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ジルベール1

証拠

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 私は3つの可能性について考えている。
 1.クルト兄さんは単に溺死した。
 2.スカーレットが兄を殺した。
 3.ベリッサが兄を殺した。
 どれかが正しく、他のふたつはまちがっている。
 証拠がなく、特定できない。
 3つ目は悪夢のようだ。
 他の可能性にも思い至った。
 4.ベリッサとスカーレットの共犯。
 ベリッサが指示し、スカーレットに殺させた。
 あるいはベリッサが殺し、スカーレットは協力した。
 私は首を振って考えを追い払った。
 どうして妹が兄を殺さなくてはならないんだ?

 他にも気になることがあった。
 クルト兄さんの親衛隊の規律は緩み切っていたようだ。
 軍全体はどうなのだろう。
 ヴァレンティン王国軍の士気は高いのか。
 20年前のようにオースティン軍が攻めてきたら、戦えるのだろうか。
 私は王太子となった。
 国防に関して、責任ある立場になったということだ。
 後で兵営へ行ってみよう。

 部屋から出て、広間へ行くと、クロエとベリッサがおしゃべりしていた。
「お兄様にたくさんの貴族のご令嬢が会いにきているみたいですね。嫌だわあ」
「ジルベールは魅力的ですし、王太子になられたのだから、仕方がありません……」
「クロエ様はお兄様とお似合いだと思いますわ。わたくし、応援していますから」
「ベリッサ殿下にそう言ってもらえると、とてもうれしいです」
 私はベリッサを見つめた。
 妹も私に気づいて、人殺しをしたとはとうてい思えない無邪気な笑顔で話しかけてきた。
「お兄様、クロエ様は夏冬の聖女様なんですってね。季節の魔法で、夏の酷暑と冬の極寒を退けているって聞きました」
「ああ、そのとおりだ。クロエの魔法を何度か見た。彼女はまさに救世主だ」
「こんな素敵な恋人がいるのですから、悲しませてはいけませんよ」
「わかっている」
「ご令嬢方に浮気してはいけません」
「ベリッサ殿下、貴族の方々とお付き合いしていくのは、ジルベールの大切なお仕事なのですから」
「まあ、クロエ様、なんてやさしくて、お心が広いのかしら」
 この妹が兄さんを殺した?
 そんなことがあったとしたら、この世は地獄だ。
 考えるだけで気鬱になってしまう。
 兄さんは単に溺れて死んだ。
 殺人なんてなかった。
 それでいいじゃないか、と私は考え始めていた。

 王の間に呼び出された。
 父と母は執務室にいた。
 父は机の上の書類を面倒くさそうに睨み、ときどきサインしていた。
 私に話があるのは母のようだった。
 彼女は鷹揚にソファに座り、青い瞳を私に向けていた。
「縁談がいくつか申し込まれています」
 カミラ王妃はいつものように高く小さな声で言った。
「ベリッサに?」と私は言ってみた。
 その台詞には返事がもらえなかった。
 母は彫像のように無表情だ。めったに喜怒哀楽を見せない。兄さんが死んだとき、泣いたのだろうか。

「ヴァレンティン王家の繁栄のために、あなたは早く婚約しなければなりません。力のある家との婚姻が必要です」
 王妃は聞き取れるかどうかぎりぎりの小さな声で話す。
 母には権力があり、その言葉は無視できるものではない。 
 耳を澄ませ、会話に集中せざるを得なくなる。
「4人の候補者がいます。スペンサー教王の姪フランチェスカ嬢、クラーク公爵家のジュリア嬢、シエナ公爵家のサラ嬢、ロイド侯爵家のアリーダ嬢」
 王妃は自分で選んだであろう候補者を呈示した。アリーダ嬢って、正気かと思うが、政治的にはあり得る選択肢なのだろう。
「わたくしはジルベールの意思を尊重したいと思っています。どなたか好きな方を選びなさい」
 母はソファに座っている。私は立たされたままだ。
 どうして着席を促してくれないのだろう。
 力の差を見せつけているのではないかと勘ぐってしまう。

「断ってください。私には恋人がいます」
 そう言っても、母は無表情のままだった。
「王太子の結婚は政治的なもの。恋愛は関係ありません。あなたも大人なのだから、わかっているでしょう」
「私の恋人は力のある家の娘で、本人にも絶大な魔法の力があります」
「クロエ・ブライアン。オースティン王国ブライアン公爵家の令嬢。サイラス・オースティン王子の元婚約者。季節の魔法を操る夏冬の聖女。17歳……」
 母はクロエのことを把握していた。
「彼女のことをよくご存じですね」
「隣国の公爵令嬢と婚約したら、国内の貴族の不満が高まるでしょう」
「クロエはエリエル様の末裔です。教王猊下や大貴族の血縁者よりも、私の婚約者としてふさわしいと考えています」
「月光神エリエルを堕天使と呼び、その末裔だと詐称する狂人……」
 詐称や狂人との決めつけにかっとしたが、怒りをあらわにするわけにはいかない。
 冷静になれ。
 驚くべきは母の情報網だ。
 堕天使のことは、ゾーイでは口にしていないはず。
「クロエは狂人ではありません。世界を救う者です。彼女の魔法がなければ、夏は灼熱地獄と化し、冬は極寒氷河となるでしょう」
「クロエ嬢がエリエル様の末裔だという証拠を提出しなさい……」
「季節の魔法をご覧になれば、母上にも彼女がエリエル様の血筋であると納得していただけると思います」
「魔法使いは他にもいます。魔法では証拠になりません。確たるものを見せなさい。それができなければ、他の方との婚約を……」
 私の言葉は、母の心を少しも動かしていないようだった。
 予想は当たった。
 クロエと婚約することは、やはり簡単ではなかった。
 
 王太子の間に帰った。クロエとベリッサのおしゃべりはまだつづいていた。
「ジルベールはまるで白馬の王子様のように、わたしを暗殺者から救ってくれたのです」
「お兄様は王子なんだから、王子のように振る舞うのはあたりまえです。でも白馬には乗っていないですね。いけないわ、お兄様には白馬に乗ってもらわなくちゃ」
「そうですね。きっと格好いいです」
「わたくし、お兄様に白馬を贈るわ。待っていてください、クロエ様」
 さっきはベリッサを見て憂鬱になったが、今度はクロエとのことで気が重くなった。
 証拠がなければ、彼女との婚約はむずかしい。
 母とした会話を伝えなければならない。
「ベリッサ、話が弾んでいるところ悪いが、クロエに話がある」

 私はクロエを私室に招いた。
「母からきみがエリエル様の末裔だという証拠を提出しろと言われた」
「証拠?」
 私の美しい恋人はきょとんとした。
「なにかあるか?」
「そんなものはありません」
「だろうな。捏造するしかないか……」
 私は腕組みをした。
 クロエはひきつった笑みを浮かべた。
「ジルベールは真顔で顔で冗談を言うのですね……」
「本気だ」
 私はエリエル様の骨でも偽造しようかと真剣に考えていた。それをクロエが持っていたことにするのだ。
「神や天使の骨って、なんでできているんだろうな」
 クロエは私の顔を見て、あぜんとしていた。
「捏造なんてだめです!」
「うーん。つくったとしても、すぐに偽物だとバレるだろうな」
「あたりまえです。エリエル様のものを偽造するなんて、人間には不可能です」
「だが、母を納得させる証拠がなければ、きみとの婚約はできない……」
 クロエは私の肩をつかみ、目を大きく見開いた。そして、一大決心をしたかのような真剣な顔で言った。
「エリエル様を大氷河から解放し、わたしが子孫だと証言してもらいます。それで良いでしょう?」
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