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楽しい時間はあっという間に過ぎる。
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土曜日の授業は正午に終わる。
4時限目、みらいは数学の授業を受けていた。
良彦から教わっているおかげで、内容が理解できる。
みらいはキラキラした瞳を黒板に向けていた。
「高瀬、熱心に授業を聞いてくれるのは嬉しいが、どうしてそんなに変貌したんだ?」
数学教師の小川が困惑するほど、授業態度が変わっている。以前は数学のノートに小説を書いていたのだ。
「小川先生の授業が理解できるんです。わかるって、楽しい!」
「そうか。数学は、わかれば楽しいよな」
終業のチャイムが鳴った。
理系ガンマ3の教室からホームルームの教室へと移動する。
「週末はしっかりと遊べ。勉強もしろよ」自分の顎髭をもてあそびながら、小川が言った。
樹子とみらいとヨイチと良彦は連れ立って教室から出て行った。それをすみれがうらやましそうに見つめていたが、4人は誰ひとりとしてその視線に気づかなかった。
雨が降っていた。傘を差し、4人は樹子の家をめざした。田んぼではカエルがゲコゲコと合唱していた。
「なぜカエルの声は低いんだろう?」
「カエルの雌は低い声の雄に性的魅力を感じるんだよ」
「本当?」
「いや、適当に答えただけだ」
みらいはヨイチの適当な答えを面白いと思った。
ラーメン店『大臣』を経由して、彼らは樹子の家に到着した。
良彦が教え役となって、数学、物理、化学を学ぶ。とても教え方がうまい。みらいは勉強が楽しかった。
あっという間に2時間が過ぎた。
「音楽の時間よ!」と樹子が宣言した。
ヨイチは麻雀をしようとは言い出さず、赤いエレキギターのストラップを肩にかけた。
良彦は木目が美しい茶色のエレキベースを構えた。
「最初に『世界史の歌』のアレンジから始めていいかしら?」
「『We love 両生類』の作曲をしてきた。早く聴いてもらいたい」
「わたしもそれを聴きたい!」
「メンバーのやる気を尊重するのはバンドマンターの務めね。では聴かせて頂戴」
ヨイチは明るさと寂しさが入り混じったような前奏をゆるやかに弾いてから、低い声で歌い始めた。
美しいスローバラードだった。
みらいはこんなに綺麗で切ないバラードを聴いたことがない、と思いながら聴き入った。
ヨイチが間奏を弾いているとき、「素敵……」と彼女はつぶやいた。
「人間の女は低い声の男に性的魅力を感じるのだろうか?」と樹子が言った。
誰も答えなかったが、ヨイチくんの声には性的魅力がある、とみらいは感じていた。
ヨイチはスローバラードを一部の女性に対しては魅惑的かもしれない声で歌いあげた。
「印象的で美しい曲だね」と良彦が賞賛した。
「だろ!」ヨイチがにっと笑った。
「じゃあ引き続き、この曲のアレンジをやりましょう。キーボードから始めるわ。ギターとベース、適当に合わせてみて。未来人も適当に歌い始めて」
「今日は適当な日なんだね」
みらいは花のように笑った。楽しかった。
ヨイチが歌詞とコード進行が書かれた紙をメンバーに配った。
樹子が試行錯誤した後、美しいキーボードリフを生み出し、くり返し奏でた。良彦のベースがそれを堅実に支え、ヨイチもギターリフを重ねた。
みらいがヨイチよりも1オクターブ高い声で歌い始めた。
老若男女に関わらず、多くの人間がこの歌声に魅了されるだろう、と樹子は思った。同じようなことをヨイチと良彦も感じていた。聴き惚れる、と良彦はベースを弾きながら思った。
みらいが歌い終え、目をつむった。
「終奏16小節。最後はAのコードで」
樹子に指示に合わせて、彼らは演奏を終えた。
みんなが黙り込んだ。手応えのある沈黙だった。
「だいたいこんなものでいいけれど、もう一度演奏してみましょう。前奏、2回の間奏、終奏はそれぞれ16小節。前奏の最初の8小節はキーボードだけで、9小節目からギターとベースが一緒に入ってきて。ヨイチ、間奏はもっと派手に盛り上げていいわよ。終奏はしっとりと! 良彦、ベースはたまに飾りの音をつけてみて! スローな8ビートで!」
「おう!」とヨイチが言い、良彦は黙ってうなずいた。
「わたしの歌には何か注文はないの?」
「あなたは好きに歌っていればいいわ、未来人!」
樹子が2度目の演奏を始めた。それが終わるときには、『We love 両生類』の編曲はあらかた終わっていた。
いいメンバーを揃えられた、と思って樹子は心の中でガッツポーズを決めた。
彼らはその後、『世界史の歌』のアレンジをした。
かっこいいギターリフをヨイチがつくり出した。良彦は16ビートを刻んだ。
樹子はライブがやりたい、と思ったが、言い出さなかった。みらいが中間試験の前に音楽にのめり込み過ぎても困る。
しかしみらいはすでに音楽に夢中だった。
なんて楽しいのだろう!
