37 / 61
赤壁の戦い
しおりを挟む
208年冬、曹操軍と孫劉連合軍は、長江を挟んで対峙した。
赤壁の戦いが始まったのである。
曹操軍の兵力は四十万。連合軍は四万にすぎない。
劉備は十倍の敵と対決することに不安を感じたが、周瑜は平然としていた。
周瑜と孔明が打ち合わせをした。
「劉備軍は、私の指揮下に入ってください」と周瑜は要求した。
「わが軍は揚州軍に協力しますが、指揮権はあくまでも劉備様にあります。それは譲ることはできません」と孔明はつっぱねた。
周瑜は鼻白んだが、無理強いはしなかった。
「総攻撃のときは、歩調を合わせてくださいよ」と言うにとどめた。
曹操の大水軍が、長江北岸の烏林から出撃し、南岸の赤壁へ迫ってきた。
周瑜はただちに迎撃を命じた。
「水戦では、周瑜殿の指揮に従え」と劉備は旗下に指示した。
曹操は大軍で一気に押しつぶそうとしてきたが、周瑜は水軍を巧みに指揮して、曹操水軍を自軍の下流に誘導した。
水戦では、上流にいる軍の勢いが強い。初戦は連合軍が勝った。
曹操側はいくらか軍船を沈没させられて、退却した。
水軍戦術においては、揚州軍の優越が明らかとなった。
以後、曹操は船を温存することにし、烏林に大軍をとどめて、守勢に転じた。
連合軍が攻めてきた場合のみ、迎撃した。
完全に守りをかためた曹操軍を攻略することはむずかしく、戦線は膠着した。
「曹操軍に精彩がないな」と赤壁から対岸を遠望しながら、劉備はつぶやいた。
「どうやら、敵陣では疫病が流行しているようです」と孔明は答えた。
「疫病?」
「はい。曹操軍は兵糧が全軍に行き渡らず、兵が飢え、弱っています。その上、慣れない南方の風土に悩まされ、疫病が流行り始めたのです。曹操は軍事よりも、疫病対策に忙殺されているらしいです」
「そうか。この戦、勝てるかもしれんな」
「勝たなくてはなりません。ここが正念場です」
孔明は周瑜と頻繁に会った。
「曹操軍を撃滅する作戦はありますか?」と孔明はたずねた。
「火攻めをしたいと考えています」と周瑜は答えた。
孔明はしばらく考え込んだ。
「風向きが悪いですね」
「そうなのです」
この季節、この地域では、北西の風が吹く。
その風向きでは、敵の船を焼くと、味方の船に飛び火してしまう。
「南東の風が吹くのを待っています。風が逆になれば、総攻撃を仕掛けます」
周瑜は多数の快速船に薪と油を乗せ、いつでも火攻めができるように準備した。
快速船団は燃えたまま曹操水軍に突入する決死隊である。
決死隊の指揮官には、孫堅の代から仕えている宿将、黄蓋が志願した。
彼はこの戦いを孫家に対する最後の奉公と考え、死を賭して敵を撃ち破る覚悟を決めていた。
曹操軍の動きは鈍い。
疫病の流行は深刻だった。
曹操は医者を大量に雇い、野戦病院を設営して、疫病に罹った兵士たちを療養させていた。
数万の兵士が、病気のために戦線から離脱している。
「殿、ここはいったん、撤退するべきではありませんか」と曹操の軍師、賈詡は進言した。
「だめだ。この戦いに勝利すれば、私の天下統一は成るのだ。踏ん張らねばならん」
曹操はそう答えたが、心中では迷いに迷っていた。
私は揚州軍ではなく、疫病に負けるのか……。
そして、南東の風が吹いた。強風。
黄蓋隊が曹操水軍に突入した。
黄蓋は敵船と接触する寸前に自船を燃えあがらせ、曹操の船に激突させ、長江に飛び込んだ。
快速船の船首には鈎針が取り付けられていて、敵船にぶつかったら簡単には離れないようになっている。
他の快速船も同じように突入し、激突した。
長江を懸命に泳ぐ決死隊員を、救助船の乗組員が引き上げていった。
黄蓋は死を覚悟していたが、生き延びた。
曹操の大船団は燃えあがった。
火の海が生じた。
北西の季節風が毎日吹いていたので、火攻めに対する警戒は薄かった。
逆風になった日に奇襲され、曹操はまんまとやられてしまったのだ。
荊州中から集めてきた船はことごとく焼け、船上の兵士たちの多くが焼け死ぬか、長江に飛び込んで溺死するという末路をたどった。
「なんということだ……」
曹操は呆然と燃え沈む船団を眺めていた。
「殿、負けました。退却するしかありません」と賈詡が叫んだ。
「ああ……」
曹操は返答とも嘆きともつかぬ声を発し、突っ立っていた。
周瑜と劉備の軍が長江北岸に上陸し、火攻めから掃討戦に移ろうとしている。
「殿!」
賈詡から耳元で叫ばれ、曹操は我に返った。
「わかった。ただちに撤退する。全軍、江陵城へ向かえ」
「殿、援護します。馬に乗ってください」
許褚が曹操の馬を引いてやってきた。
「おお、虎痴か。頼む、私を守ってくれ」
