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華佗元化

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 孫策は197年には、呉郡と丹陽郡をほぼ征服していた。
 しかし、その戦いが苛烈すぎたため、各地で反発を生み、抵抗勢力が残っていた。
 孫策は従属しない江東の豪族、厳虎、王晟、鄒他、銭銅らを容赦なく討った。
 逃げ回っていた呉郡太守の許貢は、「孫策は項羽に似ている。乱暴で手が付けられない」と朝廷に上奏しようとした。
 孫策はその上奏文を入手して怒り、許貢を捜索し、追いつめて殺した。
 許貢は穏やかで公平な太守で、善政を敷いていたため、彼を慕う者が多かった。部下たちは孫策を深く恨んだ。

 孫策の勢いは止まらなかった。
 太史慈を先鋒とし、周瑜を軍師として、会稽郡に進出した。
 孫策の戦法は、電撃的な速攻であった。騎兵と水軍を使って、敵の予期せぬ地点に兵を出現させ、奇襲した。
 抗し得る勢力はおらず、戦えば必ず勝ち、会稽郡も奪取。

 199年、仲皇帝袁術崩御。
 廬江郡太守劉勲が、旧袁術軍を吸収した。彼の本拠地は晥県であった。
 孫策は廬江郡を狙った。
 ともに豫章郡の賊を討とうと誘い、劉勲が出陣した隙に、晥城を奇襲し、陥落させた。
 劉勲は荊州江夏郡太守黄祖の支援を受けて、再起をかけて孫策と戦ったが、完敗した。

 孫策は常に敵を求めて、戦いつづけている。
 周瑜も拡張主義者で、孫策に天下を統一させたいと思っていた。
「北が不穏なことになっています。曹操と袁紹の決戦は近いでしょう」
「許都に奇襲をかけることはできるかな」
「北馬南船という言葉があります。中原を攻撃するなら、騎兵を巧みに使うべきですね」
「騎兵の指揮は得意だ」
 ふたりの目は曹操の根拠地、中国の首都、許に向けられた。

 ところで、後漢末期に名医がいた。
 麻沸散と呼ばれる麻酔薬を使って患者を眠らせ、外科手術を行い、患部を切り取って、不治の病も治してのける。
 この時代の中国に、開腹手術をする医師は他にいない。西域の技術を学んでいる。貧しい人も治療するので、民衆から神医と呼ばれた。
 名を華佗元化という。曹操と同じ譙県の生まれだが、生年は遥かに古く、すでに百歳を超えると言われていた。
 しかし彼は、いつも若々しい。
 五禽戯と呼ばれる体操健康法を持っていた。虎、鹿、熊、猿、鳥の五種の運動があった。

 華佗は旅の医者であった。
 持てる者からは大金をもらい、貧しい者は無償で治療してやりながら、中国を放浪している。若い頃には、イランまで行き、麻酔や医術を学んだ。
 その華佗が、いつの間にか孫策の軍に入り込んで、怪我をした兵の治療をしていた。200年頃のことである。

「医者殿、かたじけない」と孫策は礼を言った。
「殺しすぎておられますなあ」
 華佗は腐った腕を切り落とすため、酒に混ぜた麻沸散を兵に飲ませていた。
「揚州に来てみたら、たいそう血なまぐさい。江東の小覇王と言うと、聞こえはいいが、ただの殺戮者ですなあ」
「妖術者め」
 孫策を愚弄されて太史慈が怒り、剣を抜いた。
「待て」
 孫策は華佗に興味を持った。
 華佗は兵を眠らせ、腕を切り、傷口を洗い、消毒し、丁寧に包帯を巻いた。
「あなたは確かに神医であるようだ」
「医者は患者を治す。王は国を直すべきではありませんかな」
 そう言いながら、毒矢を射られた次の患者を診察している。

 華佗は孫策軍に従軍するようになり、怪我をした兵を治療した。捕虜もわけへだてなく治した。
 孫策は完全に惚れ込んだ。
「わが軍医となってほしい」
「医者など、武人に比べれば、奴隷のようなものですなあ」
「地位なら、将校と同様とします」
「考えてみてもよいですが、もっと薬草が欲しい。小覇王殿の狩り場に生えております」 
 孫策は狩猟が趣味である。薬草の特徴を詳しく聞いた。

 孫策が狩猟に出た日、薬草の群生地を見張っている者がいた。
 許貢の配下にいた弓の名手である。
 孫策が薬草を見つけて、馬から降りると、毒矢を射た。孫策の肩をつらぬいた。
 周瑜や太史慈らが懸命に華佗を捜したが、名医の姿はどこにもなかった。

 孫策は即死しなかったが、毒は全身に回っていた。力が入らず、死が近寄っているのがわかった。
「華佗が、おれは殺しすぎていると言っていたな……」
 自嘲ぎみにつぶやく。
「権を呼んでくれ……」

 孫策は、弟の孫権を後継者に指名した。
「軍を率いて戦場を駆け、敵軍を蹴散らすようなことは、おまえはおれには及ばない。しかし、江東を守り、栄えさせるのは、権の方が向いているだろう」
「父上につづいて、兄上まで失いたくありません。どうか治療に専念なさって、お身体を治してください」
「華佗が去ってしまった。もう助からん。あいつは、この国からおれを切除する手術をしたのだ……」
「あの医者を放置するべきではなかった」と周瑜が苦々しくつぶやいた。
「権、父上もおれも、戦いを急ぎすぎたのかもしれん。それが死を招いた真因だ。おまえはゆっくりやれ」
「はい」
「だが、誰かが攻めてきたら、勇気を持って立ち向かえ。いつか北から脅威が来る……」
 それが孫策の最後の言葉となった。
 赤壁の戦いを予言するような遺言であった。

 荀彧が、曹操に孫策の死を伝えた。
「そうか、死んだか。江東の小覇王、一度会ってみたかったな」
「孫堅に似ていたそうです。華佗が手紙に書いていました」
「そう言えば、最近華佗の姿を見ないな。頭痛薬を処方してほしいのだが」
 曹操は頭痛が持病で、同郷の華佗は主治医だった。
「華佗はいま、南方をふらついているようです」
 曹操は荀彧をじっと見つめた。
「もう用は済んだのだろう。呼び戻してくれ」

 曹操は官渡へ向かって出陣した。兵力は五万であった。
 敵袁紹は三十万もの兵を率いて、鄴県から出発しようとしていた。  
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