劉備が勝つ三国志

みらいつりびと

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趙雲子龍

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 白馬の戦いで敗れ、顔良を失った袁紹は不機嫌であった。
 彼はいらだちを作戦を提案した郭図にぶつけた。
「負けたではないか。おまえの策ははずれたぞ、愚か者め!」
 郭図は鉄面皮だった。表情を変えず、じろりと劉備を睨んだ。
「関羽が偽りの降伏をし、顔良殿をだまし討ちにしたのが悪いのです。劉備殿、あなたは曹操に通じているのではないですか」

 劉備は徐州で曹操に敗北し、袁紹を頼って冀州に来ていた。
 袁紹はなにかの利用価値があるだろうと考えて、敗将を受け入れた。
 曹操との戦いで働いてもらおうと思い、黎陽に連れてきた。
 ところが、劉備の義弟の関羽が袁紹の誇る勇将、顔良を斬ってしまったのである。
 郭図は白馬で負けた責任を劉備に押しつけようとした。

 劉備はあわてなかった。
「関羽は私の義弟ですが、いまは連絡を取り合っていません。曹操とはなおさらです。私は徐州を彼に奪われたのですよ」
 袁紹の目を見て言った。やましいところはない。

「わしが顔良の仇を討つ。関羽を殺す。劉備殿、文句はあるまいな」と言ったのは、巨体の猛将、文醜。彼は顔良の親友であった。
「はあ……」
 劉備はあいまいな笑みを浮かべた。文醜程度の男に、関羽が討てるはずがないと思っている。

「文醜殿の意気やよし。殿、文醜殿と劉備殿に曹操を討たせようではありませんか。劉備殿も疑いを晴らすために、懸命に働くでしょう」と郭図が言った。
 いつの間にか容疑者扱いをされている。劉備は苦笑した。
「戦力の小出しは避けるべきです。大軍を有効活用し、じっくりと敵軍を撃ちましょう」
 沮授は真っ当な意見を言ったが、郭図はそれに噛みついた。
「船が足りない。全軍で一度に渡河することはできません。敵はまだ疲れているはずです。溌剌とした文醜殿が出陣すれば、曹操軍など蹴散らせるでしょう」
 袁紹は景気のいい言葉を好む。その気になった。
「文醜、出撃せよ。劉備殿にも行ってもらう。よいな?」
 劉備は沮授の意見が正しいと思ったが、ここで拒否しては、袁紹にうとまれるのは目に見えている。
 やむを得ず、「はい」と答えた。

「出撃することになった。文醜殿とともに対岸へ渡る」
 劉備は彼の陣に戻ってきて、淡々と言った。
 いま彼のもとにいる家臣は簡雍と孫乾で、他の者とは徐州脱出後、連絡が取れていない。
 関羽と張飛がいないのが不安要素だったが、このとき劉備の陣に趙雲がいた。

 趙雲子龍は、かつて公孫瓚の配下だった。
 黄巾賊討伐の際に劉備と知り合っている。
 劉備は趙雲のことを「素晴らしい若者だ」と思った。
 趙雲は劉備の鷹揚とした雰囲気に惹かれて、「この人のもとで戦いたい」と思ったが、すでに公孫瓚の部下。
 そのときは縁がなかった。
  
 公孫瓚滅亡後、趙雲は袁紹軍に組み込まれた。
 降兵なので不遇である。超人的な武力を持っているのに、小隊を率いる程度の仕事しか任されていない。
 劉備の姿を鄴で見かけて、趙雲は狂喜した。すぐさま配置換えを希望し、客将のもとへ行った。
 劉備は再会を喜び、彼を歓待した。同じ天幕で眠るほどの付き合いをした。
 このとき関羽と張飛がいなかったのが、趙雲にとっての好運であった。劉備は第三の豪傑をことのほか頼りにした。

 趙雲は槍の達人。
 長さ九尺の剛槍、涯角槍を使いこなしている。
 趙雲が槍の練習をする姿を見て、劉備は手放しで褒めた。
「子龍はすごいな。そんな重い槍を軽々と扱って。頼りにしてるぞ」
 劉備がそんなふうに言ってくれて、趙雲はうれしかった。
 公孫瓚も袁紹も、彼をちょっと強いだけの不良青年だと思って、重く遇してはくれなかった。
 劉備だけが目をきらきらと輝かせて、頼りにしてくれるのだ。
 士はおのれを知る者のために死す、と言われる。
 趙雲は、劉備のために死のう、と心に決めた。

 劉備隊は文醜隊とともに出撃準備をした。
 その頃、曹操軍の陣地が、白馬から延津へ動いた。
 これは荀攸が仕掛けた誘いであった。
 敵の移動中がチャンスと見て、文醜は急いで渡河した。当然、劉備隊もつづかなくてはならない。
 黄河南岸で輜重隊が遅れて、曹操の本隊を追っていた。その歩みはのろい。
 文醜は引き寄せられた。

「見え見えの罠じゃねえか……」
 劉備は文醜の無鉄砲さに呆れた。
 思ったとおり伏兵が現れて、文醜隊を取り囲んだ。あっという間に全滅の危機に陥った。
「ちくしょう、見殺しにはできねえ」
 劉備隊は決死の救出戦を行った。

 伏兵はかなりの大軍で、楽進と于禁が指揮していた。
 曹操の中軍も反転してきた。
 劉備は、おれの隊も全滅するかと思って顔面蒼白になったが、趙雲は少しも悲愴さを見せず、いきいきと戦った。
 彼は果敢に突撃し、突出していた楽進と戦った。その剣を涯角槍でパキンと折った。
「なんだと?」
 短剣ほどの長さになってしまった武器を見て、楽進は一瞬呆然とした。さらに槍が突き出されてくる。かなわじと思い、逃げた。
 趙雲は深追いせず、すぐ別の兵に長槍を向けた。涯角槍を突き、振り、縦横無尽に戦った。敵の目からは、戦闘狂にしか見えなかった。
 笑顔で血の雨を降らす身長八尺の美しい武人を目撃して、曹操も于禁もおののいた。
 趙雲の働きで、文醜隊は全滅をまぬがれた。
 
 しかし、文醜自身は乱戦の中で戦死した。
 劉備は惨憺たる有り様の敗軍を船に収容し、北岸に逃れた。
 袁紹は文醜隊の副将から、劉備隊がよく戦ったおかげで全滅しなくて済みましたとの報告を受けた。
 彼は、「よく戦ってくれた」と劉備をねぎらった。
 敗戦がつづいたため、華北四州の覇者の目は落ちくぼみ、隈ができている。
 あれ、ずいぶんと弱っているな、と劉備は思った。

 袁紹には粘着質なところがある。
「だが、なぜ負けた?」
 彼はねぎらったすぐ後で、じっとりとした声で劉備をなじった。
「すみません」
 劉備は素直にあやまった。
「曹操ごときになぜ負ける?」
「けっこう手ごわいですよ、あの人」
「そうなのか? 公孫瓚よりもか?」
「ああ、たぶん公孫瓚殿より強いですね」
「公孫瓚より強い? あの軽薄な曹操が?」
 袁紹と曹操は、青年時代に付き合いがあった。その頃、曹操はやんちゃな不良であった。
 袁紹には曹操が強敵とはとうてい思えなかった。顔良や文醜が負けたのが、不思議でならない。郭図が主張するように、速戦で簡単に倒せると信じていた。
 ところが二連敗した。
 華北の総帥の顔はやつれ、微かに震えている。
 この男は曹操には勝てそうにない、と劉備は感じた。
 早めに袁紹軍から離脱しよう……。

 劉備は自陣に戻り、趙雲に声をかけた。
「子龍のおかげで死なずに済んだ。おまえは命の恩人だ。これからも頼むぞ」
 それを聞いて趙雲は感激し、ますます劉備のことが好きになった。
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