上 下
16 / 66

毒親

しおりを挟む
「中間試験はいつなの?」と母が訊いてきた。
「5月の最終週だよ」とみらいは答えた。
 ゴールデンウィーク中のことだった。
「よい成績を取って、上のクラスへ上がりなさい」
「上がれるのは上位5人だけだよ。むずかしいよ」
「みらいは成績別最下位クラスなのでしょう? そこで上位5番以内に入れなくてどうするの?」
「どうもしないよ。ガンマ3で授業を受けつづけるだけだよ」
「そんなことでは、東京大学へは入れないわ!」
「入れなくていいよ。わたしはわたしに見合ったそこそこの大学へ行きたい」
「だめよ! 東大以外行かせないわ!」
「じゃあ、大学には行かなくていいや。就職するよ」
「だめよ! みらいは東京大学へ進学するのよ!」
 母の目には狂気が宿っていた。
「お母さんは東大に受かったの?」
「お母さんは高卒よ。大学受験に失敗したの。進学はあきらめて、家庭教師だったお父さんと結婚したのよ」
「そうだよね。聞いたことがあるよ。お父さんも東大じゃないよね」
「お父さんは大阪大学よ」
「ねえお母さん、遺伝的に考えて、阪大卒と高卒の子どもに東大合格は無理だと思わない?」
「思わないわ。努力すれば可能よ」
「不可能だよ」
「可能よ。努力しなさい! 努力するのよ!」
「尋常じゃない努力だよね。しかも報われるかどうかわからない」
「報われるまで努力するのよ。大阪大学もいい大学だって、お母さんもわかってる。でも、お父さんは東大卒の同期に出世競争で負けているのよ。日本では東大が一番えらいとされているの。みらい、東大へ行きなさい!」
「嫌!」みらいは叫んだ。
「わたしは勉強一色の高校生活を送るつもりはない。友だちと音楽をやるんだから!」
「音楽ですって? 何を莫迦なことを言っているの? みらいに音楽なんてできるわけがないじゃないの?」
「歌うんだよ」
「歌?」
「そう。歌うことなら、わたしでもできるの」
「歌なんて歌わなくていい。勉強だけしていなさい!」
「またそんなことを言うの? それは虐待だよ」
「黙って親の言うことに従いなさい!」
「嫌」
「高校をやめさせるわよ」
「お母さん、何を言っているの? お母さんが行けって言った桜園学院高校だよ?」
「東大へ行けないのなら、桜園へ通う意味はないわ。やめさせる」
 母の目にはまちがいなく狂気が宿っていた。
「お母さん、それは虐待だよ」
「うるさい!」
 母はみらいの頬を平手で叩いた。
「また暴力……。犯罪だよ」
「これはあなたのためにやっているのよ。中間試験で結果を出しなさい。上のクラスに上がりなさい!」
「ヤダ!」
「できなければ、学費を出すのをやめるわ」
「お母さん、本気なの?」
「本気よ」
「お父さんはそんなことは認めないと思う」
「お父さんはお母さんに賛成するわよ。賛成しなければ離婚するって言うから。絶対に賛成するわ」
「お母さん、狂ってる」
「努力して、東京大学へ行きなさい。これはあなたのために言っているのよ。いつかきっとお母さんに感謝する日が来るわ!」
 みらいは母の瞳を見つめた。そこにはまったく光はなかった。ただの黒い穴にしか見えなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました

結城芙由奈 
恋愛
【何故我慢しなければならないのかしら?】 20歳の子爵家令嬢オリビエは母親の死と引き換えに生まれてきた。そのため父からは疎まれ、実の兄から憎まれている。義母からは無視され、異母妹からは馬鹿にされる日々。頼みの綱である婚約者も冷たい態度を取り、異母妹と惹かれ合っている。オリビエは少しでも受け入れてもらえるように媚を売っていたそんなある日悪女として名高い侯爵令嬢とふとしたことで知りあう。交流を深めていくうちに侯爵令嬢から諭され、自分の置かれた環境に疑問を抱くようになる。そこでオリビエは媚びるのをやめることにした。するとに周囲の環境が変化しはじめ―― ※他サイトでも投稿中

女化町の現代異類婚姻譚

東雲佑
キャラ文芸
新天地で一人暮らしをはじめた僕は、自分はキツネだと主張する女子高生と出会う。 女子高生――夕声を介して、僕は多くの化生やあやかしたちと顔なじみになっていく。 女に化けると書いて『おなばけ』。 狐嫁の伝承が息づく現実の町を舞台にしたご当地小説。 挿絵 海原壮 執筆協力 茨城県龍ケ崎市

ギリギリセーフ(?)な配信活動~アーカイブが残らなかったらごめんなさい~

ありきた
キャラ文芸
Vtuberとして活動中の一角ユニコは、同期にして最愛の恋人である闇神ミミと同棲生活を送っている。 日々楽しく配信活動を行う中、たまにエッチな発言が飛び出てしまうことも……。 カクヨム、ノベルアップ+、小説家になろうにも投稿しています。

妖怪屋敷のご令嬢が魔術アカデミーに入学します

音喜多子平
キャラ文芸
 由緒正しい妖怪一家の長女である山本亜夜子(さんもと あやこ)はかび臭い実家とそこに跋扈する妖怪たちに心底嫌気のさした生活を送っていた。  そんなある日の事、妖怪たちから魔王として慕われる実父が突如として、 「そろそろ家督を誰に譲るか決めるわ」  と言い出した。  それは亜夜子を含めた五人キョウダイたちが血で血を洗う戦いの序章となる。  だが家にいる妖怪たちは父の血と才能を色濃く受け継いだ末弟に取り入り、彼を次代の跡取りとなるように画策する始末。  もう日本の妖怪は話にならない…。  それなら、西洋の悪魔たちを使えばいいじゃない!  こうして亜夜子は海を渡り、アメリカにある魔法アカデミーに下僕を募るために入学を決意したのだった。

あやかし坂のお届けものやさん

石河 翠
キャラ文芸
会社の人事異動により、実家のある地元へ転勤が決まった主人公。 実家から通えば家賃補助は必要ないだろうと言われたが、今さら実家暮らしは無理。仕方なく、かつて祖母が住んでいた空き家に住むことに。 ところがその空き家に住むには、「お届けものやさん」をすることに同意しなくてはならないらしい。 坂の町だからこその助け合いかと思った主人公は、何も考えずに承諾するが、お願いされるお届けものとやらはどうにも変わったものばかり。 時々道ですれ違う、宅配便のお兄さんもちょっと変わっていて……。 坂の上の町で繰り広げられる少し不思議な恋物語。 表紙画像は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID28425604)をお借りしています。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

財閥のご令嬢の専属執事なんだが、その家系が異能者軍団な件について

水無月彩椰
キャラ文芸
遥か昔からその名を世に明かす事なく、正体を隠して生きてきた『異能者』。 そして、『異能』。 その中でも最高峰の異能を有する者は『長』と呼ばれ、万能と言われる。 ―表面は財閥として活動している鷹宮家だが、その実態は影の裏―本質は、異能者組織。 神の業…万能とほど呼ばれる異能を扱う鷹宮家と、そんなものは一切持っていない志津二。 これは、万能と無能が織り成す1つの物語。 執事×異能バトルアクション、今、開幕!

わたしの婚約者は学園の王子さま!

久里
児童書・童話
平凡な女子中学生、野崎莉子にはみんなに隠している秘密がある。実は、学園中の女子が憧れる王子、漣奏多の婚約者なのだ!こんなことを奏多の親衛隊に知られたら、平和な学校生活は望めない!周りを気にしてこの関係をひた隠しにする莉子VSそんな彼女の態度に不満そうな奏多によるドキドキ学園ラブコメ。

処理中です...