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文芸部

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 社会と芸術と体育の授業は能力別クラスではなく、3年間固定のホームルームクラスで行われる。
 日本史で『万葉集』について教師が解説していたとき、ふと、みらいがつぶやいた。
「文芸部に入りたいな……」
「おれも入りたい。未来人と遊びたい!」とヨイチが言った。
「あたしも入るわ! ヨイチと未来人が入るなら!」と樹子が言った。
「僕も入ろうかな。もう運動部はこりごりだよ。ゆるい文化部がいい」と良彦も言った。
 というわけで、放課後に4人は職員室に行き、小川教諭の席の前に立った。
「小川先生、わたしたち、文芸部に入りたいんです」
「4人ともかよ?」
「はい。わたしが入りたいと言ったら、みんなも入りたいって言ったんです」
「高瀬、おまえは見かけによらず、人望があるのか?」
「見かけによらずは余計です。人望などありません。この人たちは、わたしをおちょくりたいだけなんです」
「そのとおり! おれは未来人で遊びたい!」
「あたしはきちんと小説を書くわよ」
「僕は文芸には興味はありません。平和な部室でくつろぎたいんです。未来人さんをおちょくるつもりはないです」
 小川は机の引き出しから入部届を出し、4人に渡した。
「氏名を書け」
 4人は言われるままに書いた。
「よし、これでおまえらはおれの奴隷だ」
「文芸部員は顧問の奴隷なんですか? わたし、道をまちがえたかも!」
「落ち着け、未来人。そんなわけないだろ。おがせんの冗談なんか聞き流せ」
「おがせん、パワハラで訴えるわよ」
「僕、退部します」
 小川はニカッと笑った。
「旧校舎の1階へ行け。そこに文芸部の部室がある。今日は水曜日だから、活動している。部長と1年9組の小島という新入部員がいるはずだ。部長の指示には従えよ。おまえらが問題を起こさない限り、おれは口出しはしない。奴隷にもしない」
「小島がいるの?」
 樹子が嫌そうな顔をした。
「小島さんとはどんな方なのですか?」
「樹子の元カレだ。いまカレはおれ」
「小島くんは凄いカタブツのイメージがあるね」
「初めて告ってきた人だからつきあったけれど、カタブツというより変人だったわ。デートの場所がいつも本屋なの。ずっと本屋で立ち読みしているだけなのよ。つきあいきれなくて別れたわ!」
「わたし、文芸部が怖くなってきた」
「とにかく行くぞ。旧校舎へ突撃だ!」
 ヨイチが先頭に立って歩き始めた。みらいと良彦がつづき、最後尾に憂鬱そうな顔をした樹子がとぼとぼとついて行った。
「頼もう!」
 ヨイチが文芸部室の扉をガラリと開けた。
 部屋の中にいた部長と小島が、扉の方に目を向けた。
「何か用かな?」
「我ら4人、文芸部に入りたい。もう入部届をおがせんに提出済みだ」
「1年生か。自分は部長で2年5組の友永純一だ。敬語を使ってくれ」
「敬語なんて知らん」
「はい。部長、わたしは1年2組の高瀬みらいです。よろしくお願いします」
「僕は棚田良彦です。同じく2組。文芸にはまったく興味がないけれど、この静かな部室にはとても心惹かれます」
「あたしは園田樹子よ。早くも退部したくなってきたわ。本当に小島がいたから……」
「小生は小島文夫。きこり、小生と部活がしたくて来たのだろう? よりを戻そうか?」
「きこり言うな! あんたの顔なんか見たくない!」
 黒縁眼鏡をかけた小島は露骨に傷ついた表情をした。
 銀縁眼鏡をかけた友永はにっこりと笑った。
「新入部員が5人! 凄い年だ! 歓迎するよ。文芸部の主な活動は、10月の文化祭で部誌を発行することだ。全員、何か書いてもらうよ。敬語を知らないきみも、文芸には興味がないと言った棚田くんもだ。いいね?」
「おう! 何か書くぜ! 漢詩とかでいいか?」
「ヨイチくん、漢詩を書けるの?」
「こいつが漢詩なんて上等なものを書けるわけがないでしょ。適当に口走っているだけよ」
「年1回何か書くだけで、この部室でまったり過ごせるのなら、書きます。下手なポエムでいいですか?」
「ポエムはむずかしいよ。部誌は永久保存だ。黒歴史にならないようにがんばりたまえ」
「ポエムはやめます。エッセイにしようかな……」
 みらいは部室を見回した。壁は全面本棚で覆われていた。大好きなハヤカワSF文庫もたくさんあった。フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』の背表紙は破れていた。愛読されてきた証拠だ。
「天国かも……!」とみらいはつぶやいた。
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