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ステーキハウス

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「誰がリーダーだ?」
 いかつい顔の男は若草物語のメンバーを見回した。
「あたしです」
「おまえか、美人だな。おれはこういう者だ」
 男は名刺を樹子に渡した。
『株式会社ヘブンライフレコード 取締役 泉山茂』と書かれていた。樹子は驚いた。
「レコード会社の重役さん……?」
「ああ、オレがその気になれば、おまえらのアルバムを出すことだってできる」
 みらい、ヨイチ、良彦、すみれもびっくりしていた。特にすみれは前のめりになって、樹子が受け取った名刺を見つめていた。
「おまえらと話がしたい。どうだ、腹は減ってないか? この近くに旨いステーキハウスがある。食いに行こうぜ」
「どうする?」と樹子はみんなに訊いた。
「行こうよ! レコード会社の人の話を聞いてみたい!」とすみれは即答した。
「奢ってくれるんですか?」とヨイチが訊いた。
「ああ、おまえら高校生だろ。金のことは心配するな」
「美味しい話には要注意だよ」と良彦が落ち着いた声で言った。
「行かねえのか? 嫌なら、オレは帰る」
「行きましょう。あたしも話を聞いてみたい」
 樹子が決断し、5人は泉山の後ろについて行った。
『ステーキハウス玉川』という看板がかかった山小屋風の建物の店に、泉山は入った。
「6人だ」と彼が言い、店員がテーブルに案内した。
 泉山が座った正面に樹子が陣取った。樹子の隣にみらいとすみれ、泉山の隣にヨイチと良彦が座った。
「ステーキセットを6個くれ。焼き方はミディアムだ」
 5人に「何を食う?」とも訊かず、泉山は注文した。
「なんであたしたちにステーキを奢ってくれるんですか?」
「まあまあ面白そうな音楽をやっていたからな。どういうやつらか興味を持った」
「あたしたちのことはどうして知ったんです?」
「うちの会社の事務員がこの近くに住んでる。高校生バンドがそこそこ人を集めていると聞いた」
「そうですか」
 泉山と樹子のやりとりを、みらいは呆然と聞いていた。こんな偉そうな人とよく臆せず話せるなあ、と思っていた。
 まもなく6人分のステーキセットが運ばれてきた。鉄板皿の上に置かれたビーフステーキ、ライス、コーンスープ、サラダのセットだ。
 みらいは外でビーフステーキを食べるのは初めてだった。肉には塩胡椒が振られ、レモンバターが乗っていた。
「美味しそう……」
「旨いぞ。まあ冷めないうちに食え」
 みらいはナイフとフォークを使ってステーキを切り、ひと切れを口に入れた。柔らかく口の中で溶けるようで、信じられないほど美味しかった。
 高校生たちは黙々と食べた。
 食事中の会話は「旨いだろ?」と泉山が言い、「美味しいです」と樹子が答えただけだった。
 食後、泉山は6人分のコーヒーを注文した。
「さてと、本題だ。おまえらの曲だがな、面白いと思ったよ。特にボーカル、おまえの声はいい」 
 泉山はみらいを見た。その眼光は怖ろしく鋭く、彼女は目を逸らしたくなった。
「率直に言おう。おまえらをデビューさせたくなった。でもな、そのままじゃ売れねえ」
「どうすれば売れるんです?」
「ボーカルとキーボードとパーカッション、おまえらは採用しよう。オレがどこかから、きれいな女の子のギタリストとベーシストを見つけてくる。そいつらと組んで、かわいい女の子だけのバンドになれ。残念だが、ギターとベースの男はいらねえ」
 樹子は目を見張り、みらいは表情を暗くした。すみれはつばを飲み、ゴクリと喉を鳴らした。
 ヨイチは黙り込み、良彦は静かに微笑んでいた。
「ギターとベースを切ることはできません。彼らはあたしたちの大切な仲間です」と樹子は言った。
「メジャーデビューしたくねえのか?」
「したいですよ。でも仲間を捨てることはできません。特にギタリストは曲をつくってくれています。彼なしでバンドをやっていくことはできません」
