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毒親
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「中間試験はいつなの?」と母が訊いてきた。
「5月の最終週だよ」とみらいは答えた。
ゴールデンウィーク中のことだった。
「よい成績を取って、上のクラスへ上がりなさい」
「上がれるのは上位5人だけだよ。むずかしいよ」
「みらいは成績別最下位クラスなのでしょう? そこで上位5番以内に入れなくてどうするの?」
「どうもしないよ。ガンマ3で授業を受けつづけるだけだよ」
「そんなことでは、東京大学へは入れないわ!」
「入れなくていいよ。わたしはわたしに見合ったそこそこの大学へ行きたい」
「だめよ! 東大以外行かせないわ!」
「じゃあ、大学には行かなくていいや。就職するよ」
「だめよ! みらいは東京大学へ進学するのよ!」
母の目には狂気が宿っていた。
「お母さんは東大に受かったの?」
「お母さんは高卒よ。大学受験に失敗したの。進学はあきらめて、家庭教師だったお父さんと結婚したのよ」
「そうだよね。聞いたことがあるよ。お父さんも東大じゃないよね」
「お父さんは大阪大学よ」
「ねえお母さん、遺伝的に考えて、阪大卒と高卒の子どもに東大合格は無理だと思わない?」
「思わないわ。努力すれば可能よ」
「不可能だよ」
「可能よ。努力しなさい! 努力するのよ!」
「尋常じゃない努力だよね。しかも報われるかどうかわからない」
「報われるまで努力するのよ。大阪大学もいい大学だって、お母さんもわかってる。でも、お父さんは東大卒の同期に出世競争で負けているのよ。日本では東大が一番えらいとされているの。みらい、東大へ行きなさい!」
「嫌!」みらいは叫んだ。
「わたしは勉強一色の高校生活を送るつもりはない。友だちと音楽をやるんだから!」
「音楽ですって? 何を莫迦なことを言っているの? みらいに音楽なんてできるわけがないじゃないの?」
「歌うんだよ」
「歌?」
「そう。歌うことなら、わたしでもできるの」
「歌なんて歌わなくていい。勉強だけしていなさい!」
「またそんなことを言うの? それは虐待だよ」
「黙って親の言うことに従いなさい!」
「嫌」
「高校をやめさせるわよ」
「お母さん、何を言っているの? お母さんが行けって言った桜園学院高校だよ?」
「東大へ行けないのなら、桜園へ通う意味はないわ。やめさせる」
母の目にはまちがいなく狂気が宿っていた。
「お母さん、それは虐待だよ」
「うるさい!」
母はみらいの頬を平手で叩いた。
「また暴力……。犯罪だよ」
「これはあなたのためにやっているのよ。中間試験で結果を出しなさい。上のクラスに上がりなさい!」
「ヤダ!」
「できなければ、学費を出すのをやめるわ」
「お母さん、本気なの?」
「本気よ」
「お父さんはそんなことは認めないと思う」
「お父さんはお母さんに賛成するわよ。賛成しなければ離婚するって言うから。絶対に賛成するわ」
「お母さん、狂ってる」
「努力して、東京大学へ行きなさい。これはあなたのために言っているのよ。いつかきっとお母さんに感謝する日が来るわ!」
みらいは母の瞳を見つめた。そこにはまったく光はなかった。ただの黒い穴にしか見えなかった。
「5月の最終週だよ」とみらいは答えた。
ゴールデンウィーク中のことだった。
「よい成績を取って、上のクラスへ上がりなさい」
「上がれるのは上位5人だけだよ。むずかしいよ」
「みらいは成績別最下位クラスなのでしょう? そこで上位5番以内に入れなくてどうするの?」
「どうもしないよ。ガンマ3で授業を受けつづけるだけだよ」
「そんなことでは、東京大学へは入れないわ!」
「入れなくていいよ。わたしはわたしに見合ったそこそこの大学へ行きたい」
「だめよ! 東大以外行かせないわ!」
「じゃあ、大学には行かなくていいや。就職するよ」
「だめよ! みらいは東京大学へ進学するのよ!」
母の目には狂気が宿っていた。
「お母さんは東大に受かったの?」
「お母さんは高卒よ。大学受験に失敗したの。進学はあきらめて、家庭教師だったお父さんと結婚したのよ」
「そうだよね。聞いたことがあるよ。お父さんも東大じゃないよね」
「お父さんは大阪大学よ」
「ねえお母さん、遺伝的に考えて、阪大卒と高卒の子どもに東大合格は無理だと思わない?」
「思わないわ。努力すれば可能よ」
「不可能だよ」
「可能よ。努力しなさい! 努力するのよ!」
「尋常じゃない努力だよね。しかも報われるかどうかわからない」
「報われるまで努力するのよ。大阪大学もいい大学だって、お母さんもわかってる。でも、お父さんは東大卒の同期に出世競争で負けているのよ。日本では東大が一番えらいとされているの。みらい、東大へ行きなさい!」
「嫌!」みらいは叫んだ。
「わたしは勉強一色の高校生活を送るつもりはない。友だちと音楽をやるんだから!」
「音楽ですって? 何を莫迦なことを言っているの? みらいに音楽なんてできるわけがないじゃないの?」
「歌うんだよ」
「歌?」
「そう。歌うことなら、わたしでもできるの」
「歌なんて歌わなくていい。勉強だけしていなさい!」
「またそんなことを言うの? それは虐待だよ」
「黙って親の言うことに従いなさい!」
「嫌」
「高校をやめさせるわよ」
「お母さん、何を言っているの? お母さんが行けって言った桜園学院高校だよ?」
「東大へ行けないのなら、桜園へ通う意味はないわ。やめさせる」
母の目にはまちがいなく狂気が宿っていた。
「お母さん、それは虐待だよ」
「うるさい!」
母はみらいの頬を平手で叩いた。
「また暴力……。犯罪だよ」
「これはあなたのためにやっているのよ。中間試験で結果を出しなさい。上のクラスに上がりなさい!」
「ヤダ!」
「できなければ、学費を出すのをやめるわ」
「お母さん、本気なの?」
「本気よ」
「お父さんはそんなことは認めないと思う」
「お父さんはお母さんに賛成するわよ。賛成しなければ離婚するって言うから。絶対に賛成するわ」
「お母さん、狂ってる」
「努力して、東京大学へ行きなさい。これはあなたのために言っているのよ。いつかきっとお母さんに感謝する日が来るわ!」
みらいは母の瞳を見つめた。そこにはまったく光はなかった。ただの黒い穴にしか見えなかった。
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