上 下
3 / 7

全人類が注目しているカップル

しおりを挟む
 高校二年生になり、文芸部に三人の新入生が入ってきた。そのうち一人がホモルクスだった。久慈悟くんという名前で、痩せていて私と同じように食の細い子だった。光司みたいなホモルクスはやはり例外的なのだ。久慈くんはあまり活動的ではなく、静かに本を読みながら日光浴しているのが好きだった。私と同じだ。天気のいい日、私と凪ちゃんと久慈くんは、よく学校の屋上で読書をして過ごした。
 高二の秋、私と久慈くんはあるカップルに注目していた。私たちだけでなく、世界中のホモルクス、いや全人類が注目しているカップルだった。それは欧州の小国の夫婦で、二人とも二十代で、第一世代と呼ばれる最初期のホモルクスだった。その妻は妊娠していて、出産間近だった。胎児は遺伝子操作されていなかったが、葉緑体を持つ細胞は遺伝すると予想されていた。それが証明されるときが近づいていた。そしてイエローグリーンの皮膚を持つ赤ちゃんが生まれた。ホモルクスのペアの子どもはホモルクスになるのだ。
 久慈くんは私と凪ちゃんに語った。
「いずれはホモサピエンスはいなくなって、ホモルクスの時代が来ますよ」
「そうかもね」
 人工的な遺伝子操作をされることなく、自然に生まれたホモルクスの赤ちゃんの映像を見て、私は興奮していた。
「きっと今よりいい時代になります。平和的で穏やかな時代に」
「そうだといいね」
 私は久慈くんの言葉に相槌を打ったけれど、凪ちゃんは黙っていた。ホモサピエンスとして、どうコメントすればいいのかわからなかったのかもしれない。久慈くんも私も、暗にホモサピエンスの時代をよくなくて、非平和的で不穏だと言っているようなものだったから。
 実際、世界はあまり穏やかではなかった。西アジア戦争は終わったけれど、世界の原油価格と穀物価格は高止まりしていた。小さな紛争が各地で起こっていた。日本経済は疲弊し、政府は食料自給率を高める政策を実施していた。
 ホモルクスの赤ちゃんは増加していた。ホモルクスは食料をあまり必要とせず、非活動的で物欲の少ない個性の持ち主が多く、一般的には養育費が少なくて済む。中流・下流の家庭では、妊娠時に多少の金額がかかっても、ホモルクス化遺伝子操作を望む夫婦が多かった。上流階級でも進歩的な思想を持つ夫婦は子どもをホモルクスにした。
 黄緑の皮膚を嫌い、ホモサピエンスの子どもを生む保守的な人々も少なくはなかった。世界的には、ホモサピエンスとホモルクスの新生児は五分五分というところで、拮抗していた。
 高二の冬、凪ちゃんが「人類の黄昏」という未来小説を書いた。人類の遠い未来を描いた作品で、ホモサピエンスは滅び、ホモルクスだけが生き残っていた。そのホモルクスも衰退しつつあった。ホモルクスは逆産業革命を起こし、重工業から撤退していた。光合成をして、ほんの少しの食物を摂り、文明を中世程度まで退化させて暮らしていた。世界中で野生動物が増えていたが、ホモルクスは殺生を好まなかった。虎や熊や鹿や猪が跋扈し、世界は少しずつ人類のものではなくなっていくという話だった。主人公は光合成をするばかりで、世の中の成り行きを受け入れ、いずれホモルクスだって滅びてもいいと考えていた。静謐で、物悲しい小説だった。
 私も久慈くんもそれを読んだ。
「本当にこんな未来が来るのかな」
「あり得ると思いますよ。人類なんて地球にとっては、廃棄物を生産するだけの癌みたいなものですし、こんな未来もいいんじゃないですか」
「久慈くんはニヒリストだね」
 私は凪ちゃんに許可をもらって、光司にも「人類の黄昏」を読ませた。
「ちょっと悲観的すぎるんじゃないか」
「動物が増え過ぎたら、光司はどうするの」
「ふつうに殺せばいいと思うけど」
「私には殺せない。怖いし、かわいそうだから」
「おれは殺せるよ。熊が人間を襲ってきたら、戦うしかないだろ」
 光司は楽観的だったので、私は安心した。
 世界は少しずつホモルクスのものになっていくのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

ファイナルアンサー、Mrガリレオ?

ちみあくた
SF
 1582年4月、ピサ大学の学生としてミサに参加している若きガリレオ・ガリレイは、挑戦的に議論をふっかけてくるサグレドという奇妙な学生と出会った。  魔法に似た不思議な力で、いきなりピサの聖堂から連れ出されるガリレオ。  16世紀の科学レベルをはるかに超えるサグレドの知識に圧倒されつつ、時代も場所も特定できない奇妙な空間を旅する羽目に追い込まれるのだが……  最後まで傍観してはいられなかった。  サグレドの望みは、極めて深刻なある「質問」を、後に科学の父と呼ばれるガリレオへ投げかける事にあったのだ。

遥かな星のアドルフ

和紗かをる
SF
地球とは違う、人類が決して一番ではない遥か異星の物語。地球との接触を断たれて千年以上の時が流れ、異星は地球の事を忘れつつも、どこかで地球と同じような歴史を辿っていた。 そんな星のドイツと言う国のミュンヘンで暮らす少女アドルフは、国のミスで孤児の少年少女と共に戦場に出ることになってしまった。裏切り、略奪、クーデター、様々な思惑が犇めく中、彼女は彼女らしく生きていく

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

Wanderer’s Steel Heart

蒼波
SF
もう何千年、何万年前の話だ。 数多くの大国、世界中の力ある強者達が「世界の意思」と呼ばれるものを巡って血を血で洗う、大地を空の薬莢で埋め尽くす程の大戦争が繰り広げられた。命は一発の銃弾より軽く、当時、最新鋭の技術であった人型兵器「強き心臓(ストレングス・ハート)」が主軸を握ったこの惨禍の果てに人類は大きくその数を減らしていった…

【R18】喪失の貴族令嬢 ~手にした愛は破滅への道標~

釈 余白(しやく)
SF
 権力こそ全て、贅(ぜい)屠(ほふ)るこそ全て、そんな横暴がまかり通るどこかの独裁王国があった。その貴族社会で世間を知らぬまま大切に育てられた令嬢、クラウディア・アリア・ダルチエンは、親の野心のため言われるがままなすがまま生きて来て、ようやく第一王子のタクローシュ・グルタ・ザン・ダマエライトの婚約者へと収まることが出来た。  しかし何かの策略か誰かの計略かによってその地位を剥奪、元第一王子であるアルベルトが事実上幽閉されている闇の森へと追放されてしまう。ほどなくして両親は謀反を企てたとして処刑され家は取り潰し、自身の地位も奴隷へとなり果てる。  なんの苦労もなかった貴族から、優雅な王族となるはずだったクラウディアは、闇の森で生き地獄を味わい精神を崩壊したままただ生きているだけと言う日々を送る。しかしアルベルトの子を授かったことが転機となり彼女の生活は少しずつ変わって行くのだった。  この物語は、愛憎、色欲、怨恨、金満等々、魔物のような様々な感情うごめく王国で起こった出来事を綴ったものです。 ※過激な凌辱、残虐シーンが含まれます  苦手な方は閲覧をお控えくださいますようお願いいたします

エロ・ファンタジー

フルーツパフェ
大衆娯楽
 物事は上手くいかない。  それは異世界でも同じこと。  夢と好奇心に溢れる異世界の少女達は、恥辱に塗れた現実を味わうことになる。

処理中です...