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クロエ1
王妃カミラ
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「イーノの反対などどうでもいいが」
ジルベールが軽くかわし、イーノががくりと首を垂れたので、わたしは笑ってしまった。
「必ず婚約を認めてもらわなければならない人もいる。私の父と母だ」
第二王子の父母、つまりはヴァレンティンの王様と王妃様だ。
「国王陛下はどのようなお方なのですか」
「父は普通の男だよ。可もなく不可もなく、世襲の王として、平凡にこの国を治めている。お人好しだから、私がクロエと結婚したいと言ったら、たいして反対はしないと思う。問題は母だ」
王妃様……もしジルベールと結婚できたら、姑となる方。わたしは緊張した。
「母は月光教の教王の姉で、宗教的かつ政治的な女性だ。ヘンリー・ヴァレンティン国王を陰で操る真の権力者と見られている。下世話な言い方だが、実際に父は、母の尻に敷かれている」
ヴァレンティン王国は月光神を至高の神と崇めている。オースティン王国は太陽神を崇拝する正統太陽教の国だ。両国は宗教的にも対立している。
「母の名はカミラ。野心的な人で、隙あらば領土を拡張し、月光教の信徒を増やそうと考えている。私がここに滞在し、国境視察をしているのも、実は母の命令だ」
カミラ王妃の名前くらいは知っていた。
ヴァレンティン王国の実質的な支配者で、彼女を通さなければ大事なことはなにも決められないらしい、とオースティン王宮でも噂になっていた。本当だったのか……。
「私とクロエが結婚できるかどうかは、母の意向しだいと言っていいだろう」
ジルベールはそう言って、黙り込んだ。
怖い人なのだろうか。
カミラ王妃について、もっと詳しく知りたかったが、彼はそれ以上語ろうとはしなかった。
「まあ、母のことはまだ気にしなくてもいい。王都ゾーイへ帰ってからのことだ。それよりも、私に季節の魔法を見せてくれないか、クロエ」
「魔法ならお見せました。この部屋を冷やし、暑くもしました」
「あんな小手先のものではなく、気候を変える大きな魔法を見せてほしい。世界の気温を変えることができるのだろう?」
黒水晶と白水晶の魔力の解放を、あっさりと小手先の魔法と言うジルベールが小憎らしい。
彼を唖然とさせてやりたい。
「できますが、水晶が必要です」
季節の魔法には、透明な水晶が必要だ。そこに暑さ寒さを封じ込める。
オースティン王国にいたときは、宝石店から購入したり、人を雇って鉱山で採取してもらったりしていた。
「水晶はどこで手に入る?」
「手っ取り早い方法は、宝石店で買うことですね」
「きみが見立てたとおり、ライリーは軍事都市だ。宝石なんて売ってない」
「では、他の都市で買うか、鉱山で採掘してください。花崗岩のある山には、たいてい水晶があります。はっきりとした効果を出すためには、なるべく多い方が良いです」
「わかった。では、水晶を手に入れることにしよう。イーノ、手配を頼む。鉱山でたっぷりと採掘するんだ」
ジルベールはたやすく請け負った。王子の持つ財力は、わたしとは比較にならないほど大きいのだろう。
彼は尖ったあごに手を当て、少し考える素振りをしながら、わたしを見つめた。
「クロエに部屋を与えよう。この塔の4階がいい。イーノ、護衛も付けてやってくれ」
「はい」とイーノは答え、生真面目な顔で「ご案内します」とわたしに言った。
「この建物は公爵令嬢をもてなすようにはできていません。天蓋付きのベッドなんて優雅なものはありません。最大限の待遇として、士官用の個室に滞在してもらいますが、それでいいですね?」
イーノが階段を下りながら言った。丁重だが、どことなく敵意のある口調。まだわたしとジルベールの婚約を受け入れがたいと思っているのだろう。
「個室をいただけるだけで、十分すぎる待遇です。助かります」
「では、ここを使ってください」
イーノが4階の1室の扉を開けた。
木製の机と椅子がひとつずつとベッドがあるだけの狭い部屋だった。ガラス張りの窓があり、そこから景色が眺められるのが唯一の取り柄といった質実剛健な部屋。
わたしは追放された女だ。堅固な建物の中で雨風をしのげるだけでも幸運だと思おう。牢屋に入れられる可能性だってあったのだ。
「ありがとうございます」
「あなたにひとり、護衛兼世話役を付けます。オースティン語が話せる者を。なにかお困りのことでもあれば、その男に申し付けてください」
イーノは一礼して、去ろうとした。
わたしは去り際の彼に、ひとつだけ質問をした。
「わたしを殺そうとした男はどうなりますか?」
イーノはまばたきひとつしてから、シンプルに答えた。
「処刑することになるでしょうね」
熱くも冷たくもない事務的な口調だった。
彼が3階へ下りていくのを、わたしは扉の横に立って見送った。
暗殺者は死ぬ。だが、彼を送り込んだサイラス王子は、相も変わらず王都で好き勝手をやっていることだろう。
