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自由と孤独

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 カラハユットのペンションで温泉に浸かりながら、わたしは自由だ、と思った。そして孤独だ。
 自由で孤独だから、どこへでも行ける。
 どこへでも……。
 そろそろ次の国へ行くことにしよう。

 カッパドキアとパムッカレで50,400円使った。
 移動費6,300円。
 宿泊費32,000円。
 食費5,700円。
 その他6,400円。これは大半がカッパドキア1日観光タクシー代だ。
 これまでの総支出767,000円。
 旅費残金9,233,000円。 

 パムッカレからバスでイスタンブールへ行き、そこから鉄道に乗ってギリシアへ入った。
 5月16日の夕刻にわたしはアテネに到着し、アクロポリスの近くにあるホテルにチェックインした。
 そしてタベルナへ行った。
 ムール貝のピラフとスミイカの赤ワインソース煮を食べ、ウゾを飲んだ。
 ウゾはワインをつくった後のブドウの搾りかすを蒸留したギリシアの地酒だ。
 甘くスパイシーなアニスの香りがつけてある。
 アルコール度数は40度前後。無色透明な酒だが、水を注ぐと白濁する。
 わたしはウゾ1対水1で割り、20度にして飲んでいた。
 ウゾは海鮮に合うと言われている。
 ゆっくりと飲み、イカを食べると、しあわせの味がした。
 タベルナの窓から、高い丘の上の都市、アクロポリスが見える。
 明日、観光する予定だ。
 わたしは自由だから、なにを食べてもいいし、孤独だから、なにを飲んでも怒られない。
 ウゾをおかわりし、小エビのサガナキを注文した。
 サガナキとはチーズ焼きのこと。溶けたチーズをからめて食べるエビは極上。旨さの二乗だ。
 酔っ払ってきたかな。旨さの二乗ってなんだ?
「酒はほどほどにしておきなさい、お嬢さん」
 わたしの対面にあごひげが長く、額の広いおじさんが座っていた。使い古したウールの一枚布を身体に巻きつけている。
 彼は水を飲み、大麦のお粥を食べていた。  
「どれだけ飲もうとわたしの自由よ」
 やはり酔っていたのだろう。わたしは反抗的に言った。
「自由とはなんだ?」
「やりたいことをやりたいようにやることかな」
「人間に自由などあるのか?」
「そりゃああるでしょう。現にわたしは好きなだけウゾを飲み、食べたいものを食べている」
「あんたはもう酔っ払っておるようだ。これ以上酒は飲めんぞ」
「飲めるわよ」
 わたしは逆らうためにだけ、またウゾをおかわりした。
 飲んでも美味しいとは感じられなかった。
 サガナキを食べたが、エビは冷めていて、チーズは冷えてとろみを失い、固まっていた。
 美味しくない。
「あなたのこと、知っているわよ」とわたしは言った。
「ほう? 初対面だと思うが」
「あなたは有名人よ。釈迦、キリスト、孔子と並んで、四聖人と呼ばれているわ」
「釈迦もキリストも孔子も知らんし、わしは聖人などではない」
「あなたはソクラテスさん。無知の自覚を持っている。そのことによって有名になり、後世まで名前が轟くことになる」
「わしの名が後世に残るはずがない。わしは書きものを残さん」
 ソクラテスとわたしの会話をそばに立っている真面目そうな青年がメモしていた。プラトンだ。
「そこにいるプラトンさんがあなたを主人公にした著作を残します」
「プラトン、いちいちわしの会話を記録するのはやめてくれ。文字など死んだ会話だ。リズムある生きた対話にこそ価値がある」
「私などの生きた会話より、師匠の会話の記録の方が価値があります」
 プラトンは大真面目にそう思っているようだった。
「お嬢さん、とにかく飲みすぎはよくない。節制しなさい。それとプラトン、メモをやめろ」
 ソクラテスはお粥を掻き込み、席を立って、支払いを済ませ、逃げるように店を出た。
 その後をプラトンが追った。
 わたしはしかたなく冷えたサガナキを食べ、ウゾを無理してのどに流し込んだ。
 立つと、ふらついた。
 ソクラテスの教えに従い、飲みすぎないようにしよう。
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