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靴磨き
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トプカプ宮殿から退場したとき、わたしはひとつの変化に気づいた。
宮殿に入る前は、確かに白いスニーカーを履いていたのだが、いまは黒いローファーに変わっている。
高校生のときに履いていた靴に似ている。
そのローファーは長い旅路を経てくたびれ、埃にまみれていた。
10代後半に見える少年がわたしに声をかけてきた。
「靴磨きをさせてもらえませんか? 1回10リラです」
少年は穏やかな笑みを浮かべていて、好感を持つことができた。
ローファーを履いている以上、ピカピカにしているべきだ。
10リラならいいだろう、とわたしは思った。50円だ。
「お願いします」
少年はわたしをパイプ椅子に座らせた。
彼は地面に直接座り、わたしの足を手に取って、布でローファーを拭いた。
ローファーには埃だけでなく泥もついていた。
少年は丁寧に左右の靴の汚れを拭い取った。
次に、少年は別の布で、ローファーに黒いクリームを塗っていった。
クリームを薄く伸ばし、まんべんなく塗った。
靴にしわが寄っている箇所があったが、しわに沿って丁寧にクリームを塗り入れた。
灰色っぽくなっていたローファーが、艶めいた黒になり、よみがえった感じがした。
仕上げに、さらに別の布で磨き上げてくれた。
新品同様とはいかないが、ローファーは陽光を照り返すようになった。
10リラの仕事としては充分だ。なんなら20リラ支払ってもいい。
わたしは感謝の意を表すため、少年に20リラ渡そうとした。
彼は受け取らなかった。
「あんた、日本人だろ? 1万円支払え」
さっきまで浮かべていた微笑みは、瞬間的に邪悪な笑みにすり替わった。
わたしの左右に別の少年が立っている。3人に包囲されていた。
騙された!
ここは異国で、文化も治安も日本とはちがうのだということを実感した。
わたしは20リラ紙幣を靴磨きをした少年に投げつけ、後ろを向いて、全力疾走した。
走って走って走って、雑踏の中に逃げ込んだ。
少年たちは追ってこなかった。
はあはあ、と荒い息をしながら、わたしは自分の靴を見た。
ローファーではなく、白いスニーカーを履いていた。
宮殿に入る前は、確かに白いスニーカーを履いていたのだが、いまは黒いローファーに変わっている。
高校生のときに履いていた靴に似ている。
そのローファーは長い旅路を経てくたびれ、埃にまみれていた。
10代後半に見える少年がわたしに声をかけてきた。
「靴磨きをさせてもらえませんか? 1回10リラです」
少年は穏やかな笑みを浮かべていて、好感を持つことができた。
ローファーを履いている以上、ピカピカにしているべきだ。
10リラならいいだろう、とわたしは思った。50円だ。
「お願いします」
少年はわたしをパイプ椅子に座らせた。
彼は地面に直接座り、わたしの足を手に取って、布でローファーを拭いた。
ローファーには埃だけでなく泥もついていた。
少年は丁寧に左右の靴の汚れを拭い取った。
次に、少年は別の布で、ローファーに黒いクリームを塗っていった。
クリームを薄く伸ばし、まんべんなく塗った。
靴にしわが寄っている箇所があったが、しわに沿って丁寧にクリームを塗り入れた。
灰色っぽくなっていたローファーが、艶めいた黒になり、よみがえった感じがした。
仕上げに、さらに別の布で磨き上げてくれた。
新品同様とはいかないが、ローファーは陽光を照り返すようになった。
10リラの仕事としては充分だ。なんなら20リラ支払ってもいい。
わたしは感謝の意を表すため、少年に20リラ渡そうとした。
彼は受け取らなかった。
「あんた、日本人だろ? 1万円支払え」
さっきまで浮かべていた微笑みは、瞬間的に邪悪な笑みにすり替わった。
わたしの左右に別の少年が立っている。3人に包囲されていた。
騙された!
ここは異国で、文化も治安も日本とはちがうのだということを実感した。
わたしは20リラ紙幣を靴磨きをした少年に投げつけ、後ろを向いて、全力疾走した。
走って走って走って、雑踏の中に逃げ込んだ。
少年たちは追ってこなかった。
はあはあ、と荒い息をしながら、わたしは自分の靴を見た。
ローファーではなく、白いスニーカーを履いていた。
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