なんて素敵な仲間なのだろう……。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
4時限目、みらいは数学の授業を受けていた。
良彦から教わっているおかげで、内容が理解できる。
みらいはキラキラした瞳を黒板に向けていた。
「高瀬、熱心に授業を聞いてくれるのは嬉しいが、どうしてそんなに変貌したんだ?」
数学教師の小川が困惑するほど、授業態度が変わっている。以前は数学のノートに小説を書いていたのだ。
「小川先生の授業が理解できるんです。わかるって、楽しい!」
「そうか。数学は、わかれば楽しいよな」
終業のチャイムが鳴った。
理系ガンマ3の教室からホームルームの教室へと移動する。
「週末はしっかりと遊べ。勉強もしろよ」自分の顎髭をもてあそびながら、小川が言った。
樹子とみらいとヨイチと良彦は連れ立って教室から出て行った。それをすみれがうらやましそうに見つめていたが、4人は誰ひとりとしてその視線に気づかなかった。
雨が降っていた。傘を差し、4人は樹子の家をめざした。田んぼではカエルがゲコゲコと合唱していた。
「なぜカエルの声は低いんだろう?」
「カエルの雌は低い声の雄に性的魅力を感じるんだよ」
「本当?」
「いや、適当に答えただけだ」
みらいはヨイチの適当な答えを面白いと思った。
ラーメン店『大臣』を経由して、彼らは樹子の家に到着した。
良彦が教え役となって、数学、物理、化学を学ぶ。とても教え方がうまい。みらいは勉強が楽しかった。
あっという間に2時間が過ぎた。
「音楽の時間よ!」と樹子が宣言した。
ヨイチは麻雀をしようとは言い出さず、赤いエレキギターのストラップを肩にかけた。
良彦は木目が美しい茶色のエレキベースを構えた。
「最初に『世界史の歌』のアレンジから始めていいかしら?」
「『We love 両生類』の作曲をしてきた。早く聴いてもらいたい」
「わたしもそれを聴きたい!」
「メンバーのやる気を尊重するのはバンドマンターの務めね。では聴かせて頂戴」
ヨイチは明るさと寂しさが入り混じったような前奏をゆるやかに弾いてから、低い声で歌い始めた。
美しいスローバラードだった。
みらいはこんなに綺麗で切ないバラードを聴いたことがない、と思いながら聴き入った。
ヨイチが間奏を弾いているとき、「素敵……」と彼女はつぶやいた。
「人間の女は低い声の男に性的魅力を感じるのだろうか?」と樹子が言った。
誰も答えなかったが、ヨイチくんの声には性的魅力がある、とみらいは感じていた。
ヨイチはスローバラードを一部の女性に対しては魅惑的かもしれない声で歌いあげた。
「印象的で美しい曲だね」と良彦が賞賛した。
「だろ!」ヨイチがにっと笑った。
「じゃあ引き続き、この曲のアレンジをやりましょう。キーボードから始めるわ。ギターとベース、適当に合わせてみて。未来人も適当に歌い始めて」
「今日は適当な日なんだね」
みらいは花のように笑った。楽しかった。
ヨイチが歌詞とコード進行が書かれた紙をメンバーに配った。
樹子が試行錯誤した後、美しいキーボードリフを生み出し、くり返し奏でた。良彦のベースがそれを堅実に支え、ヨイチもギターリフを重ねた。
みらいがヨイチよりも1オクターブ高い声で歌い始めた。
老若男女に関わらず、多くの人間がこの歌声に魅了されるだろう、と樹子は思った。同じようなことをヨイチと良彦も感じていた。聴き惚れる、と良彦はベースを弾きながら思った。
みらいが歌い終え、目をつむった。
「終奏16小節。最後はAのコードで」
樹子に指示に合わせて、彼らは演奏を終えた。
みんなが黙り込んだ。手応えのある沈黙だった。
「だいたいこんなものでいいけれど、もう一度演奏してみましょう。前奏、2回の間奏、終奏はそれぞれ16小節。前奏の最初の8小節はキーボードだけで、9小節目からギターとベースが一緒に入ってきて。ヨイチ、間奏はもっと派手に盛り上げていいわよ。終奏はしっとりと! 良彦、ベースはたまに飾りの音をつけてみて! スローな8ビートで!」
「おう!」とヨイチが言い、良彦は黙ってうなずいた。
「わたしの歌には何か注文はないの?」
「あなたは好きに歌っていればいいわ、未来人!」
樹子が2度目の演奏を始めた。それが終わるときには、『We love 両生類』の編曲はあらかた終わっていた。
いいメンバーを揃えられた、と思って樹子は心の中でガッツポーズを決めた。
彼らはその後、『世界史の歌』のアレンジをした。
かっこいいギターリフをヨイチがつくり出した。良彦は16ビートを刻んだ。
樹子はライブがやりたい、と思ったが、言い出さなかった。みらいが中間試験の前に音楽にのめり込み過ぎても困る。
しかしみらいはすでに音楽に夢中だった。
なんて楽しいのだろう!
なんて素敵な仲間なのだろう……。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。
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