上 下
52 / 66

勉強と練習の日々

しおりを挟む
「期末試験は7月6日から始まるからな。またがんばれよ~」
 6月15日月曜日の朝のホームルームで小川が言った。
 みらいは緊張した。母とはいま良好な関係を築けているが、成績が落ちたら、悪化してしまうかもしれない。音楽をつづけるためにも、学業はおろそかにできなかった。
 彼女は真剣に授業を受けた。バンドの練習をしなければならないので、授業中にできるだけ吸収するのが効率的だ。彼女は教師の言葉をひと言も聞き漏らすまいと集中し、黒板に書かれた文字は残らずノートに書き写した。その授業態度は暴力教師とも呼ばれる世界史の田中をも感銘させた。
「高瀬、おまえの授業態度は素晴らしい。よくおれの話を聞いているな。それでいいんだ!」
「はい! 世界史面白いです! どこが試験に出るか教えてもらえると、もっと面白いと思います!」
「調子に乗るな、バカモン!」
 怒鳴られて、みらいは首をすくめた。
 昼休みも、食後に彼女は勉強した。数学の教科書を睨み、わからないところを良彦に訊いたりした。
 樹子はそんなみらいをあたたかい目で見つめていた。
 放課後は練習だ。
 みらいの声は少しかすれていた。
「昨日がんばりすぎたわね。声帯を傷めてはいけないわ。今日は声を出すのはやめておきなさい。帰ってもいいわよ」
「えーっ、練習したいよ!」
「無理しちゃだめよ。今日はヨイチに歌ってもらって練習するわ」
「じゃあ練習を見てる。みんなと一緒にいたい!」
「いいわよ。はい、のど飴をあげる」
「ありがとう、樹子!」
 仲睦まじい樹子とみらいを、すみれはまた羨ましそうに見つめていた。
 その日はヨイチのボーカルで、『世界史の歌』の練習をした。
 低音の声が渋い、とみらいは思った。
 練習後、彼女は自宅に帰り、母と会話しながら食事をし、夜は自室で勉強した。
 火曜日には、みらいはまた熱心に授業を受けた。
 成績別クラスはガンマ2だ。野球部の阿川のようなやかましい生徒はいなくて、彼女は勉強に集中できた。
 昼休みは樹子と学食へ行く。
「たまには美味しいものを食べたいわ」と言って、樹子は麻婆豆腐定食を選んだ。
「あ、わたしも麻婆豆腐が食べたい!」
 ふたりは並んで麻婆豆腐定食を食べた。しっかりと辛口だった。
「辛いものは大好きよ」
「わたしも。キムチも好き」
「あんまり辛いものは好きじゃない。お腹を壊すから」と対面の席で焼き魚定食を食べているジーゼンが言った。
 放課後はまた樹子の部屋へ。
「今日は歌えるよ!」
「『We love 両生類』の練習をしましょう」
「私はトライアングルだよね。どういうふうに鳴らせばいいかな?」とすみれが言った。
「トライアングルは鳴らしすぎると邪魔だわ。ここぞというときに、リーンと鳴らして!」
「ここぞというときって?」
「任せるわ。原田さんがのリズム感がいいということは、いままでの練習でわかった。あなたも頭を使って、歌を引き立てるようなパーカッションを探求してよ」
「わかったわ」
 樹子に褒められて、すみれは少しうれしかった。
『We love 両生類』は泣かせる曲調の歌だ。みらいが切々と歌うのを聴いていると、すみれは本当に泣きそうになった。
「樹子とみらいは高校以来の親友同士さ♩」という歌詞を聴いて、すみれはそこに自分の名前がないことを残念に思った。彼女はトライアングルをリーンと鳴らした。長く響く美しい音色(ねいろ)だ。
 翌日の水曜日は文芸部の活動日。
 みらいがまた歌詞をつくろうとしたが、樹子はそれを止めた。
「新曲ができると混乱するわ。いまは既存の5曲に集中したいから、書かなくていい」
「そう? わかった。じゃあ小説を書くよ!」
 みらいは原稿用紙を机に置いて、さらさらと文章を書き始めた。本当にアイデアが豊富な子だ、と樹子は思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼馴染はとても病院嫌い!

