19 / 39
成都攻略
しおりを挟む
黄忠を死なせてしまった。
あの老将軍は、死に場所を求めて荊州から来た。それはわかっていた。
兵の先頭に立って、果敢に戦った。
彼を死なせない戦い方があったのではないかという後悔と、よき死に場所を与えてやれたという想いがせめぎあった。
「文長、黄忠は素晴らしい将軍であったと思います。彼が亡くなったのは、実に残念です」
「あの方は、男の死に様を教えてくれたような気がします」
「そうですね。黄忠は年老いていて、いつ死んでもよいと決意していたと思います。しかし、文長はまだ若く、天下統一のために必要な人です。死に急いではなりませんよ」
「わかっております。しかし、臆病になってはなりません。黄忠殿は、曹操との戦いでは、大胆な攻撃も必要だと教えてくれたのだと思っております」
「そうですね。いつか乾坤一擲の勝負が必要なときがくるでしょう」
劉循と会見した。
「あなたは雒城でよく戦われた。この後、どうしたいですか。我が軍の一員として戦うか、どこかで静かに暮らすか」
「まだ戦士として引退したくはありません。劉禅様に降伏しました。私を使ってください」
「わかりました。しかし、父親の劉璋様と戦うわけにはいきますまい。劉循殿は南鄭城へ行ってください。龐統という男がいますから、彼の命に従い、漢中郡の内治に協力していただきたい」
「わかりました。龐統殿は高名です。軍師としても、政治家としても優秀な方であると聞いています」
「私は龐統を行政の長として使っています。劉循殿も当面の間、行政官として働いてください」
「承知しました」
呉懿、呉蘭、雷銅にも会った。
彼らは、私に恭順し、働くと誓った。
私は法正を綿竹城から雒城へ呼び寄せた。呉懿、呉蘭、雷銅を法正の部下とした。
李厳は引きつづき、綿竹城に置いた。
建安十八年秋、私はついに、成都へ向かって進軍した。
兵力は七万になっていた。
軍師と中軍の指揮官は魏延である。黄忠亡きあとの先鋒の隊長には、馬忠を抜擢した。孟達が騎兵隊長、王平は親衛隊長。
成都城を包囲した。
城内には四万の兵力がある、と忍凜の報告で知った。
成都城を包囲しているとき、龐統から手紙が届いた。
劉禅様、ご報告があります。
涼州の英雄、馬超殿が曹操軍との戦いに敗れて、漢中郡へ落ち延びてこられました。
我が主劉禅様は成都攻略中であると伝えると、加勢したいと言われました。
馬超殿は、従弟の馬岱殿を従えており、その手勢は二千人です。
これから成都へ向かわれるので、劉璋軍攻撃に加えてください。
私は驚いた。
馬超と言えば、一騎当千の勇将である。その武勇は関羽、張飛、趙雲と同等であろう。
前世では、劉備に帰順している。
現世では、私のもとへ来る運命となったのか。
魏延に手紙を見せた。
「馬超殿が、我が軍に加わるのですか。大物ですね。頼もしくもあり、使いこなせるか、心配でもあります」
「彼をしっかりと受け入れましょう。馬超殿の助力は、成都への大きな圧力となるでしょう。そして、将来の魏との戦いで、活躍してくれるかもしれません」
馬超が二千の騎兵を率いて、颯爽と成都へ到来した。
私は魏延、王平とともに、馬超に会った。
「おう、話には聞いていたが、本当に漢中軍の総帥は子どもなのだな」
馬超の声は大きく、溌剌としていた。敗軍の将とは思えない。気力が横溢している感じだった。
「劉備の太子、劉禅です」
「馬超孟起です。曹操に負けました。劉備様、劉禅様は打倒曹操をめざしているそうですね。俺はまた曹操と戦いたい。旗下に加えてください」
「将軍としてお迎えしたい。しかし、我が軍の軍師は魏延です。私と魏延の命令には従っていただく。もちろん、我が父劉備の命があれば、逆らってはなりません。それでもよろしいですか」
「かまいません。俺は将軍でなくてもいい。一兵卒でも、曹操と戦えればよいのです。あいつは、父馬騰と俺の一族を殺した。残っているのは、俺と馬岱だけになってしまった。なにがなんでも仇を討ちたい」
「私は漢王朝の再興を目的としています。そのための最大の敵が曹操です。いずれは曹操軍と戦います。しかし、いまは劉璋軍と戦っています」
「いつか曹操と戦えればよいのです。劉禅軍の一員となる以上、その戦略に従って動く。当然のことです。なんでも命令してください。成都城に突撃せよと命じられたら、突撃します」
私は馬超を惚れ惚れと見た。
なんとも勇ましい将軍であると思った。
魏延が、馬超に向かって言った。
「馬超殿、城へ突撃する必要はありません。劉璋様は、弱っておられる筈です。長男の劉循殿と名将の李厳殿は、我が軍に降伏しました。黄権将軍も戦死された。さらに勇将と名高い馬超殿が我が軍に加わった。劉璋様は戦意を失い、降伏するのではないかと予測しています」
「あなたは?」
「魏延文長です」
「油断は大敵だぞ、魏延殿。窮鼠猫を噛むという言葉もある」
「油断など微塵もしておりません。ただ、包囲し、圧力をかけつづければ、降伏する可能性が高いと考えているだけです。劉璋様が戦闘を選択されたなら、完膚なきまでにたたきつぶす。その準備と覚悟はできています」
「そうか。そのときはこの馬超、先駆けをしよう」
馬超が先駆けをする必要はなかった。
魏延の予測どおり、まもなく劉璋は降伏したのである。
「劉璋様、あなたと城兵の命は保障します」
「かたじけない、劉禅殿……」
「あなたには荊州の公安城へ行っていただきます。我が父劉備と会い、その命に従ってください。おそらく、劉備はあなたを悪いようにはしないと思います」
「わしは劉備殿の温情におすがりするしかない。益州は劉備殿と劉禅殿のものだ。善政をしてくださるようお願いしたい」
「もちろんです。ただ、いまは乱世です。戦争と無縁ではいられません」
「わかっておる。わしはすべてをあなたがたに任せて、引退する。どこかで静かに暮らせたら、それで満足じゃ」
「その希望を、父に伝えてください」
劉璋に護衛をつけて、公安城へ送った。
益州攻略は完了した。
あの老将軍は、死に場所を求めて荊州から来た。それはわかっていた。
兵の先頭に立って、果敢に戦った。
彼を死なせない戦い方があったのではないかという後悔と、よき死に場所を与えてやれたという想いがせめぎあった。
「文長、黄忠は素晴らしい将軍であったと思います。彼が亡くなったのは、実に残念です」
「あの方は、男の死に様を教えてくれたような気がします」
「そうですね。黄忠は年老いていて、いつ死んでもよいと決意していたと思います。しかし、文長はまだ若く、天下統一のために必要な人です。死に急いではなりませんよ」
「わかっております。しかし、臆病になってはなりません。黄忠殿は、曹操との戦いでは、大胆な攻撃も必要だと教えてくれたのだと思っております」
「そうですね。いつか乾坤一擲の勝負が必要なときがくるでしょう」
劉循と会見した。
「あなたは雒城でよく戦われた。この後、どうしたいですか。我が軍の一員として戦うか、どこかで静かに暮らすか」
「まだ戦士として引退したくはありません。劉禅様に降伏しました。私を使ってください」
「わかりました。しかし、父親の劉璋様と戦うわけにはいきますまい。劉循殿は南鄭城へ行ってください。龐統という男がいますから、彼の命に従い、漢中郡の内治に協力していただきたい」
「わかりました。龐統殿は高名です。軍師としても、政治家としても優秀な方であると聞いています」
「私は龐統を行政の長として使っています。劉循殿も当面の間、行政官として働いてください」
「承知しました」
呉懿、呉蘭、雷銅にも会った。
彼らは、私に恭順し、働くと誓った。
私は法正を綿竹城から雒城へ呼び寄せた。呉懿、呉蘭、雷銅を法正の部下とした。
李厳は引きつづき、綿竹城に置いた。
建安十八年秋、私はついに、成都へ向かって進軍した。
兵力は七万になっていた。
軍師と中軍の指揮官は魏延である。黄忠亡きあとの先鋒の隊長には、馬忠を抜擢した。孟達が騎兵隊長、王平は親衛隊長。
成都城を包囲した。
城内には四万の兵力がある、と忍凜の報告で知った。
成都城を包囲しているとき、龐統から手紙が届いた。
劉禅様、ご報告があります。
涼州の英雄、馬超殿が曹操軍との戦いに敗れて、漢中郡へ落ち延びてこられました。
我が主劉禅様は成都攻略中であると伝えると、加勢したいと言われました。
馬超殿は、従弟の馬岱殿を従えており、その手勢は二千人です。
これから成都へ向かわれるので、劉璋軍攻撃に加えてください。
私は驚いた。
馬超と言えば、一騎当千の勇将である。その武勇は関羽、張飛、趙雲と同等であろう。
前世では、劉備に帰順している。
現世では、私のもとへ来る運命となったのか。
魏延に手紙を見せた。
「馬超殿が、我が軍に加わるのですか。大物ですね。頼もしくもあり、使いこなせるか、心配でもあります」
「彼をしっかりと受け入れましょう。馬超殿の助力は、成都への大きな圧力となるでしょう。そして、将来の魏との戦いで、活躍してくれるかもしれません」
馬超が二千の騎兵を率いて、颯爽と成都へ到来した。
私は魏延、王平とともに、馬超に会った。
「おう、話には聞いていたが、本当に漢中軍の総帥は子どもなのだな」
馬超の声は大きく、溌剌としていた。敗軍の将とは思えない。気力が横溢している感じだった。
「劉備の太子、劉禅です」
「馬超孟起です。曹操に負けました。劉備様、劉禅様は打倒曹操をめざしているそうですね。俺はまた曹操と戦いたい。旗下に加えてください」
「将軍としてお迎えしたい。しかし、我が軍の軍師は魏延です。私と魏延の命令には従っていただく。もちろん、我が父劉備の命があれば、逆らってはなりません。それでもよろしいですか」
「かまいません。俺は将軍でなくてもいい。一兵卒でも、曹操と戦えればよいのです。あいつは、父馬騰と俺の一族を殺した。残っているのは、俺と馬岱だけになってしまった。なにがなんでも仇を討ちたい」
「私は漢王朝の再興を目的としています。そのための最大の敵が曹操です。いずれは曹操軍と戦います。しかし、いまは劉璋軍と戦っています」
「いつか曹操と戦えればよいのです。劉禅軍の一員となる以上、その戦略に従って動く。当然のことです。なんでも命令してください。成都城に突撃せよと命じられたら、突撃します」
私は馬超を惚れ惚れと見た。
なんとも勇ましい将軍であると思った。
魏延が、馬超に向かって言った。
「馬超殿、城へ突撃する必要はありません。劉璋様は、弱っておられる筈です。長男の劉循殿と名将の李厳殿は、我が軍に降伏しました。黄権将軍も戦死された。さらに勇将と名高い馬超殿が我が軍に加わった。劉璋様は戦意を失い、降伏するのではないかと予測しています」
「あなたは?」
「魏延文長です」
「油断は大敵だぞ、魏延殿。窮鼠猫を噛むという言葉もある」
「油断など微塵もしておりません。ただ、包囲し、圧力をかけつづければ、降伏する可能性が高いと考えているだけです。劉璋様が戦闘を選択されたなら、完膚なきまでにたたきつぶす。その準備と覚悟はできています」
「そうか。そのときはこの馬超、先駆けをしよう」
馬超が先駆けをする必要はなかった。
魏延の予測どおり、まもなく劉璋は降伏したのである。
「劉璋様、あなたと城兵の命は保障します」
「かたじけない、劉禅殿……」
「あなたには荊州の公安城へ行っていただきます。我が父劉備と会い、その命に従ってください。おそらく、劉備はあなたを悪いようにはしないと思います」
「わしは劉備殿の温情におすがりするしかない。益州は劉備殿と劉禅殿のものだ。善政をしてくださるようお願いしたい」
「もちろんです。ただ、いまは乱世です。戦争と無縁ではいられません」
「わかっておる。わしはすべてをあなたがたに任せて、引退する。どこかで静かに暮らせたら、それで満足じゃ」
「その希望を、父に伝えてください」
劉璋に護衛をつけて、公安城へ送った。
益州攻略は完了した。
1
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河
墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。
三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。
全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。
本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。
おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。
本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。
戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。
歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。
※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。
※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

信忠 ~“奇妙”と呼ばれた男~
佐倉伸哉
歴史・時代
その男は、幼名を“奇妙丸”という。人の名前につけるような単語ではないが、名付けた父親が父親だけに仕方がないと思われた。
父親の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。
稀代の英邁を父に持ち、その父から『天下の儀も御与奪なさるべき旨』と認められた。しかし、彼は父と同じ日に命を落としてしまう。
明智勢が本能寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可能だった。それなのに、どうして彼はそれを選ばなかったのか? その決断の裏には、彼の辿って来た道が関係していた――。
◇この作品は『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n9394ie/)』『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16818093085367901420)』でも同時掲載しています◇
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる