劉禅が勝つ三国志

みらいつりびと

文字の大きさ
上 下
9 / 39

新たなる義兄弟 劉禅、龐統、魏延

しおりを挟む
 私は劉禅公嗣。二度目の人生を歩んでいる。
 一度目の人生には後悔しかない。蜀の二代目皇帝でありながら、無為に生き、国を滅ぼした。
 同じあやまちをくり返すつもりはない。
 幸い私には前世の記憶がある。
 同じ歴史の道をたどらないようにして、蜀を繁栄させ、魏を滅ぼす。これが私の二度目の人生の目的だ。
 
 私はふたりの人物に目をつけている。魏滅の鍵となるであろう者たちだ。
 彼らがいま私の目の前にいる。
 私の部屋で円卓を囲んでいる三人。劉禅、龐統、魏延……。

 建安十六年、私は五歳だ。
 龐統士元は光和二年生まれの三十三歳。前世の記憶のとおりに歴史が進むと、建安十九年に死ぬ。劉備が自分よりも諸葛亮を頼みとしていることを知り、失意のうちに戦死した。行政の天才ではなかろうかと私は見ている。
 魏延文長は光和六年に誕生し、現在二十九歳。前世では建興十二年に死去した。彼は諸葛亮に策を用いてもらえず、不完全燃焼のまま生きた。孔明の死後に主導権を奪おうとするが、果たせず、同じ蜀将の楊儀に殺された。軍事の天才である可能性がある。
 この有能なふたりが、私の下で才能を発揮すれば、歴史は変わるであろう。

 龐統は小柄で、目付きが悪い。額が大きく張り出している。意地悪そうな外見だが、目付きが悪いのは、彼が近眼だからである。笑顔になると、はっとするほど表情が明るくなり、その目が澄んでいることがわかる。
 魏延は身の丈八尺の偉丈夫である。劉備の死後は暗い表情をしていることが多かったが、いまは溌剌とした爽やかな好漢だ。

 円卓で向き合って、私は果汁を飲み、龐統と魏延には酒を飲んでもらっている。
「私はあなたがたの運命を知っています。おふたりとも不遇のうちに死にます、と言ったら、私を頭のおかしい幼児だと思いますか」と私が言うと、龐統の目付きはさらに悪くなった。
「わっはっはっ、若君は実に面白いお方だ。未来が見通せるのですか」
 魏延は大声で笑ったが、その眼光は鋭く、私の真意を探っているようだった。

「龐統殿も魏延殿も、諸葛亮殿との相性が悪い。父が水魚の交わりをしているあの方との仲が悪いので、不慮の死を遂げるのです。龐統殿は諸葛亮殿と功を争って死に、魏延殿はあの方に献策を無視され、力を発揮できずに亡くなるでしょう。ふつうに生きていたら、この未来は避けがたいのです」
 龐統はため息をつき、魏延は顔をしかめた。ふたりとも、諸葛亮をよくは思っていないのだろう。

「自分は劉備様に忠誠を誓っているのです。諸葛亮殿に仕えているわけではありません」と魏延は言った。龐統は黙っていた。
「父の死後、あなたはその才能を発揮できなくなるでしょう。軍事の天才であるのに」
「軍事の天才……。自分がですか」
 魏延は目を見開いて、私を凝視した。
 私は魏延に賭けていた。見込みちがいであれば、魏を滅ぼすことはできないであろう。
「そうです。魏延殿はおそらく曹操に匹敵する天才です。ですが、諸葛亮殿の下では、その才能は開花しません」
「ふむう……」
 魏延はうなった。

「劉禅様、わたくしを呼んだわけを教えていただけませんか。そのような不吉な予言を聞かせるためだけではないのでしょう」と龐統が言った。
「むろんです。魏延殿は軍事の天才であり、龐統殿は行政の天才です。おふたりは父と私にとって大切な家臣であり、その才能を十分に活かしていただきたいので、お呼びしたのです」
 天才と伝えても、龐統は少しもうれしそうではなかった。
「わたくしは行政の天才ですか。まるで軍事の才はないと言われているみたいだ」
「龐統殿の軍才は中の上といったところです。上の上である魏延殿と軍事を競うのは、やめた方がよいです。内政を龐統殿がつかさどり、軍事を魏延殿が統括した国は、まちがいなく栄えるでしょう」
 龐統は腕組みをした。
「不服ですか、龐統殿」
「いや、確かにそうかもしれないと思ったのです。軍事を魏延殿にお任せし、内治に専念するのも面白いかもしれません」
 彼はにこっと笑った。
「龐統殿、その場合、軍の後方にあって、兵站を担当するのは、あなたの役目となるでしょう。漢の高祖劉邦における蕭何の役割をするのです」
「む、糧秣の差配ですな」
「そのとおりです。蕭何がいなければ、軍師の張良や天才的な武将の韓信がいても、高祖は天下を取れなかったでしょう」

「だが、若君は死の予言をされました。自分は活躍できないのでしょうか」
 魏延は浮かない表情になっていた。
「道はあります。龐統殿、魏延殿、おふたりを漢と見込んで、お願いがあります。私と義兄弟のちぎりを結んでいただけないでしょうか。劉備、関羽、張飛が力を合わせて生きてきたように、劉禅、龐統、魏延で義兄弟となり、乱世を生き抜いていきたいのです。おふたりは大人であり、私は幼児ですが、真剣に言っています。三人が生死をともにする覚悟で力を合わせれば、将来は必ずや明るくなり、道を切り開いていけるものと信じております」
「若君と義兄弟に……」
 魏延は感激しているようだった。
「劉禅様、わたくしを漢と思ってくれていること、まことですか」と龐統が呆然と言った。
「もちろんです。おふたりは信義あり、智あり、まことに漢の中の漢であると思っております」
「そうですか。いや、素直にうれしいです」

「魏延殿、わたくしと義兄弟になっていただけますか。少々頑固な男ではありますが、よろしいですか」
「龐統殿、自分は多少自負心が強いかもしれません。それでもよろしいですか」
 ふたりは睨み合っていた。
 龐統と魏延の相性がいいかどうかは、実はわからない。もしかしたら、悪いかもしれない。私が仲立ちをすれば、大丈夫だとは思っているが。
「人間、長所があれば、欠点もあるものです。私たちは長所を尊敬し合い、欠点を許し合って、仲よく生きていきましょう。義兄弟の件、いかがですか」
「死ぬときは若君と一緒であると誓います」と魏延は言った。
「魏延殿、劉禅様はまだ幼いのです。死ぬのはわたくしたちが先ですよ」
「わっはっはっ、そうでした。自分が死んでも、若君が死ぬことはありません。しかし、若君が死んだら、自分は死にます」
「魏延殿、劉禅様は年少ですが、長兄になっていただく。それでよろしいですか」
「自分もそのつもりでした。若君の器量は劉備様に似て大きい。長兄と仰ぎます」
 ふたりは私を長兄に推してくれた。ありがたいことだ。

「では、義兄弟のちぎりを交わしましょう。私たちはこれから苦楽をともにし、力を合わせ、民のために生きていきましょう」
 私は果汁を飲み干した。龐統と魏延は「おう」と声を合わせて、酒杯を干した。
 こうして、私たち三人は義兄弟となった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

無敵の人あらば敵百万と雖も恐るるに足らず

みらいつりびと
歴史・時代
楚軍は垓下城に追いつめられていた。 四面から楚歌が湧き上がり、羽将軍は絶望し、弱気な詩を読んだ。 力拔山兮 氣蓋世  時不利兮 騅不逝  騅不逝兮 可奈何  虞兮虞兮 奈若何 「無敵の人あらば敵百万と雖も恐るるに足らず」とわたしは言った。  虞美人偽史。

三国志 群像譚 ~瞳の奥の天地~ 家族愛の三国志大河

墨笑
歴史・時代
『家族愛と人の心』『個性と社会性』をテーマにした三国志の大河小説です。 三国志を知らない方も楽しんでいただけるよう意識して書きました。 全体の文量はかなり多いのですが、半分以上は様々な人物を中心にした短編・中編の集まりです。 本編がちょっと長いので、お試しで読まれる方は後ろの方の短編・中編から読んでいただいても良いと思います。 おすすめは『小覇王の暗殺者(ep.216)』『呂布の娘の嫁入り噺(ep.239)』『段煨(ep.285)』あたりです。 本編では蜀において諸葛亮孔明に次ぐ官職を務めた許靖という人物を取り上げています。 戦乱に翻弄され、中国各地を放浪する波乱万丈の人生を送りました。 歴史ものとはいえ軽めに書いていますので、歴史が苦手、三国志を知らないという方でもぜひお気軽にお読みください。 ※人名が分かりづらくなるのを避けるため、アザナは一切使わないことにしました。ご了承ください。 ※切りのいい時には完結設定になっていますが、三国志小説の執筆は私のライフワークです。生きている限り話を追加し続けていくつもりですので、ブックマークしておいていただけると幸いです。

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

平隊士の日々

china01
歴史・時代
新選組に本当に居た平隊士、松崎静馬が書いただろうな日記で 事実と思われる内容で平隊士の日常を描いています また、多くの平隊士も登場します ただし、局長や副長はほんの少し、井上組長が多いかな

AIシミュレーション歴史小説『瑞華夢幻録』- 華麗なる夢幻の系譜 -

静風
歴史・時代
この物語は、ChatGPTで仮想空間Xを形成し、更にパラレルワールドを形成したAIシミュレーション歴史小説です。 【詳細ページ】 https://note.com/mbbs/n/ncb1a722b27fd 基本的にAIと著者との共創ですが、AIの出力を上手く引出そうと工夫しています。 以下は、AIによる「あらすじ」の出力です。 【あらすじ】 この物語は、戦国時代の日本を舞台に、織田信長と彼に仕えた数々の武将たちの壮大な物語を描いています。信長は野望を胸に秘め、天下統一を目指し勇猛果敢に戦い、国を統一するための道を歩んでいきます。 明智光秀や羽柴秀吉、黒田官兵衛など、信長に協力する強力な部下たちとの絆や葛藤、そして敵対する勢力との戦いが繰り広げられます。彼らはそれぞれの個性や戦略を持ち、信長の野望を支えながら自身の野心や信念を追い求めます。 また、物語は細川忠興や小早川隆景、真田昌幸や伊達政宗、徳川家康など、他の武将たちの活躍も描かれます。彼らの命運や人間関係、武勇と政略の交錯が繊細に描かれ、時には血なまぐさい戦いや感動的な友情、家族の絆などが描かれます。 信長の野望の果てには、国を統一するという大きな目標がありますが、その道のりには数々の試練や困難が待ち受けています。戦いの中で織り成される絆や裏切り、政治や外交の駆け引き、そして歴史の流れに乗る個々の運命が交錯しながら、物語は進んでいきます。 瑞華夢幻録は、戦国時代のダイナミックな舞台と、豪華なキャストが織り成すドラマチックな物語であり、武将たちの魂の闘いと成長、そして人間の尊厳と栄光が描かれています。一つの時代の終わりと新たな時代の始まりを背景に、信長と彼を取り巻く人々の情熱と野心、そして絆の物語が紡がれていきます。

曹操桜【曹操孟徳の伝記 彼はなぜ天下を統一できなかったのか】

みらいつりびと
歴史・時代
赤壁の戦いには謎があります。 曹操軍は、周瑜率いる孫権軍の火攻めにより、大敗北を喫したとされています。 しかし、曹操はおろか、主な武将は誰も死んでいません。どうして? これを解き明かす新釈三国志をめざして、筆を執りました。 曹操の徐州大虐殺、官渡の捕虜虐殺についても考察します。 劉備は流浪しつづけたのに、なぜ関羽と張飛は離れなかったのか。 呂布と孫堅はどちらの方が強かったのか。 荀彧、荀攸、陳宮、程昱、郭嘉、賈詡、司馬懿はどのような軍師だったのか。 そんな謎について考えながら描いた物語です。 主人公は曹操孟徳。全46話。

富嶽を駆けよ

有馬桓次郎
歴史・時代
★☆★ 第10回歴史・時代小説大賞〈あの時代の名脇役賞〉受賞作 ★☆★ https://www.alphapolis.co.jp/prize/result/853000200  天保三年。  尾張藩江戸屋敷の奥女中を勤めていた辰は、身長五尺七寸の大女。  嫁入りが決まって奉公も明けていたが、女人禁足の山・富士の山頂に立つという夢のため、養父と衝突しつつもなお深川で一人暮らしを続けている。  許婚の万次郎の口利きで富士講の大先達・小谷三志と面会した辰は、小谷翁の手引きで遂に富士山への登拝を決行する。  しかし人目を避けるために選ばれたその日程は、閉山から一ヶ月が経った長月二十六日。人跡の絶えた富士山は、五合目から上が完全に真冬となっていた。  逆巻く暴風、身を切る寒気、そして高山病……数多の試練を乗り越え、無事に富士山頂へ辿りつくことができた辰であったが──。  江戸後期、史上初の富士山女性登頂者「高山たつ」の挑戦を描く冒険記。

【短編】輿上(よじょう)の敵 ~ 私本 桶狭間 ~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 今川義元の大軍が尾張に迫る中、織田信長の家臣、簗田政綱は、輿(こし)が来るのを待ち構えていた。幕府により、尾張において輿に乗れるは斯波家の斯波義銀。かつて、信長が傀儡の国主として推戴していた男である。義元は、義銀を御輿にして、尾張の支配を目論んでいた。義銀を討ち、義元を止めるよう策す信長。が、義元が落馬し、義銀の輿に乗って進軍。それを知った信長は、義銀ではなく、輿上の敵・義元を討つべく出陣する。 【表紙画像】 English: Kano Soshu (1551-1601)日本語: 狩野元秀(1551〜1601年), Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で

処理中です...