上 下
32 / 66

楽しい時間はあっという間に過ぎる。

しおりを挟む
 土曜日の授業は正午に終わる。
 4時限目、みらいは数学の授業を受けていた。
 良彦から教わっているおかげで、内容が理解できる。
 みらいはキラキラした瞳を黒板に向けていた。
「高瀬、熱心に授業を聞いてくれるのは嬉しいが、どうしてそんなに変貌したんだ?」
 数学教師の小川が困惑するほど、授業態度が変わっている。以前は数学のノートに小説を書いていたのだ。
「小川先生の授業が理解できるんです。わかるって、楽しい!」
「そうか。数学は、わかれば楽しいよな」
 終業のチャイムが鳴った。
 理系ガンマ3の教室からホームルームの教室へと移動する。
「週末はしっかりと遊べ。勉強もしろよ」自分の顎髭をもてあそびながら、小川が言った。
 樹子とみらいとヨイチと良彦は連れ立って教室から出て行った。それをすみれがうらやましそうに見つめていたが、4人は誰ひとりとしてその視線に気づかなかった。
 雨が降っていた。傘を差し、4人は樹子の家をめざした。田んぼではカエルがゲコゲコと合唱していた。
「なぜカエルの声は低いんだろう?」
「カエルの雌は低い声の雄に性的魅力を感じるんだよ」
「本当?」
「いや、適当に答えただけだ」
 みらいはヨイチの適当な答えを面白いと思った。
 ラーメン店『大臣』を経由して、彼らは樹子の家に到着した。
 良彦が教え役となって、数学、物理、化学を学ぶ。とても教え方がうまい。みらいは勉強が楽しかった。
 あっという間に2時間が過ぎた。
「音楽の時間よ!」と樹子が宣言した。
 ヨイチは麻雀をしようとは言い出さず、赤いエレキギターのストラップを肩にかけた。
 良彦は木目が美しい茶色のエレキベースを構えた。
「最初に『世界史の歌』のアレンジから始めていいかしら?」
「『We love 両生類』の作曲をしてきた。早く聴いてもらいたい」
「わたしもそれを聴きたい!」
「メンバーのやる気を尊重するのはバンドマンターの務めね。では聴かせて頂戴」
 ヨイチは明るさと寂しさが入り混じったような前奏をゆるやかに弾いてから、低い声で歌い始めた。
 美しいスローバラードだった。
 みらいはこんなに綺麗で切ないバラードを聴いたことがない、と思いながら聴き入った。
 ヨイチが間奏を弾いているとき、「素敵……」と彼女はつぶやいた。
「人間の女は低い声の男に性的魅力を感じるのだろうか?」と樹子が言った。
 誰も答えなかったが、ヨイチくんの声には性的魅力がある、とみらいは感じていた。
 ヨイチはスローバラードを一部の女性に対しては魅惑的かもしれない声で歌いあげた。
「印象的で美しい曲だね」と良彦が賞賛した。
「だろ!」ヨイチがにっと笑った。
「じゃあ引き続き、この曲のアレンジをやりましょう。キーボードから始めるわ。ギターとベース、適当に合わせてみて。未来人も適当に歌い始めて」
「今日は適当な日なんだね」
 みらいは花のように笑った。楽しかった。
 ヨイチが歌詞とコード進行が書かれた紙をメンバーに配った。
 樹子が試行錯誤した後、美しいキーボードリフを生み出し、くり返し奏でた。良彦のベースがそれを堅実に支え、ヨイチもギターリフを重ねた。
 みらいがヨイチよりも1オクターブ高い声で歌い始めた。
 老若男女に関わらず、多くの人間がこの歌声に魅了されるだろう、と樹子は思った。同じようなことをヨイチと良彦も感じていた。聴き惚れる、と良彦はベースを弾きながら思った。
 みらいが歌い終え、目をつむった。
「終奏16小節。最後はAのコードで」
 樹子に指示に合わせて、彼らは演奏を終えた。
 みんなが黙り込んだ。手応えのある沈黙だった。 
「だいたいこんなものでいいけれど、もう一度演奏してみましょう。前奏、2回の間奏、終奏はそれぞれ16小節。前奏の最初の8小節はキーボードだけで、9小節目からギターとベースが一緒に入ってきて。ヨイチ、間奏はもっと派手に盛り上げていいわよ。終奏はしっとりと! 良彦、ベースはたまに飾りの音をつけてみて! スローな8ビートで!」
「おう!」とヨイチが言い、良彦は黙ってうなずいた。
「わたしの歌には何か注文はないの?」
「あなたは好きに歌っていればいいわ、未来人!」
 樹子が2度目の演奏を始めた。それが終わるときには、『We love 両生類』の編曲はあらかた終わっていた。
 いいメンバーを揃えられた、と思って樹子は心の中でガッツポーズを決めた。
 彼らはその後、『世界史の歌』のアレンジをした。
 かっこいいギターリフをヨイチがつくり出した。良彦は16ビートを刻んだ。
 樹子はライブがやりたい、と思ったが、言い出さなかった。みらいが中間試験の前に音楽にのめり込み過ぎても困る。
 しかしみらいはすでに音楽に夢中だった。
 なんて楽しいのだろう!
 なんて素敵な仲間なのだろう……。
 楽しい時間はあっという間に過ぎる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

天鬼ざくろのフリースタイル

ふみのあや
キャラ文芸
かつてディスで一世を風靡した元ラッパーの独身教師、小鳥遊空。 ヒップホップと決別してしまったその男がディスをこよなく愛するJKラッパー天鬼ざくろと出会った時、止まっていたビートが彼の人生に再び鳴り響き始めた──。 ※カクヨムの方に新キャラと設定を追加して微調整した加筆修正版を掲載しています。 もし宜しければそちらも是非。

シャ・ベ クル

うてな
キャラ文芸
これは昭和後期を舞台にしたフィクション。  異端な五人が織り成す、依頼サークルの物語…  夢を追う若者達が集う学園『夢の島学園』。その学園に通う学園主席のロディオン。彼は人々の幸福の為に、悩みや依頼を承るサークル『シャ・ベ クル』を結成する。受ける依頼はボランティアから、大事件まで…!?  主席、神様、お坊ちゃん、シスター、893? 部員の成長を描いたコメディタッチの物語。 シャ・ベ クルは、あなたの幸せを応援します。  ※※※ この作品は、毎週月~金の17時に投稿されます。 2023年05月01日   一章『人間ドール開放編』  ~2023年06月27日            二章 … 未定

ネットで出会った最強ゲーマーは人見知りなコミュ障で俺だけに懐いてくる美少女でした

黒足袋
青春
インターネット上で†吸血鬼†を自称する最強ゲーマー・ヴァンピィ。 日向太陽はそんなヴァンピィとネット越しに交流する日々を楽しみながら、いつかリアルで会ってみたいと思っていた。 ある日彼はヴァンピィの正体が引きこもり不登校のクラスメイトの少女・月詠夜宵だと知ることになる。 人気コンシューマーゲームである魔法人形(マドール)の実力者として君臨し、ネットの世界で称賛されていた夜宵だが、リアルでは友達もおらず初対面の相手とまともに喋れない人見知りのコミュ障だった。 そんな夜宵はネット上で仲の良かった太陽にだけは心を開き、外の世界へ一緒に出かけようという彼の誘いを受け、不器用ながら交流を始めていく。 太陽も世間知らずで危なっかしい夜宵を守りながら二人の距離は徐々に近づいていく。 青春インターネットラブコメ! ここに開幕! ※表紙イラストは佐倉ツバメ様(@sakura_tsubame)に描いていただきました。

呂色高校対ゾン部!

益巣ハリ
キャラ文芸
この物語の主人公、風綿絹人は平凡な高校生。だが彼の片思いの相手、梔倉天は何もかも異次元なチート美少女だ。ある日2人は高校で、顔を失くした化け物たちに襲われる。逃げる2人の前に国語教師が現れ、告げる。「あいつらは、ゾンビだ」 その日から絹人の日常は一変する。実は中二病すぎる梔倉、多重人格メルヘン少女、ストーカー美少女に謎のおっさんまで、ありとあらゆる奇人変人が絹人の常識をぶち壊していく。 常識外れ、なんでもありの異能力バトル、ここに開幕!

可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~

蒼田
青春
 人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。  目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。  しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。  事故から助けることで始まる活発少女との関係。  愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。  愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。  故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。 *本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...