「歌詞は笑えた。だが、曲は普通だ。あの程度の曲ならオレもつくれる」
「樹子、おれは引いてもいい。デビューしたいなら、この男の話に乗れよ。かまわねえぜ」
「僕もいいよ。樹子とみらいちゃんには才能がある。足を引っ張るつもりはないよ」
 泉山は面白そうにヨイチと良彦をかわるがわるに見た。
「男たちはこう言っているぜ。どうする、リーダーちゃん?」
 樹子は苦り切って、黙り込んだ。
「何を迷っているの? いい話じゃない! デビューさせてもらおうよ!」とすみれが叫んだ。
 樹子は黙って、すみれを睨んだ。
「こんなチャンスはめったにないわ! 二度とないかもしれない! 園田さんはプロ志向なんでしょ? 私もプロになりたい! なんで迷っているのよ?」
「知らない女となんか、組みたくない……」
「甘いわよ、園田さん。綺麗事だけじゃ、きっとプロではやっていけない。この話、乗るべきよ!」
「そのとおりだ。パーカッションはわかっているじゃないか。綺麗事だけじゃ、音楽業界では生きていけないぜ」
 泉山は椅子の背もたれに身体を預け、足を組んでいた。
 樹子の額に汗がにじんだ。どうすればいいんだろう、と迷った。
 みらいは妙に冷静になって、泉山を見ていた。この人は何を言っているのだろう、と思っていた。
「樹子、何を迷っているの?」と彼女は言った。
「未来人、あなたもヨイチと良彦抜きでデビューしたいと思っているの?」
「逆だよ。そんなことはあり得ない。わたしたちはこのメンバーで若草物語なんだよ。ひとりも欠けちゃだめだよ」
 みらいの言葉に迷いはなく、その声は澄み切っていた。
「ボーカル、これはチャンスなんだぜ? 本当に二度とないかもしれねえ」
「レコード会社の取締役さん、わたしはこのメンバーとでないと、歌いたくありません。ヨイチくんの曲も普通ではありません。凄い名曲だと思います。わたしはヨイチくんの曲で歌いつづけたい」
 みらいは不思議と雄弁になっていた。心からの想いを言葉にしていた。
「未来人……」とヨイチがつぶやいた。
「ふん、面白い女だな。だが、オレの話を蹴るとは、プロ向きじゃない」
「あたしからもお断りします。ギターとベースを切ることはできません」樹子の声にも力が籠っていた。
「園田さん、何言ってるの? 断らないでよ!」すみれは金切り声をあげた。
「もう決めたわ。あたしはどうしてもこのメンバーでつづけたい。若草物語でデビューできなければ、プロになれなくてもいい」
「そうだよ、樹子! これ以上のメンバーなんて考えられないよ!」
「ボーカル、バンドなんて、すぐに崩壊するもんだぜ?」
「わたしたちは崩壊しないもん!」
 みらいは立ち上がり、夢中になって泉山に言い返していた。
「そうか。まあそれもひとつの選択肢だ。仲間と仲よく遊んでいろよ。しかしデビューの話はなしだ。今日の決断、後悔するかもな」
「あたしたちはきっとデビューして、たくさんのレコードを売ります。後悔するのは、あなたの方かもしれませんよ」と樹子は言った。
 泉山は凄絶に微笑んだ。
「そうかもしれんな。まあがんばれよ」
 彼は伝票をつかみ、去っていった。
「なんてことをしてくれたのよ! せっかくのチャンスだったのに!」
「原田さん、若草物語を辞める?」
「辞めないわよ! 樹子、絶対に私たちをデビューさせてよね!」
「すみれ、成功したいなら、バンドマスターには逆らうな!」
 樹子とすみれは睨み合った。
「怖い女たちだぜ」とヨイチが言った。
 みらいはへなへなと座り込んだ。
「みらいちゃん、凄かったね。見直したよ」
「なんか、夢中だった……」
「うん、みらいは凄かった。それでこそあたしたちのボーカルよ!」
「樹子、みらいって呼んだ……。未来人じゃなくて……」
「みらい、あなたは親友よ。あなたとずっと一緒に音楽をしていたい」
「わたしもだよ!」
 みらいは樹子に抱きついた。
「行こうぜ。またどこかでゲリラライブをしよう」
 ヨイチが席を立った。
 若草物語は、前に向かって歩いていった。
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