劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと

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夏候淵軍

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 魏。
 中国の北部。
 南部の呉、蜀よりも人口密度が高く、五十万もの常備軍を有する。
 民に無理を強いれば、百万の大軍を組織することも可能かもしれない。
 魏を率いるのは、政治、軍事ともにすぐれた力量を持つ曹操孟徳。詩才もある。万能の天才と言っても過言ではない。
 私はその曹操を倒したいと思っている。

 曹操は河北の鄴に司令部を置き、天下を睥睨している。
 鄴より南にある長安、洛陽、許昌は中国南部に対する軍事拠点である。
 長安は益州を攻撃するときの起点となる都市。
 曹操の命により、夏候淵軍二十万が長安から出発した。

 成都城内の益州刺史室で、私は龐統、魏延と対策を協議した。
「現在、益州全軍の兵力は二十四万です。各郡の守備をおろそかにすることはできません。特に南部四郡はいつ異民族の叛乱が起こるかわからず、予断を許しません。全軍をもって魏軍の迎撃はできないこと、ご考慮ください」と龐統は言った。
「文長、迎撃兵力はどうする?」と私はたずねた。
「全兵力の半数、十二万でよろしいでしょう」と魏延は答えた。
「それだけでよいのか」
「こちらは城や山など、地の利を活かすことができます。漢中郡に十二万の兵力があれば、防衛することはできましょう。予備兵力として蜀郡に五万。守備兵力として他の郡に一万ずつ。軍の配置は、これでよいと考えます」

「漢中郡に赴く将軍は誰にする?」
「漢中郡太守の趙雲大将軍、すでに漢中へ派遣している馬岱は当然、迎撃軍の将となってもらいます。さらに、自分と馬忠で指揮します」
「私もゆくぞ」
 私がそう言うと、龐統が顔色を変えた。
「劉禅様は、成都城にとどまってください」
「いや、士元がいくら止めようと、私はゆく」
 前世で、私は消極的な皇帝だった。今生では、積極的に生きようと決めている。
「それでは、親衛隊長の李恢も出陣させ、若君を守らせましょう。本当は、王平も連れていきたいところですが」
「王平は当分の間、獄から出すわけにはいかぬ」
「そうですね。では、総大将を若君とし、軍師は自分、その指揮下に趙雲大将軍、馬岱将軍、馬忠将軍、李恢親衛隊長という陣容にいたしましょう」

 漢中郡にはすでに五万の兵がいる。
 追加の兵力として、すみやかに七万の兵を成都に集結させ、南鄭へ向かって進軍した。
 道中で、魏延と魏軍についてのさまざまな話をした。
「夏候淵軍の進路はわかっているのか」
「女忍隊だけでなく、新たに組織した男忍隊にも調べさせております。子午道は使っていません。夏候淵は雍州扶風郡の郿へ向かっています。その先、斜谷道を通るか、箕谷道を通るかは、まだ判明していません」

「夏候淵とは、どのような将軍なのだ?」
「夏候淵妙才。潼関の戦いなどで戦功があります。兵糧監督を任されたこともあり、迅速な行軍により奇襲を成功させたこともあるようです。経験豊かな凡庸ならざる将軍です」

「配下の将は?」
「張郃と徐晃」
「そのふたりはどんな男だ?」
「張郃は官渡の戦いで曹操軍に降伏した将軍で、以後、数々の戦いで活躍しています。先鋒、殿軍ともにこなせる名将です。いまは夏候淵軍の先鋒となって進んでいます」
「徐晃は?」
「呂布征伐以来の歴戦の将軍です。于禁、張遼、楽進、張郃らと並んで、名将と謳われております」
「なんと。三人とも、名将ではないか」
 私は驚き、魏延は苦笑した。

「三人の名将に二十万の大軍。勝てるのか?」
「まずは、負けぬ戦い方をしようと考えております。魏といえども、二十万の大軍を長期間遠征させれば、国力は疲弊します。我らの補給線は短く、守備に有利です」
「私は夏候淵を討ち、曹操軍に大打撃を与えたい」
「隙があれば」

 七万の兵とともに、南鄭に到着した。
 漢中郡に十二万の兵が集結。 
 南鄭城の一室に、私、魏延、趙雲、馬岱、馬忠、李恢が集まり、早速軍議となった。
 李恢は将軍ではなく、まだ将校だが、将軍に準ずる扱いをすることになっている。彼は親衛隊五千を統率している。実質的には将軍である。夏候淵との戦いで軍務をきちんとこなせば、正式な将軍に任命することになるだろう。

「魏軍は陳倉に兵糧を集め、兵站基地としています。涼州武都郡を通って、漢中郡に至る箕谷道から来ることが明らかになりました」と魏延は言った。男忍隊から得た情報で、すでに私は報告を受けている。
「敵兵はひとつにまとまっているのか、魏延殿?」と趙雲が発言した。
「二十万全軍が、陳倉におります。子午道、斜谷道に分かれた軍はありません」
「大軍をまとめて、押しに押そうということか」
「おそらく。守備をかため、遠征軍を疲弊させようと自分は考えております」
「二十万対十二万。それが常識的な判断であろうな」
 趙雲が指揮をすれば、二倍の敵でも打ち払えると私は思ったが、彼は大言壮語を吐かなかった。
「箕谷道は、陽平関、定軍山を経て、南鄭に至ります。敵を陽平関で削り、定軍山で破ることができれば、上々です。馬岱殿、三万の兵を率い、陽平関に籠もってください。けっして打って出ることのないように。もし城門を破られたら、無理をせず、定軍山まで退いてください」
 馬岱はうなずいた。彼は馬超の従弟で、曹操軍と戦った経験がある。

「自分は七万の兵を率い、馬忠を副将として、定軍山で布陣します」
「定軍山の麓には、私がつくった牧場がある。幼い馬や雌馬、種馬は南鄭に避難させるが、残りは騎馬として使ってよいぞ」と趙雲が言った。
「ありがたく使わせていただきます。定軍山で決戦するか、守るかは、敵情を見て対応したいと思います」
「どうやら定軍山が主戦場となるようだ。私も定軍山へゆく」
 私がそう言うと、皆の顔が蒼ざめた。
「若君は、趙雲殿とともに、南鄭城にとどまってください。定軍山は戦線になります」
「だからこそゆくのだ。我が父劉備は、いくたびも戦線をくぐり抜けた。私も曹操軍の圧力を最前線で感じたい」
「若君、我らはもう、流浪の軍ではありません。蜀の正規軍なのです。総大将が、好んで危険に身を投じることはありません」と趙雲に諫められた。
 それでも私は首を振った。
「私は曹操に勝とうと思っているのだ。夏候淵も倒せないようなら、それまでの運命でしかなかったということ」
「ううむ。それでは、私も定軍山へ行きます。馬忠、南鄭城はおまえに任せる」と趙雲は言った。
「えっ、僕が南鄭にとどまるのですか」
「魏延殿、若君が出陣されるというなら、私も同行する。よいな」
「わかりました。李恢、おまえも定軍山へ行き、若君を守れ」
「命にかえても、劉禅様を守り抜きます」

 馬岱は陽平関へ向かった。
 私と魏延、趙雲、李恢は定軍山へ。
 夏候淵軍が箕谷道を通り、陽平関に向かっているという情報が入ってきた。
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