ジルベールが軽くかわし、イーノががくりと首を垂れたので、わたしは笑ってしまった。
「必ず婚約を認めてもらわなければならない人もいる。私の父と母だ」
第二王子の父母、つまりはヴァレンティンの王様と王妃様だ。
「国王陛下はどのようなお方なのですか」
「父は普通の男だよ。可もなく不可もなく、世襲の王として、平凡にこの国を治めている。お人好しだから、私がクロエと結婚したいと言ったら、たいして反対はしないと思う。問題は母だ」
王妃様……もしジルベールと結婚できたら、姑となる方。わたしは緊張した。
「母は月光教の教王の姉で、宗教的かつ政治的な女性だ。ヘンリー・ヴァレンティン国王を陰で操る真の権力者と見られている。下世話な言い方だが、実際に父は、母の尻に敷かれている」
ヴァレンティン王国は月光神を至高の神と崇めている。オースティン王国は太陽神を崇拝する正統太陽教の国だ。両国は宗教的にも対立している。
「母の名はカミラ。野心的な人で、隙あらば領土を拡張し、月光教の信徒を増やそうと考えている。私がここに滞在し、国境視察をしているのも、実は母の命令だ」
カミラ王妃の名前くらいは知っていた。
ヴァレンティン王国の実質的な支配者で、彼女を通さなければ大事なことはなにも決められないらしい、とオースティン王宮でも噂になっていた。本当だったのか……。
「私とクロエが結婚できるかどうかは、母の意向しだいと言っていいだろう」
ジルベールはそう言って、黙り込んだ。
怖い人なのだろうか。
カミラ王妃について、もっと詳しく知りたかったが、彼はそれ以上語ろうとはしなかった。
「まあ、母のことはまだ気にしなくてもいい。王都ゾーイへ帰ってからのことだ。それよりも、私に季節の魔法を見せてくれないか、クロエ」
「魔法ならお見せました。この部屋を冷やし、暑くもしました」
「あんな小手先のものではなく、気候を変える大きな魔法を見せてほしい。世界の気温を変えることができるのだろう?」
黒水晶と白水晶の魔力の解放を、あっさりと小手先の魔法と言うジルベールが小憎らしい。
彼を唖然とさせてやりたい。
「できますが、水晶が必要です」
季節の魔法には、透明な水晶が必要だ。そこに暑さ寒さを封じ込める。
オースティン王国にいたときは、宝石店から購入したり、人を雇って鉱山で採取してもらったりしていた。
「水晶はどこで手に入る?」
「手っ取り早い方法は、宝石店で買うことですね」
「きみが見立てたとおり、ライリーは軍事都市だ。宝石なんて売ってない」
「では、他の都市で買うか、鉱山で採掘してください。花崗岩のある山には、たいてい水晶があります。はっきりとした効果を出すためには、なるべく多い方が良いです」
「わかった。では、水晶を手に入れることにしよう。イーノ、手配を頼む。鉱山でたっぷりと採掘するんだ」
ジルベールはたやすく請け負った。王子の持つ財力は、わたしとは比較にならないほど大きいのだろう。
彼は尖ったあごに手を当て、少し考える素振りをしながら、わたしを見つめた。
「クロエに部屋を与えよう。この塔の4階がいい。イーノ、護衛も付けてやってくれ」
「はい」とイーノは答え、生真面目な顔で「ご案内します」とわたしに言った。
「この建物は公爵令嬢をもてなすようにはできていません。天蓋付きのベッドなんて優雅なものはありません。最大限の待遇として、士官用の個室に滞在してもらいますが、それでいいですね?」
イーノが階段を下りながら言った。丁重だが、どことなく敵意のある口調。まだわたしとジルベールの婚約を受け入れがたいと思っているのだろう。
「個室をいただけるだけで、十分すぎる待遇です。助かります」
「では、ここを使ってください」
イーノが4階の1室の扉を開けた。
木製の机と椅子がひとつずつとベッドがあるだけの狭い部屋だった。ガラス張りの窓があり、そこから景色が眺められるのが唯一の取り柄といった質実剛健な部屋。
わたしは追放された女だ。堅固な建物の中で雨風をしのげるだけでも幸運だと思おう。牢屋に入れられる可能性だってあったのだ。
「ありがとうございます」
「あなたにひとり、護衛兼世話役を付けます。オースティン語が話せる者を。なにかお困りのことでもあれば、その男に申し付けてください」
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わたしは去り際の彼に、ひとつだけ質問をした。
「わたしを殺そうとした男はどうなりますか?」
イーノはまばたきひとつしてから、シンプルに答えた。
「処刑することになるでしょうね」
熱くも冷たくもない事務的な口調だった。
彼が3階へ下りていくのを、わたしは扉の横に立って見送った。
暗殺者は死ぬ。だが、彼を送り込んだサイラス王子は、相も変わらず王都で好き勝手をやっていることだろう。
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