劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと

文字の大きさ
上 下
16 / 39

破竹の進撃 そして李厳との戦い

しおりを挟む
 私と魏延は益州の地図を見ていた。
 南鄭から成都までの進路を確認していたのである。
 広漢郡の葭萌県、梓潼県、涪県、綿竹県、雒県を突破し、蜀郡の成都県に至るのが、最短の道。
 このうちもっとも頑強なのは、広漢郡の首府雒県と益州全体の首府成都県であろう。
 劉璋は成都城にいる。

「もっとも短い道を行きましょう。益州は大きく、成都を落としたとしても、抵抗勢力は残るでしょうが、劉璋殿を降伏させてしまえば、あとはなんとでもなります」と魏延は言った。
「そうですね。益州の軍すべてと戦うのは馬鹿げています。まっすぐに成都へ向かいましょう」と私は答えた。

 魏延は攻城兵器を揃えていた。
 投石車二十台。
 衝車十台。
 梯子車五十台。
「攻城は守備兵の十倍もの兵力が必要とも言われています。我が軍はそれほどの大軍ではありません。攻城兵器を使い、科学的に城を攻めます」
「科学的とは聞き慣れない言葉ですね」
「行動が論理的であるということです。合理的と言ってもよいですね」
 私は魏延の話に感心した。
 諸葛亮に勝るとも劣らない軍師だ、と思った。

 葭萌城に到着した。
 投石車、衝車、梯子車を駆使し、攻撃した。
 城兵は巨石の飛来に怯えているようだった。
 梯子車を城壁に寄せ、衝車を城門にぶつけた。
 味方の士気は高く、敵は逃げ腰だった。
 わずか一日で葭萌城陥落。犠牲者はほとんど出なかった。

「魏延の攻城はつまらんのお。わしは汗ひとつかいておらん」と黄忠が言った。
「戦いはこれからですよ。成都に近づくにつれて、抵抗は大きくなるでしょう」と魏延は答えた。
「私にはまったく出番がありませんでした。戦士として働きたいです」と孟達は言った。
「降兵は千人です。これを我が軍に組み込まなくてはなりません。人事と兵站は大忙しですよ」法正はため息をついた。
「魏延殿の攻城は無理がなく、目を見張るものがありました。さすがは劉禅様の軍師です」と王平は感心した。 
 私は彼らの会話を聞きながら、果汁を飲んでいた。
「皆さん、ご苦労さまでした。明日からもよろしくお願いします」

 梓潼城、涪城も、魏延の科学的攻城により、簡単に陥落した。
 劉禅軍は破竹の進撃をしている、と言ってよいであろう。 

 綿竹県に入った。
 斥候が、驚くべき報告をもたらしてきた。
 敵が綿竹城に籠城しておらず、城の前で布陣しているというのである。
 兵力は約五万で、李厳将軍が率いているとのことだった。
 李厳は野戦で雌雄を決しようとしている。

 李厳正方。成都県令をつとめていた有能な行政官で、軍事の才能も豊かであるという評判がある。
 副将は黄権公衡。彼は騎兵を従えている。

「これは驚きました。野戦を挑んでくるとは。益州にも、勇気のある将軍がいるのですね」と魏延が言った。
「李厳殿と黄権殿は、益州を代表する将軍です。劉璋様は勝負に出ました。綿竹で我らを撃破するおつもりなのでしょう」と法正は言った。
「私は李厳や黄権にも劣らぬつもりです」と孟達は力んだ。
「正面から戦っては、我が軍にも大きな犠牲が出そうですね。なにか策を考えねば」と魏延。
「魏延、策を弄するのはやめよう。わしは李厳殿と戦いたい。ここは益州軍と堂々とぶつかり、撃ち破ろうではないか。敵は野戦を挑んでいるのだ。ここで怯んでいるようでは、とうてい曹操とは戦えまい」と黄忠は言った。その姿には威厳があった。
「しかし黄忠殿、自分たちはこの先、雒城と成都城を落とさねばならないのです。ここで多大な犠牲者を出すわけにはいきません」 
「勝てばよいだけのこと」
「黄忠殿、敵は精鋭であると思われます」
 魏延は慎重だった。
 黄忠は戦意を面に表していた。
 私は深く考えてから言った。
「魏延、ここは戦いましょう。堂々と戦うことも、士気を保つために必要です。黄忠、孟達、王平、そして魏延、全力で戦い、勝ってください」
 私は、人前では魏延、ふたりきりのときは文長と呼ぶようにしている。
「おう。それでこそ劉備様の太子です、劉禅様」
 黄忠はうれしそうだった。

 先鋒の黄忠隊は、魚鱗に陣を整えた。
 中軍の魏延隊も、その後方で魚鱗。
 孟達の騎兵隊は、歩兵隊の右翼で縦列になり、突撃の態勢をとっていた。
 王平の親衛隊は後尾にいて、私の周りを守備していた。

 対する李厳軍も、魚鱗の布陣。
 黄権の騎兵隊は、李厳の陣の左翼にいる。孟達隊の正面である。

 夜明けからしばらく、劉禅軍と李厳軍は静かに睨み合っていた。
 中軍から鉦の音が響いてきた。
 魏延が突撃の合図を出したのである。

 黄忠隊が突撃を開始した。
 李厳隊もすばやく対応して、こちらに向かってきた。
 激突。
 魏延の中軍も動いて、歩兵の総力戦が始まった。
 私はじっと戦いを見つめた。
 王平は私の横に立ち、無言で戦場を眺めていた。
 空は快晴だった。
 戦場は荒地で、砂塵が舞っている。
 孟達の騎兵隊が突進し、李厳軍の側面に当たろうとした。
 黄権隊がそれを阻止し、騎兵同士の戦いが勃発した。
 がっぷり四つになり、夕方まで勝負がつかなかった。
 隙なく、李厳軍が引いていった。
 黄忠、魏延、孟達も退いた。

 その夜、魏延が私の天幕へやってきた。
「李厳という将軍、容易ならぬ敵です。我が軍は張飛殿、趙雲殿に鍛えられた精鋭なのに、互角に戦っています。黄忠殿は李厳殿と一騎打ちをしていました。それも互角で、決着がつかなかったのです」
「素晴らしい男ですね、李厳将軍」
「感心している場合ではありません。ここは敵地の真ん中なのです。のんびりと戦っているわけにはいきません」
「どうしましょうか、文長」
「やはり策が必要です」
「どのような策ですか」
 魏延が、私に作戦を説明した。
「わかりました。やってみてください。黄忠ともよく打ち合わせをし、実行してください」

 三日後、早朝から再び戦闘が行われた。
 黄忠と孟達の軍が、李厳と黄権の軍と組み合った。
 やはり互角で、決着がつかない。

 正午頃に異変が起こった。
 戦場の後方、綿竹城に劉禅と魏延の旗が掲げられたのである。
 これこそが魏延の策だった。
 野戦を挑んだ李厳の隙をついて、空同然の城を攻める作戦。
 魏延率いる五千の歩兵が夜間に行軍して、城の西の山中に潜んでいた。
 野戦の最中に衝車を活用して、綿竹城を攻撃。
 魏延は鮮やかに落城させて、旗を掲げた。

 本拠である城を奪われて、李厳軍に動揺が走った。
 黄忠隊と孟達隊がここぞとばかりに攻勢に出て、李厳軍を押しに押した。
 城から魏延隊も出撃した。
 挟撃されて李厳軍は壊乱。
 勝った。

 黄忠が李厳を生け捕りにしていた。
 縄で両手を縛られた李厳が私の前に引き出された。
「李厳殿、見事な戦いぶりでした」と私は言った。
「敗軍の将に言葉はない。早く首を斬ってください」
「あなたを殺したくない」
 李厳は首を振った。さっさと斬首してくれという意思表示のようだ。
 私はさらに言葉を重ねた。

「李厳殿、劉璋様と我が父劉備を比べて、どちらがすぐれていると思いますか」
「言うまでもない。乱世を駆け抜け、生き延びて荊州を得た劉備様の方がすぐれています」
「あなたは、すぐれた将に仕えたいと思わないのですか」
「それは……」
「私たちは、いずれは魏と戦い、天下を平定したいと考えています。そのためには、優秀な人材がたくさん必要です。李厳殿、劉備と私の力になってください」 
 しばらくの間、李厳は呆然と私を見つめていた。
「わかりました。私の命、劉禅様に捧げます」
「では以後、私の将軍となってください。軍師は魏延です。私と魏延の命に従い、成都攻略に協力してください」
「はい」

 私は孟達を見た。
「黄権殿はどうなりましたか」
「殺せず、捕らえることもできませんでした。逃げられました」
 孟達は残念がっていた。
「逃げに徹した騎兵を捕らえることはむずかしい。仕方ありません」
 私は配下の将軍たちを見回した。
「次は雒県です」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

枢軸国

よもぎもちぱん
歴史・時代
時は1919年 第一次世界大戦の敗戦によりドイツ帝国は滅亡した。皇帝陛下 ヴィルヘルム二世の退位により、ドイツは共和制へと移行する。ヴェルサイユ条約により1320億金マルク 日本円で200兆円もの賠償金を課される。これに激怒したのは偉大なる我らが総統閣下"アドルフ ヒトラー"である。結果的に敗戦こそしたものの彼の及ぼした影響は非常に大きかった。 主人公はソフィア シュナイダー 彼女もまた、ドイツに転生してきた人物である。前世である2010年頃の記憶を全て保持しており、映像を写真として記憶することが出来る。 生き残る為に、彼女は持てる知識を総動員して戦う 偉大なる第三帝国に栄光あれ! Sieg Heil(勝利万歳!)

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

AIシミュレーション歴史小説『瑞華夢幻録』- 華麗なる夢幻の系譜 -

静風
歴史・時代
この物語は、ChatGPTで仮想空間Xを形成し、更にパラレルワールドを形成したAIシミュレーション歴史小説です。 【詳細ページ】 https://note.com/mbbs/n/ncb1a722b27fd 基本的にAIと著者との共創ですが、AIの出力を上手く引出そうと工夫しています。 以下は、AIによる「あらすじ」の出力です。 【あらすじ】 この物語は、戦国時代の日本を舞台に、織田信長と彼に仕えた数々の武将たちの壮大な物語を描いています。信長は野望を胸に秘め、天下統一を目指し勇猛果敢に戦い、国を統一するための道を歩んでいきます。 明智光秀や羽柴秀吉、黒田官兵衛など、信長に協力する強力な部下たちとの絆や葛藤、そして敵対する勢力との戦いが繰り広げられます。彼らはそれぞれの個性や戦略を持ち、信長の野望を支えながら自身の野心や信念を追い求めます。 また、物語は細川忠興や小早川隆景、真田昌幸や伊達政宗、徳川家康など、他の武将たちの活躍も描かれます。彼らの命運や人間関係、武勇と政略の交錯が繊細に描かれ、時には血なまぐさい戦いや感動的な友情、家族の絆などが描かれます。 信長の野望の果てには、国を統一するという大きな目標がありますが、その道のりには数々の試練や困難が待ち受けています。戦いの中で織り成される絆や裏切り、政治や外交の駆け引き、そして歴史の流れに乗る個々の運命が交錯しながら、物語は進んでいきます。 瑞華夢幻録は、戦国時代のダイナミックな舞台と、豪華なキャストが織り成すドラマチックな物語であり、武将たちの魂の闘いと成長、そして人間の尊厳と栄光が描かれています。一つの時代の終わりと新たな時代の始まりを背景に、信長と彼を取り巻く人々の情熱と野心、そして絆の物語が紡がれていきます。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

曹操桜【曹操孟徳の伝記 彼はなぜ天下を統一できなかったのか】

みらいつりびと
歴史・時代
赤壁の戦いには謎があります。 曹操軍は、周瑜率いる孫権軍の火攻めにより、大敗北を喫したとされています。 しかし、曹操はおろか、主な武将は誰も死んでいません。どうして? これを解き明かす新釈三国志をめざして、筆を執りました。 曹操の徐州大虐殺、官渡の捕虜虐殺についても考察します。 劉備は流浪しつづけたのに、なぜ関羽と張飛は離れなかったのか。 呂布と孫堅はどちらの方が強かったのか。 荀彧、荀攸、陳宮、程昱、郭嘉、賈詡、司馬懿はどのような軍師だったのか。 そんな謎について考えながら描いた物語です。 主人公は曹操孟徳。全46話。

無敵の人あらば敵百万と雖も恐るるに足らず

みらいつりびと
歴史・時代
楚軍は垓下城に追いつめられていた。 四面から楚歌が湧き上がり、羽将軍は絶望し、弱気な詩を読んだ。 力拔山兮 氣蓋世  時不利兮 騅不逝  騅不逝兮 可奈何  虞兮虞兮 奈若何 「無敵の人あらば敵百万と雖も恐るるに足らず」とわたしは言った。  虞美人偽史。

獅子の末裔

卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。 和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。 前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。

つわもの -長連龍-

夢酔藤山
歴史・時代
能登の戦国時代は遅くに訪れた。守護大名・畠山氏が最後まで踏み止まり、戦国大名を生まぬ独特の風土が、遅まきの戦乱に晒された。古くから能登に根を張る長一族にとって、この戦乱は幸でもあり不幸でもあった。 裏切り、また裏切り。 大国である越後上杉謙信が迫る。長続連は織田信長の可能性に早くから着目していた。出家させていた次男・孝恩寺宗顒に、急ぎ信長へ救援を求めるよう諭す。 それが、修羅となる孝恩寺宗顒の第一歩だった。

処理中です...