ならくま。くん
キャラ文芸
三人は生まれた時からずっと一緒。 虹葉琉衣(にじは るい)はとても臆病で見た目が女の子っぽい整形外科医。口調も女の子っぽいので2人に女の子扱いされる。病院がマジで嫌い。ただ仕事モードに入るとてきぱき働く。病弱で持病を持っていてでもその薬がすごく苦手 氷川蓮(ひかわ れん)は琉衣の主治医。とてもイケメンで優しい小児科医。けっこうSなので幼馴染の反応を楽しみにしている。ただあまりにも琉衣がごねるととても怒る。 佐久間彩斗(さくま あやと)は小児科の看護師をしている優しい仕事ができるイケメン。琉衣のことを子供扱いする。二人と幼馴染。 病院の院長が蓮でこの病院には整形外科と小児科しかない 家は病院とつながっている。

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

貸本屋七本三八の譚めぐり

茶柱まちこ
キャラ文芸
【書籍化しました】 【第4回キャラ文芸大賞 奨励賞受賞】 舞台は東端の大国・大陽本帝国(おおひのもとていこく)。 産業、医療、文化の発展により『本』の進化が叫ばれ、『術本』が急激に発展していく一方で、 人の想い、思想、経験、空想を核とした『譚本』は人々の手から離れつつあった、激動の大昌時代。 『譚本』専門の貸本屋・七本屋を営む、無類の本好き店主・七本三八(ななもとみや)が、本に見いられた人々の『譚』を読み解いていく、幻想ミステリー。

兄弟がイケメンな件について。

どらやき
BL
平凡な俺とは違い、周りからの視線を集めまくる兄弟達。 「関わりたくないな」なんて、俺が一方的に思っても"一緒に居る"という選択肢しかない。 イケメン兄弟達に俺は今日も翻弄されます。

助けてください!エリート年下上司が、地味な私への溺愛を隠してくれません

和泉杏咲
恋愛
両片思いの2人。「年下上司なんてありえない!」 「できない年上部下なんてまっぴらだ」そんな2人は、どうやって結ばれる? 「年下上司なんてありえない!」 「こっちこそ、できない年上の部下なんてまっぴらだ」 思えば、私とあいつは初対面から相性最悪だった! 人材業界へと転職した高井綾香。 そこで彼女を待ち受けていたのは、エリート街道まっしぐらの上司、加藤涼介からの厳しい言葉の数々。 綾香は年下の涼介に対し、常に反発を繰り返していた。 ところが、ある時自分のミスを助けてくれた涼介が気になるように……? 「あの……私なんで、壁ドンされてるんですか?」 「ほら、やってみなよ、体で俺を誘惑するんだよね?」 「はあ!?誘惑!?」 「取引先を陥落させた技、僕にやってみなよ」

紹嘉後宮百花譚 鬼神と天女の花の庭

響 蒼華
キャラ文芸
 始まりの皇帝が四人の天仙の助力を得て開いたとされる、その威光は遍く大陸を照らすと言われる紹嘉帝国。  当代の皇帝は血も涙もない、冷酷非情な『鬼神』と畏怖されていた。  ある時、辺境の小国である瑞の王女が後宮に妃嬪として迎えられた。  しかし、麗しき天女と称される王女に突きつけられたのは、寵愛は期待するなという拒絶の言葉。  人々が騒めく中、王女は心の中でこう思っていた――ああ、よかった、と……。  鬼神と恐れられた皇帝と、天女と讃えられた妃嬪が、花の庭で紡ぐ物語。

常世の狭間

涼寺みすゞ
キャラ文芸
生を終える時に目にするのが このような光景ならば夢見るように 二つの眼を永遠にとじても いや、夢の中で息絶え、そのまま身が白骨と化しても後悔などありはしない――。 その場所は 辿り着ける者と、そうでない者がいるらしい。 畦道を進むと広がる光景は、人それぞれ。 山の洞窟、あばら家か? それとも絢爛豪華な朱の御殿か? 中で待つのは、人か?幽鬼か? はたまた神か? ご覧候え、 ここは、現し世か? それとも、常世か?

【完結】病院なんていきたくない

仲 奈華 (nakanaka)
児童書・童話
病院なんていきたくない。 4歳のリナは涙を流しながら、なんとかお母さんへ伝えようとした。 お母さんはいつも忙しそう。 だから、言う通りにしないといけない。 お父さんは仕事で家にいない。 だから迷惑をかけたらいけない。 お婆さんはいつもイライラしている。 仕事で忙しい両親に変わって育児と家事をしているからだ。 苦しくて苦しくて息ができない。 周囲は真っ暗なのに咳がひどくて眠れない。 リナは暗闇の中、洗面器を持って座っている。 目の前の布団には、お母さんと弟が眠っている。 起こしたらダメだと、出来るだけ咳を抑えようとする。 だけど激しくむせ込み、吐いてしまった。 晩御飯で食べたお粥が全部出る。 だけど、咳は治らない。 涙を流しながら、喉の痛みが少しでも減るようにむせ続ける。

処理中です...