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第4部最終回 蜀王
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私は新たな本拠地を長安にした。
益州の統治を法正に任せ、龐統を成都から長安に呼び寄せて、司州、雍州、涼州の新たな行政の整備を任せた。
父は荊州から出てこなかった。
建安二十一年の秋、諸葛亮が長安へやってきた。
「お久しぶりでございます、劉禅様」
「懐かしいな、諸葛亮。本当に久しぶりだ」
建安十八年の冬に成都で会って以来の再会である。
私たちはしばらく雑談をした。
父と関羽、張飛の近況などを聞いた。
関羽と張飛は騎兵の調練をたゆまずにつづけているが、父は簡雍や麋竺などの昔仲間と酒ばかり飲んでいるとのことだった。
ひとしきり話してから、諸葛亮は、龐統と魏延を呼んでください、と私に頼んだ。
四人が揃うと、諸葛亮は一枚の書状を開いた。
「新たな蜀の人事案です。玄徳様が自ら起草されたものです」
蜀王 劉禅
丞相 龐統
軍師 魏延
司州刺史 王平
雍州刺史 趙雲
涼州刺史 馬超
荊州刺史 諸葛亮
益州刺史 法正
「蜀王……」と私はうめいた。
「父上は正気なのか。蜀王など受けられぬ」
「お受けくださいませ、劉禅様」
「一歩譲って、蜀王を立てるとしよう。だが、なぜ私なのだ? 初代蜀王は、劉備玄徳であろう」
諸葛亮は羽毛扇を振った。
「玄徳様は、引退するとおっしゃっておられます」
「引退だと……? 父はまだまだやれるではないか」
「そう言われましても……。私は玄徳様のお言葉をそのままお伝えしているだけです」
私は書状を見つめた。
「関羽と張飛の名前がないが……」
「おふたりはまだ働くつもりではあるようです。関羽殿と張飛殿の処遇は、劉禅様に任せるとの玄徳様の仰せです」
私はめまいがした。あの偉大なふたりを誰の下に置くことができようか。
私の直属の大将軍にでもするしかないのではないか。
「とにかく私は蜀王になどなれない。せめて蜀の総帥にしてほしい」
「荊州へ帰った後、そのご意志を玄徳様に復命いたします。しかし、私はまた長安に即位のお願いに来なくてはならないかもしれません」
「来なくてよい。固辞する」
「私は玄徳様の仰せのままに行動します」
諸葛亮はきっぱりとそう言った。
「あなたは荊州刺史になるのであろう。軽々しく動くべきではない」
「そう思われるのであれば、蜀王になってくださいませ」
「断る」
「また来ることになると思います」
孔明は微笑んでいた。
「諸葛亮殿、丞相にはあなたがなるべきではないですか」と龐統が言った。
「玄徳様は私を話相手のひとりとでも思っておられるようです。荊州を離れられません」
「蜀王と丞相の在所は?」
「ここ長安でよいのではないですか。司州、荊州、益州、涼州との連絡は取りやすく、魏と呉への睨みも効いています」
「蜀の首都は長安。それは決定でよいですね」
「関羽様は自分などにはとうてい真似のできない用兵術をお持ちです。あの方を差しおいて、軍師にはなれません」
今度は魏延が言った。
「魏延殿の戦略、戦術、戦法は大軍を使うのに向いていると思いますよ。関羽殿の真似をする必要はありません。ご自分の道を進んでください」
「しかし」
「玄徳様、関羽殿、張飛殿が揃っていたからこそ、あのような阿吽の呼吸の用兵ができた。関羽殿は大国の軍師には向いていないと思います。あの方は将軍でよいのです」
「わかりました」
諸葛亮は魏延の顔を涼しげに見つめていた。かつて彼は、魏延に反骨の相があると言った。そのことはもう忘れているかのようであった。
書状を私に押しつけて、諸葛亮は退室した。
その後、彼は一週間ほど長安に滞在し、龐統らとさまざまな案件について話し合ってから、荊州に帰った。
私は、蜀王になるとは言わず、諸葛亮も滞在中二度とその件については話さなかった。
私は張哀にだけ愚痴をこぼした。
「私は蜀王になどなりたくない。蜀の副総帥くらいでいいんだよ」
「玄徳様の嫡子にお生まれになったのが運の尽きですね、禅様。おとなしく即位なさいませ、うふふふふ」
張哀は笑った。
次に諸葛亮が長安に来たら、蜀王になるしかないと私はあきらめた。
第二の人生では、積極的に生きようと決めている。
先日、曹丕が魏王になった。
私も腹をくくるべきであろう。
晩秋に、私は姜維を供にして、涼州への旅をした。
李恢は司州の王平のもとで将軍になっており、いまは姜維が親衛隊長である。
馬超に連れられて、私はきれいな湖で釣りをした。
大きな魚がかかった。
魚はいつまでも抵抗した。いつになったら釣りあげられるのか、私にはわからなかった。
益州の統治を法正に任せ、龐統を成都から長安に呼び寄せて、司州、雍州、涼州の新たな行政の整備を任せた。
父は荊州から出てこなかった。
建安二十一年の秋、諸葛亮が長安へやってきた。
「お久しぶりでございます、劉禅様」
「懐かしいな、諸葛亮。本当に久しぶりだ」
建安十八年の冬に成都で会って以来の再会である。
私たちはしばらく雑談をした。
父と関羽、張飛の近況などを聞いた。
関羽と張飛は騎兵の調練をたゆまずにつづけているが、父は簡雍や麋竺などの昔仲間と酒ばかり飲んでいるとのことだった。
ひとしきり話してから、諸葛亮は、龐統と魏延を呼んでください、と私に頼んだ。
四人が揃うと、諸葛亮は一枚の書状を開いた。
「新たな蜀の人事案です。玄徳様が自ら起草されたものです」
蜀王 劉禅
丞相 龐統
軍師 魏延
司州刺史 王平
雍州刺史 趙雲
涼州刺史 馬超
荊州刺史 諸葛亮
益州刺史 法正
「蜀王……」と私はうめいた。
「父上は正気なのか。蜀王など受けられぬ」
「お受けくださいませ、劉禅様」
「一歩譲って、蜀王を立てるとしよう。だが、なぜ私なのだ? 初代蜀王は、劉備玄徳であろう」
諸葛亮は羽毛扇を振った。
「玄徳様は、引退するとおっしゃっておられます」
「引退だと……? 父はまだまだやれるではないか」
「そう言われましても……。私は玄徳様のお言葉をそのままお伝えしているだけです」
私は書状を見つめた。
「関羽と張飛の名前がないが……」
「おふたりはまだ働くつもりではあるようです。関羽殿と張飛殿の処遇は、劉禅様に任せるとの玄徳様の仰せです」
私はめまいがした。あの偉大なふたりを誰の下に置くことができようか。
私の直属の大将軍にでもするしかないのではないか。
「とにかく私は蜀王になどなれない。せめて蜀の総帥にしてほしい」
「荊州へ帰った後、そのご意志を玄徳様に復命いたします。しかし、私はまた長安に即位のお願いに来なくてはならないかもしれません」
「来なくてよい。固辞する」
「私は玄徳様の仰せのままに行動します」
諸葛亮はきっぱりとそう言った。
「あなたは荊州刺史になるのであろう。軽々しく動くべきではない」
「そう思われるのであれば、蜀王になってくださいませ」
「断る」
「また来ることになると思います」
孔明は微笑んでいた。
「諸葛亮殿、丞相にはあなたがなるべきではないですか」と龐統が言った。
「玄徳様は私を話相手のひとりとでも思っておられるようです。荊州を離れられません」
「蜀王と丞相の在所は?」
「ここ長安でよいのではないですか。司州、荊州、益州、涼州との連絡は取りやすく、魏と呉への睨みも効いています」
「蜀の首都は長安。それは決定でよいですね」
「関羽様は自分などにはとうてい真似のできない用兵術をお持ちです。あの方を差しおいて、軍師にはなれません」
今度は魏延が言った。
「魏延殿の戦略、戦術、戦法は大軍を使うのに向いていると思いますよ。関羽殿の真似をする必要はありません。ご自分の道を進んでください」
「しかし」
「玄徳様、関羽殿、張飛殿が揃っていたからこそ、あのような阿吽の呼吸の用兵ができた。関羽殿は大国の軍師には向いていないと思います。あの方は将軍でよいのです」
「わかりました」
諸葛亮は魏延の顔を涼しげに見つめていた。かつて彼は、魏延に反骨の相があると言った。そのことはもう忘れているかのようであった。
書状を私に押しつけて、諸葛亮は退室した。
その後、彼は一週間ほど長安に滞在し、龐統らとさまざまな案件について話し合ってから、荊州に帰った。
私は、蜀王になるとは言わず、諸葛亮も滞在中二度とその件については話さなかった。
私は張哀にだけ愚痴をこぼした。
「私は蜀王になどなりたくない。蜀の副総帥くらいでいいんだよ」
「玄徳様の嫡子にお生まれになったのが運の尽きですね、禅様。おとなしく即位なさいませ、うふふふふ」
張哀は笑った。
次に諸葛亮が長安に来たら、蜀王になるしかないと私はあきらめた。
第二の人生では、積極的に生きようと決めている。
先日、曹丕が魏王になった。
私も腹をくくるべきであろう。
晩秋に、私は姜維を供にして、涼州への旅をした。
李恢は司州の王平のもとで将軍になっており、いまは姜維が親衛隊長である。
馬超に連れられて、私はきれいな湖で釣りをした。
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