虎痴とは、許褚のあだ名である。虎のように強いが、頭の回転が鈍いために、そう呼ばれていた。
許褚はそのあだ名を嫌い、曹操以外が言うと怒った。曹操は愛情を込めて、虎痴と呼びつづけている。
「そこにいるのは曹操か。その命、もらったぞ」
張飛の隊が襲ってきた。
「殿、ここはおれが防ぎます。逃げてください!」
「虎痴、死ぬなよ!」
許褚隊と張飛隊がぶつかった。
両隊は互角だった。許褚が奮戦している間に、曹操は脱兎のごとく逃走した。
曹操軍は赤壁の戦いで大敗北した。十万を超す兵士が死傷。
しかし、曹操は江陵城へ逃げ延び、死ななかった。
曹操は曹仁に三万の兵を与えて城を守らせることにし、自身は傷心を抱えて許都へ帰還した。
孫劉連合軍が進軍してきて、江陵城を包囲した。
「こんな城はひと揉みにして、荊州を征服してやる」
周瑜は意気盛んだった。
赤壁の戦いが始まったのである。
曹操軍の兵力は四十万。連合軍は四万にすぎない。
劉備は十倍の敵と対決することに不安を感じたが、周瑜は平然としていた。
周瑜と孔明が打ち合わせをした。
「劉備軍は、私の指揮下に入ってください」と周瑜は要求した。
「わが軍は揚州軍に協力しますが、指揮権はあくまでも劉備様にあります。それは譲ることはできません」と孔明はつっぱねた。
周瑜は鼻白んだが、無理強いはしなかった。
「総攻撃のときは、歩調を合わせてくださいよ」と言うにとどめた。
曹操の大水軍が、長江北岸の烏林から出撃し、南岸の赤壁へ迫ってきた。
周瑜はただちに迎撃を命じた。
「水戦では、周瑜殿の指揮に従え」と劉備は旗下に指示した。
曹操は大軍で一気に押しつぶそうとしてきたが、周瑜は水軍を巧みに指揮して、曹操水軍を自軍の下流に誘導した。
水戦では、上流にいる軍の勢いが強い。初戦は連合軍が勝った。
曹操側はいくらか軍船を沈没させられて、退却した。
水軍戦術においては、揚州軍の優越が明らかとなった。
以後、曹操は船を温存することにし、烏林に大軍をとどめて、守勢に転じた。
連合軍が攻めてきた場合のみ、迎撃した。
完全に守りをかためた曹操軍を攻略することはむずかしく、戦線は膠着した。
「曹操軍に精彩がないな」と赤壁から対岸を遠望しながら、劉備はつぶやいた。
「どうやら、敵陣では疫病が流行しているようです」と孔明は答えた。
「疫病?」
「はい。曹操軍は兵糧が全軍に行き渡らず、兵が飢え、弱っています。その上、慣れない南方の風土に悩まされ、疫病が流行り始めたのです。曹操は軍事よりも、疫病対策に忙殺されているらしいです」
「そうか。この戦、勝てるかもしれんな」
「勝たなくてはなりません。ここが正念場です」
孔明は周瑜と頻繁に会った。
「曹操軍を撃滅する作戦はありますか?」と孔明はたずねた。
「火攻めをしたいと考えています」と周瑜は答えた。
孔明はしばらく考え込んだ。
「風向きが悪いですね」
「そうなのです」
この季節、この地域では、北西の風が吹く。
その風向きでは、敵の船を焼くと、味方の船に飛び火してしまう。
「南東の風が吹くのを待っています。風が逆になれば、総攻撃を仕掛けます」
周瑜は多数の快速船に薪と油を乗せ、いつでも火攻めができるように準備した。
快速船団は燃えたまま曹操水軍に突入する決死隊である。
決死隊の指揮官には、孫堅の代から仕えている宿将、黄蓋が志願した。
彼はこの戦いを孫家に対する最後の奉公と考え、死を賭して敵を撃ち破る覚悟を決めていた。
曹操軍の動きは鈍い。
疫病の流行は深刻だった。
曹操は医者を大量に雇い、野戦病院を設営して、疫病に罹った兵士たちを療養させていた。
数万の兵士が、病気のために戦線から離脱している。
「殿、ここはいったん、撤退するべきではありませんか」と曹操の軍師、賈詡は進言した。
「だめだ。この戦いに勝利すれば、私の天下統一は成るのだ。踏ん張らねばならん」
曹操はそう答えたが、心中では迷いに迷っていた。
私は揚州軍ではなく、疫病に負けるのか……。
そして、南東の風が吹いた。強風。
黄蓋隊が曹操水軍に突入した。
黄蓋は敵船と接触する寸前に自船を燃えあがらせ、曹操の船に激突させ、長江に飛び込んだ。
快速船の船首には鈎針が取り付けられていて、敵船にぶつかったら簡単には離れないようになっている。
他の快速船も同じように突入し、激突した。
長江を懸命に泳ぐ決死隊員を、救助船の乗組員が引き上げていった。
黄蓋は死を覚悟していたが、生き延びた。
曹操の大船団は燃えあがった。
火の海が生じた。
北西の季節風が毎日吹いていたので、火攻めに対する警戒は薄かった。
逆風になった日に奇襲され、曹操はまんまとやられてしまったのだ。
荊州中から集めてきた船はことごとく焼け、船上の兵士たちの多くが焼け死ぬか、長江に飛び込んで溺死するという末路をたどった。
「なんということだ……」
曹操は呆然と燃え沈む船団を眺めていた。
「殿、負けました。退却するしかありません」と賈詡が叫んだ。
「ああ……」
曹操は返答とも嘆きともつかぬ声を発し、突っ立っていた。
周瑜と劉備の軍が長江北岸に上陸し、火攻めから掃討戦に移ろうとしている。
「殿!」
賈詡から耳元で叫ばれ、曹操は我に返った。
「わかった。ただちに撤退する。全軍、江陵城へ向かえ」
「殿、援護します。馬に乗ってください」
許褚が曹操の馬を引いてやってきた。
「おお、虎痴か。頼む、私を守ってくれ」
虎痴とは、許褚のあだ名である。虎のように強いが、頭の回転が鈍いために、そう呼ばれていた。
許褚はそのあだ名を嫌い、曹操以外が言うと怒った。曹操は愛情を込めて、虎痴と呼びつづけている。
「そこにいるのは曹操か。その命、もらったぞ」
張飛の隊が襲ってきた。
「殿、ここはおれが防ぎます。逃げてください!」
「虎痴、死ぬなよ!」
許褚隊と張飛隊がぶつかった。
両隊は互角だった。許褚が奮戦している間に、曹操は脱兎のごとく逃走した。
曹操軍は赤壁の戦いで大敗北した。十万を超す兵士が死傷。
しかし、曹操は江陵城へ逃げ延び、死ななかった。
曹操は曹仁に三万の兵を与えて城を守らせることにし、自身は傷心を抱えて許都へ帰還した。
孫劉連合軍が進軍してきて、江陵城を包囲した。
「こんな城はひと揉みにして、荊州を征服してやる」
周瑜は意気盛んだった。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

曹操桜【曹操孟徳の伝記 彼はなぜ天下を統一できなかったのか】
みらいつりびと
歴史・時代
赤壁の戦いには謎があります。
曹操軍は、周瑜率いる孫権軍の火攻めにより、大敗北を喫したとされています。
しかし、曹操はおろか、主な武将は誰も死んでいません。どうして?
これを解き明かす新釈三国志をめざして、筆を執りました。
曹操の徐州大虐殺、官渡の捕虜虐殺についても考察します。
劉備は流浪しつづけたのに、なぜ関羽と張飛は離れなかったのか。
呂布と孫堅はどちらの方が強かったのか。
荀彧、荀攸、陳宮、程昱、郭嘉、賈詡、司馬懿はどのような軍師だったのか。
そんな謎について考えながら描いた物語です。
主人公は曹操孟徳。全46話。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

猿の内政官の息子 ~小田原征伐~
橋本洋一
歴史・時代
※猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~という作品の外伝です。猿の内政官の息子の続編です。全十話です。
猿の内政官の息子、雨竜秀晴はある日、豊臣家から出兵命令を受けた。出陣先は関東。惣無事令を破った北条家討伐のための戦である。秀晴はこの戦で父である雲之介を超えられると信じていた。その戦の中でいろいろな『親子』の関係を知る。これは『親子の絆』の物語であり、『固執からの解放』の物語である。

転生一九三六〜戦いたくない八人の若者たち〜
紫 和春
SF
二〇二〇年の現代から、一九三六年の世界に転生した八人の若者たち。彼らはスマートフォンでつながっている。
第二次世界大戦直前の緊張感が高まった世界で、彼ら彼女らはどのように歴史を改変していくのか。

【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら
もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。
『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』
よろしい。ならば作りましょう!
史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。
そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。
しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。
え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw
お楽しみください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる