40 / 66
愛の火だるま
しおりを挟む
みらいが帰宅し、玄関を開けたとき、異臭がした。
プラスチックを焼いたような臭いがキッチンから漂ってきている。
嫌な予感がして、慌ててみらいはキッチンへと駆け込んだ。
——目にしたのは、音楽カセットから引き出した長いテープを、ガスコンロで焼いている母の姿。
「うわああああああ!」
みらいは絶叫して、母の手からカセットテープを奪い取った。
彼女はぶるぶると震えながら、カセットに書かれたタイトルを恐るおそる確認した。
イエロー・マジック・オーケストラの第2アルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』。代表曲『ライディーン』と『テクノポリス』が録音されている。
テープの大部分が焼かれていて、もう聴くことはできない。
流し台には他に3個のカセットテープが置いてあった。まだ燃やされてはいない。
みらいは生き残っているテープをがばっとつかんで、鞄に放り込んだ。死んでしまったテープも一緒に。
「テープを寄こしなさい!」と言った母を、鬼のような形相でみらいは睨みつけた。
樹子が録音してくれたテープ……。許せない……。
母は息を飲み、怯えた。いままでに見たことのない娘の狂気をはらんだ目。
みらいは無言でリビングに行き、レコードラックの扉を開いた。
次々とレコードを取り出し、やがて目当ての1枚を見つけ出した。
井上陽水の第3アルバム『氷の世界』。
『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』に先行してミリオンセラーとなった記録的なアルバムだ。みらいはそのレコードを母が愛好していることを知っていた。
みらいはレコードジャケットから円盤を取り出した。
母がリビングに来て、呆然と娘を見つめた。
みらいは母を見返した。
母は無表情になっていた。
娘は泣いていた。
みらいは腕に力を込め、『氷の世界』を真っ二つに割った。そしてその場に放り出した。
「…………」母は無言だった。
「…………」娘も無言だった。
ゴクリと音を立てて、母がつばを飲み込んだ。何か言おうとしたのだが、声が出ない。
みらいは恨みがましい目で母を見つめつづけていた。
また録音してもらえばいいのだが、そんなふうには思えなかった。
初めて樹子の家を訪問したときに録音してもらった大切なカセットテープ……。
みらいは母から目を背け、自室に籠った。
本気で家出を考えたが、外へ出て行く気力も残っていなかった。
その日は夕食を摂らなかった。
まったく食欲がわかなかった。
椅子に座って、何時間ぼうっとしていたかわからない。
みらいは無意識に机の引き出しから紙を取り出し、詞を書き始めた。
あっちっち あっちっち
わたしは 怒りの火だるま
赤い炎は火の粉と燃えて
血の色 マグマの色 猿のお尻の色
怒りの炎には 手足も出ない
わたしの台所は 火の車
その詞を睨んで、つまらないと思い、「怒り」を「愛」に書き換えた。
少しはマシになったように思えた。
力が湧いてきた。
ヨイチくんに曲をつけてもらおう。
そして思いっ切り歌ってやる……。
タイトルは『愛の火だるま』だ!
プラスチックを焼いたような臭いがキッチンから漂ってきている。
嫌な予感がして、慌ててみらいはキッチンへと駆け込んだ。
——目にしたのは、音楽カセットから引き出した長いテープを、ガスコンロで焼いている母の姿。
「うわああああああ!」
みらいは絶叫して、母の手からカセットテープを奪い取った。
彼女はぶるぶると震えながら、カセットに書かれたタイトルを恐るおそる確認した。
イエロー・マジック・オーケストラの第2アルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』。代表曲『ライディーン』と『テクノポリス』が録音されている。
テープの大部分が焼かれていて、もう聴くことはできない。
流し台には他に3個のカセットテープが置いてあった。まだ燃やされてはいない。
みらいは生き残っているテープをがばっとつかんで、鞄に放り込んだ。死んでしまったテープも一緒に。
「テープを寄こしなさい!」と言った母を、鬼のような形相でみらいは睨みつけた。
樹子が録音してくれたテープ……。許せない……。
母は息を飲み、怯えた。いままでに見たことのない娘の狂気をはらんだ目。
みらいは無言でリビングに行き、レコードラックの扉を開いた。
次々とレコードを取り出し、やがて目当ての1枚を見つけ出した。
井上陽水の第3アルバム『氷の世界』。
『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』に先行してミリオンセラーとなった記録的なアルバムだ。みらいはそのレコードを母が愛好していることを知っていた。
みらいはレコードジャケットから円盤を取り出した。
母がリビングに来て、呆然と娘を見つめた。
みらいは母を見返した。
母は無表情になっていた。
娘は泣いていた。
みらいは腕に力を込め、『氷の世界』を真っ二つに割った。そしてその場に放り出した。
「…………」母は無言だった。
「…………」娘も無言だった。
ゴクリと音を立てて、母がつばを飲み込んだ。何か言おうとしたのだが、声が出ない。
みらいは恨みがましい目で母を見つめつづけていた。
また録音してもらえばいいのだが、そんなふうには思えなかった。
初めて樹子の家を訪問したときに録音してもらった大切なカセットテープ……。
みらいは母から目を背け、自室に籠った。
本気で家出を考えたが、外へ出て行く気力も残っていなかった。
その日は夕食を摂らなかった。
まったく食欲がわかなかった。
椅子に座って、何時間ぼうっとしていたかわからない。
みらいは無意識に机の引き出しから紙を取り出し、詞を書き始めた。
あっちっち あっちっち
わたしは 怒りの火だるま
赤い炎は火の粉と燃えて
血の色 マグマの色 猿のお尻の色
怒りの炎には 手足も出ない
わたしの台所は 火の車
その詞を睨んで、つまらないと思い、「怒り」を「愛」に書き換えた。
少しはマシになったように思えた。
力が湧いてきた。
ヨイチくんに曲をつけてもらおう。
そして思いっ切り歌ってやる……。
タイトルは『愛の火だるま』だ!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?
青夜
キャラ文芸
東大医学部卒。今は港区の大病院に外科医として勤める主人公。
親友夫婦が突然の事故で亡くなった。主人公は遺された四人の子どもたちを引き取り、一緒に暮らすことになった。
資産は十分にある。
子どもたちは、主人公に懐いてくれる。
しかし、何の因果か、驚天動地の事件ばかりが起きる。
幼く美しい巨大財閥令嬢 ⇒ 主人公にベタベタです。
暗殺拳の美しい跡取り ⇒ 昔から主人公にベタ惚れです。
元レディースの超美しいナース ⇒ 主人公にいろんな意味でベタベタです。
大精霊 ⇒ お花を咲かせる類人猿です。
主人公の美しい長女 ⇒ もちろん主人公にベタベタですが、最強です。
主人公の長男 ⇒ 主人公を神の如く尊敬します。
主人公の双子の娘 ⇒ 主人公が大好きですが、大事件ばかり起こします。
その他美しい女たちと美しいゲイの青年 ⇒ みんなベタベタです。
伝説のヤクザ ⇒ 主人公の舎弟になります。
大妖怪 ⇒ 舎弟になります。
守り神ヘビ ⇒ 主人公が大好きです。
おおきな猫 ⇒ 主人公が超好きです。
女子会 ⇒ 無事に終わったことはありません。
理解不能な方は、是非本編へ。
決して後悔させません!
捧腹絶倒、涙流しまくりの世界へようこそ。
ちょっと過激な暴力描写もあります。
苦手な方は読み飛ばして下さい。
性描写は控えめなつもりです。
どんなに読んでもゼロカロリーです。
エンジニア(精製士)の憂鬱
蒼衣翼
キャラ文芸
「俺の夢は人を感動させることの出来るおもちゃを作ること」そう豪語する木村隆志(きむらたかし)26才。
彼は現在中堅家電メーカーに務めるサラリーマンだ。
しかして、その血統は、人類救世のために生まれた一族である。
想いが怪異を産み出す世界で、男は使命を捨てて、夢を選んだ。……選んだはずだった。
だが、一人の女性を救ったことから彼の運命は大きく変わり始める。
愛する女性、逃れられない運命、捨てられない夢を全て抱えて苦悩しながらも前に進む、とある勇者(ヒーロー)の物語。
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
後宮妖獣妃伝~侍女は脱宮を画策する~
森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行
キャラ文芸
琳国西端に位置する碌山州から、后妃候補とその侍女が後宮に発った。
姉の侍女として名乗りを上げた鈴鈴の狙い。
それはずばり——『姉の蘭蘭を、後宮から密かに救い出すこと』!
姉推しガチ勢の鈴鈴は、日々姉の美しさを愛で、悪意を跳ね除け、計画を遂行すべく奮闘する。
しかし思いがけず皇帝との関わりを持ったばかりか、ある騒動をきっかけに完全に退路を失って……!?
「大丈夫。絶対に私が、娘娘をこの檻の外に出してみせますからね」
「お前のあの舞は美しかった。今も俺の脳裏にちらついて、何やら離れようとせぬ」
姉妹愛に燃える一途な妹侍女の、脱宮奮闘物語!
※ノベマ!、小説家になろう、魔法のiらんどに同作掲載しています
悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました
結城芙由奈
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】
20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ――
※他サイトでも投稿中
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
堕天使の詩
ピーコ
キャラ文芸
堕天使をモチーフにして詩や、気持ちを書き綴ってみました。
ダークな気持ちになるかも知れませんが、天使と悪魔ーエクスシアーと一緒に読んでいただければ、幸いです!( ^ω^ )
金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷
河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。
雨の神様がもてなす甘味処。
祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。
彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。
心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー?
神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。
アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21
※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。
(2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる