る。おまえが結論を出せ、と言われているような気がした。
僕は観念した。きみには逆らえない。
「空尾が野球をしているから、僕もやっているんです。こいつの意見は、僕の意見です。僕は草壁先輩を受け入れます。一緒に野球をしてもいい」
「う、ウチも凜奈さんと同意見です」
「こ、後輩ぃ。あたしと野球をやってくれるのか?」
先輩は顔をくしゃくしゃにして泣いた。
なにがこの人の琴線に触れたのかわからない。野球か? 野球ができるのがそんなに嬉しいのか? それともきみの言葉が心に響いたのか?
「おまえら、本当にそれでいいのか?」
煙草の灰が、ぽとりと部室の床に落ちた。
「おまえらがいいなら、俺はもうなにも言わん。確かに、草壁から退部届は受け取っていないからな」
高浜先生が立ち上がり、部室から出ていく。
僕は正しい判断をしたのか、まったく自信が持てなかった。
信じがたいことだが、四股が悪いことだとは思っていなかったようだ。
そして、自分はまだ野球部員だと考えている。
「高浜先生に会ってくる」と僕は言った。
「ワタシも行くよ」
「あたしもだ!」
「う、う、ウチも連れていってください。な、仲間はずれにしないで~」
僕たちはこぞって職員室へ向かった。
ドアの前で「ちょっと待ってて。話し合いは部室で行った方がいいと思うんだ」と僕は言い、ひとりで職員室の中に入った。
高浜先生の机のそばに行き、話しかける。
「先生、相談があるのですが」
「時根か。どうした?」
僕は職員室のドアに視線を向ける。そこにはきみと志賀さんと草壁先輩が、折り重なって立っている。
先生の顔が歪んだ。用件を察したようだ。
「ここで話すのはやめた方がよさそうだな」
「はい。部室ではいかがでしょう?」
「先に行ってろ。やりかけの仕事をかたづけてから行く」
「ありがとうこざいます」
僕は頭を下げた。顧問をやっかいごとに巻き込むことになる。
ドアに戻り、「行こう」とみんなに声をかけて、部室へ向かう。
草壁先輩の表情は暗い。ようやく自分の罪深さに気づいたのだろうか。それともわけがわからないとでも思っているのだろうか。
部室のベンチに座って、高浜先生の到着を待つ。
「なあ、つきあってくれというのは、なにか重要な申し込みなのか?」と先輩が僕の方を向いて言う。
「男女交際をしてくださいというきわめて重大な申し込みです」
「彼氏というのは、恋人と同義なんだよな。それって同時にひとりじゃなきゃだめなのか?」
「ふたり以上いたら、道義にもとります。人としてだめです。簡単に言うと、浮気です」
「浮気っていけないことだったのか」
僕は草壁先輩の正気を疑った。
きみは深刻そうに腕を組み、志賀さんは「あわわ……」と声を洩らした。
10分ほど待っていたら、高浜先生は来てくれた。
僕は草壁静さんの事情をかいつまんで説明した。
「おまえ、まだ野球部員のつもりだったのか?」
先生は先輩を見つめて唖然とし、ワイシャツのポケットから煙草を取り出そうとした。
「先生、校内は禁煙ですよ」
「吸わなきゃこんな相談に乗ってられるかよ」
ジッポーで煙草に火をつけ、ゆっくりと吸い込み、ため息のように紫煙を吐き出す高浜先生。
「草壁の件をどうすべきか、おまえらで話し合って結論を出せ。俺はその議論を聞きながら考える」
「僕たちが結論を出すんですか?」
「とりあえずはな。俺はその判断を尊重したいが、受け入れるかどうかは、なんとも言えん」
僕たちは顔を見合わせた。
「じゃあ、話し合ってみよう」と僕は言った。
草壁先輩が先手を打った。
「ごめん! なにが悪かったのかいまだによくわからないが、とにかく悪かった。もう四股はしないから、野球部で活動させてくれ!」
「ふ、ふ、二股でもだめなんですよ……」と志賀さんが言う。
「二股もしない! つきあってと言われたら、断ればいいのか? これからはそうするから!」
「先輩、なにが悪かったのかわかっていないなら、また同じ問題を繰り返してしまう可能性があるんです」
「悪いのは、不純異性交遊とかだろ? しないよ!」
「意味わかって言ってます?」
「えっと、高校生として正しくない異性とのおつきあい?」
「不純異性交遊は、不健全性的行為とも言われます。二股、四股とはなんとなく関係はあるけれど、また別の行為です」
「あたしは誓う! 高校在学中はけっして男女交際はしない。これでもだめか?」
「先輩の倫理観が不安です。反省してないのに、誓いを立ててませんか?」
「わからないんだ。あたしにはなにが悪かったのか、根本のところでよくわからないんだよ。あたしの行動がなにかまちがっていたら教えてくれ。これからはおまえら部員の言うとおりに行動を正していく」
「草壁先輩……」
この人はだめだ、と僕は思った。
人間として大切ななにかを持っていない。新生野球部をきちんと立ち上げるためには、排除した方がいい。
僕は先輩を切り捨てようとした。しかし、
「かわいそうだよ」ときみはつぶやいた。
「本当の意味での反省はしていないのかもしれない。四股が悪いことだと、いまはまだ理解していないのかもしれない。それなら、ワタシたちが教えてあげようよ。更生の機会もないなら、この世界は真っ暗闇だよ。ワタシは草壁先輩と野球をしてもいい!」
「きみ……」
「凜奈さん……」
きみに反論をしなければならない。僕は必死に考えながら叫んだ。
「きみはなにを言っているかわかっているのか? 草壁先輩がいなければ、2、3年生の先輩方が戻ってきてくれるかもしれない。将来妙な問題が起こる危険性もあらかじめ排除できる。はっきりと言おう。いない方がいいんだよ、草壁先輩は!」
きみはまったく動じず、その目は澄んでいた。
「時根ならわかってくれると信じてる。人がやり直そうとする決意を摘み取るのは、真っ当なことじゃない。いつだって挽回できるんだ、人生は!」
「わ、わ、わかります。よ、四股は悪いことですが、ひ、人を殺したわけじゃない。か、身体を傷つけたわけでもありません」
「人の心を傷つけたんだよ、先輩は! 野球部の秩序を乱したんだ!」
「あやまちは誰にでもあるよ」
きみがやさしすぎて、僕は言葉を失った。
高浜先生が僕を見る。おまえが結論を出せ、と言われているような気がした。
僕は観念した。きみには逆らえない。
「空尾が野球をしているから、僕もやっているんです。こいつの意見は、僕の意見です。僕は草壁先輩を受け入れます。一緒に野球をしてもいい」
「う、ウチも凜奈さんと同意見です」
「こ、後輩ぃ。あたしと野球をやってくれるのか?」
先輩は顔をくしゃくしゃにして泣いた。
なにがこの人の琴線に触れたのかわからない。野球か? 野球ができるのがそんなに嬉しいのか? それともきみの言葉が心に響いたのか?
「おまえら、本当にそれでいいのか?」
煙草の灰が、ぽとりと部室の床に落ちた。
「おまえらがいいなら、俺はもうなにも言わん。確かに、草壁から退部届は受け取っていないからな」
高浜先生が立ち上がり、部室から出ていく。
僕は正しい判断をしたのか、まったく自信が持てなかった。
5
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヒーローの定義〜女子高生が最高のヒーローになる物語〜
風鈴ナツ
SF
幼少期に東京大震災によって両親を失った16歳の女子高生、日代唯愛(ニチダイ・ユイア)はある日の学校の帰り道、バイト先へ向かう途中にアタッシュケースを持った小さな猫のマスコットの妖精?とぶつかってしまう。
そのアタッシュケースの中に入っていた変身ヒーローが腰に巻くようなベルトと1つのカセットを見た特撮ヒーローが好きなユイアはそのまま妖精?とアタッシュケースを持ってバイト先へ行くことにする。
この時のユイアはまだ知らない。このベルトはただのおもちゃではなく記憶の怪物「メモリス」達から人々を守る鍵となるものであり、この妖精?との偶然では片付けられないような出会いが彼女の運命を切り開き、未来を変えることを......
これは女子高生が最高のヒーローになる物語である。
【毎週月曜日・午後8時に投稿予定、投稿が遅れたり休載の場合X(旧Twitter)にてお知らせします】

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。


ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる