32 / 39
曹操からの手紙
しおりを挟む
各地に檄文を送った後、私は蜀副総帥益州刺史の職務と武術の鍛錬に集中した。
蜀副総帥としては、来たるべき曹操軍との戦いの準備をしなければならなかった。龐統や魏延と連日話し合い、ときには将軍たちとも会って、兵の調練の具合などを聞いたりした。
益州刺史としては、各郡の内治がうまくいっているか確認せねばならず、太守と手紙のやりとりをした。南部四郡の治安を心配していたが、いまのところ大きな問題はないようだった。費禕の貢献が大きい。彼は孟獲とうまく付き合っているようだ。
武術の師は李恢である。私は弱いが、いずれは自分の身は自分で守れるようになりたい。李恢の教えを受け、体力と剣術の向上に取り組んだ。
冬が近づき、寒さが増してきた。
刺史室の暖炉に初めて薪を入れ、燃やした日、李恢が一通の手紙を持ってきた。
それは、驚くべき手紙であった。
劉禅公嗣殿
あなたが書いた檄文を見た。
私が董卓と同じであると書いてある。
まちがっている。
私は帝に従い、陛下の手足となって、天下平定のために戦っているのである。
目的は平和であり、簒奪など考えてはおらぬ。
あなたと劉備、孫権が帝への抵抗をやめれば、天下に平和が訪れる。
劉禅殿、私と手を取り合って、劉備と孫権を倒そうではないか。
その事業が完遂すれば、私は引退し、漢の丞相の地位をあなたに譲ろう。
返信を待っている。
曹操孟徳
私はそれを読み終えたとき、あきれ果てた。
曹操は私に離間の計を仕掛けてきたのだ。
父と戦えと勧めている。
馬鹿馬鹿しい。
返信などするまい。
相手にすれば、曹操はつけ入る隙ありと考えるだろう。
隙など見せるつもりはないが、私と父の仲たがいを狙っているところが腹立たしい。
完全に無視することに決めた。
私は魏延を呼んだ。
「若君、なにかご用でしょうか」
「女忍隊、男忍隊を使い、各地の動向を調べてほしい。魏と呉、そして蜀内の動きも。檄文の効果を知りたい。曹操の動きも気になる。彼は蜀の内部にさらなる離間の計を仕掛けてきているかもしれぬ」
「曹操ならやっていてもおかしくはありませんね」
「頼むぞ」
「承知しました」
数日後、魏延が刺史室へ忍凜とともにやってきた。
忍凜が私に報告した。
「鄴の官吏の魏諷が劉禅様の激文を知り、曹操への謀反を計画しています。また、曹操の魏公就任に反対し、自殺した荀彧と親しかった耿紀も不満をつのらせているようです」
「魏諷と耿紀か。知らない名だ」
「それほどの大物ではありません。操りますか? 女忍隊の力で、曹操の暗殺などに向かわせることは可能かと」
「放っておけ。私は暗殺の手助けなどはしない」
「荀彧殿は王佐の才であると謳われていたそうですね。曹操の軍師でしたが、帝を敬われる心も持っておられたのでしょう。手を取り合うことができたかもしれません。亡くなられて残念です」と魏延が言った。
「そうだな。荀彧……。彼は仕える者をまちがったのだ。我が父を支えていれば、自殺などで終わることはなかったであろう」
「呉にはより大きな波風が立っています」と忍凜が言った。
「話してくれ」
「呂蒙が猛烈な勢いで、孫権に献策をしています。魏と蜀の戦いが起こる。呉がこのまま座して見ていれば、戦いの勝者が強大になり、呉は滅ぼされるしかない。同盟している蜀とともに出陣し、魏の領土の半分を奪い取りましょうと主張しています」
「呂蒙は正しい。私は魏を滅ぼし、その後、呉を併呑しようと思っている。曹操が勝った場合も、呉は滅ぼされるであろう」
「孫権は、魏と蜀には勝手に戦わせておけばよい、と言っています。共倒れになるであろう。勝者があったとしても、疲弊し切っており、そこを呉が叩けばよい、と答え、呂蒙の策を退けています」
「孫権は愚かだ。確かに勝者は疲れているであろうが、揚州と交州に引っ込んでいる呉に劣るわけはない。戦国の世で戦わない者は、いずれ滅びる」
私は孫権にほとほと失望した。やはり、益州と荊州の力だけで、曹操を倒すしかない。
「忍凜、ご苦労であった。引きつづき、諜報活動に注力してほしい。そなたの働きに感謝している」
忍凜は頭を下げ、刺史室から煙のように姿を消した。
蜀副総帥としては、来たるべき曹操軍との戦いの準備をしなければならなかった。龐統や魏延と連日話し合い、ときには将軍たちとも会って、兵の調練の具合などを聞いたりした。
益州刺史としては、各郡の内治がうまくいっているか確認せねばならず、太守と手紙のやりとりをした。南部四郡の治安を心配していたが、いまのところ大きな問題はないようだった。費禕の貢献が大きい。彼は孟獲とうまく付き合っているようだ。
武術の師は李恢である。私は弱いが、いずれは自分の身は自分で守れるようになりたい。李恢の教えを受け、体力と剣術の向上に取り組んだ。
冬が近づき、寒さが増してきた。
刺史室の暖炉に初めて薪を入れ、燃やした日、李恢が一通の手紙を持ってきた。
それは、驚くべき手紙であった。
劉禅公嗣殿
あなたが書いた檄文を見た。
私が董卓と同じであると書いてある。
まちがっている。
私は帝に従い、陛下の手足となって、天下平定のために戦っているのである。
目的は平和であり、簒奪など考えてはおらぬ。
あなたと劉備、孫権が帝への抵抗をやめれば、天下に平和が訪れる。
劉禅殿、私と手を取り合って、劉備と孫権を倒そうではないか。
その事業が完遂すれば、私は引退し、漢の丞相の地位をあなたに譲ろう。
返信を待っている。
曹操孟徳
私はそれを読み終えたとき、あきれ果てた。
曹操は私に離間の計を仕掛けてきたのだ。
父と戦えと勧めている。
馬鹿馬鹿しい。
返信などするまい。
相手にすれば、曹操はつけ入る隙ありと考えるだろう。
隙など見せるつもりはないが、私と父の仲たがいを狙っているところが腹立たしい。
完全に無視することに決めた。
私は魏延を呼んだ。
「若君、なにかご用でしょうか」
「女忍隊、男忍隊を使い、各地の動向を調べてほしい。魏と呉、そして蜀内の動きも。檄文の効果を知りたい。曹操の動きも気になる。彼は蜀の内部にさらなる離間の計を仕掛けてきているかもしれぬ」
「曹操ならやっていてもおかしくはありませんね」
「頼むぞ」
「承知しました」
数日後、魏延が刺史室へ忍凜とともにやってきた。
忍凜が私に報告した。
「鄴の官吏の魏諷が劉禅様の激文を知り、曹操への謀反を計画しています。また、曹操の魏公就任に反対し、自殺した荀彧と親しかった耿紀も不満をつのらせているようです」
「魏諷と耿紀か。知らない名だ」
「それほどの大物ではありません。操りますか? 女忍隊の力で、曹操の暗殺などに向かわせることは可能かと」
「放っておけ。私は暗殺の手助けなどはしない」
「荀彧殿は王佐の才であると謳われていたそうですね。曹操の軍師でしたが、帝を敬われる心も持っておられたのでしょう。手を取り合うことができたかもしれません。亡くなられて残念です」と魏延が言った。
「そうだな。荀彧……。彼は仕える者をまちがったのだ。我が父を支えていれば、自殺などで終わることはなかったであろう」
「呉にはより大きな波風が立っています」と忍凜が言った。
「話してくれ」
「呂蒙が猛烈な勢いで、孫権に献策をしています。魏と蜀の戦いが起こる。呉がこのまま座して見ていれば、戦いの勝者が強大になり、呉は滅ぼされるしかない。同盟している蜀とともに出陣し、魏の領土の半分を奪い取りましょうと主張しています」
「呂蒙は正しい。私は魏を滅ぼし、その後、呉を併呑しようと思っている。曹操が勝った場合も、呉は滅ぼされるであろう」
「孫権は、魏と蜀には勝手に戦わせておけばよい、と言っています。共倒れになるであろう。勝者があったとしても、疲弊し切っており、そこを呉が叩けばよい、と答え、呂蒙の策を退けています」
「孫権は愚かだ。確かに勝者は疲れているであろうが、揚州と交州に引っ込んでいる呉に劣るわけはない。戦国の世で戦わない者は、いずれ滅びる」
私は孫権にほとほと失望した。やはり、益州と荊州の力だけで、曹操を倒すしかない。
「忍凜、ご苦労であった。引きつづき、諜報活動に注力してほしい。そなたの働きに感謝している」
忍凜は頭を下げ、刺史室から煙のように姿を消した。
1
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
枢軸国
よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年
第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。
主人公はソフィア シュナイダー
彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。
生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う
偉大なる第三帝国に栄光あれ!
Sieg Heil(勝利万歳!)
三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河
墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。
三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。
全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。
本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。
おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。
本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。
戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。
歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。
※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。
※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。
AIシミュレーション歴史小説『瑞華夢幻録』- 華麗なる夢幻の系譜 -
静風
歴史・時代
この物語は、ChatGPTで仮想空間Xを形成し、更にパラレルワールドを形成したAIシミュレーション歴史小説です。
【詳細ページ】
https://note.com/mbbs/n/ncb1a722b27fd
基本的にAIと著者との共創ですが、AIの出力を上手く引出そうと工夫しています。
以下は、AIによる「あらすじ」の出力です。
【あらすじ】
この物語は、戦国時代の日本を舞台に、織田信長と彼に仕えた数々の武将たちの壮大な物語を描いています。信長は野望を胸に秘め、天下統一を目指し勇猛果敢に戦い、国を統一するための道を歩んでいきます。
明智光秀や羽柴秀吉、黒田官兵衛など、信長に協力する強力な部下たちとの絆や葛藤、そして敵対する勢力との戦いが繰り広げられます。彼らはそれぞれの個性や戦略を持ち、信長の野望を支えながら自身の野心や信念を追い求めます。
また、物語は細川忠興や小早川隆景、真田昌幸や伊達政宗、徳川家康など、他の武将たちの活躍も描かれます。彼らの命運や人間関係、武勇と政略の交錯が繊細に描かれ、時には血なまぐさい戦いや感動的な友情、家族の絆などが描かれます。
信長の野望の果てには、国を統一するという大きな目標がありますが、その道のりには数々の試練や困難が待ち受けています。戦いの中で織り成される絆や裏切り、政治や外交の駆け引き、そして歴史の流れに乗る個々の運命が交錯しながら、物語は進んでいきます。
瑞華夢幻録は、戦国時代のダイナミックな舞台と、豪華なキャストが織り成すドラマチックな物語であり、武将たちの魂の闘いと成長、そして人間の尊厳と栄光が描かれています。一つの時代の終わりと新たな時代の始まりを背景に、信長と彼を取り巻く人々の情熱と野心、そして絆の物語が紡がれていきます。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

曹操桜【曹操孟徳の伝記 彼はなぜ天下を統一できなかったのか】
みらいつりびと
歴史・時代
赤壁の戦いには謎があります。
曹操軍は、周瑜率いる孫権軍の火攻めにより、大敗北を喫したとされています。
しかし、曹操はおろか、主な武将は誰も死んでいません。どうして?
これを解き明かす新釈三国志をめざして、筆を執りました。
曹操の徐州大虐殺、官渡の捕虜虐殺についても考察します。
劉備は流浪しつづけたのに、なぜ関羽と張飛は離れなかったのか。
呂布と孫堅はどちらの方が強かったのか。
荀彧、荀攸、陳宮、程昱、郭嘉、賈詡、司馬懿はどのような軍師だったのか。
そんな謎について考えながら描いた物語です。
主人公は曹操孟徳。全46話。

無敵の人あらば敵百万と雖も恐るるに足らず
みらいつりびと
歴史・時代
楚軍は垓下城に追いつめられていた。
四面から楚歌が湧き上がり、羽将軍は絶望し、弱気な詩を読んだ。
力拔山兮 氣蓋世
時不利兮 騅不逝
騅不逝兮 可奈何
虞兮虞兮 奈若何
「無敵の人あらば敵百万と雖も恐るるに足らず」とわたしは言った。
虞美人偽史。
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
つわもの -長連龍-
夢酔藤山
歴史・時代
能登の戦国時代は遅くに訪れた。守護大名・畠山氏が最後まで踏み止まり、戦国大名を生まぬ独特の風土が、遅まきの戦乱に晒された。古くから能登に根を張る長一族にとって、この戦乱は幸でもあり不幸でもあった。
裏切り、また裏切り。
大国である越後上杉謙信が迫る。長続連は織田信長の可能性に早くから着目していた。出家させていた次男・孝恩寺宗顒に、急ぎ信長へ救援を求めるよう諭す。
それが、修羅となる孝恩寺宗顒の第一歩だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる