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コンピューターゲーム
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「さて、ヒット曲『ライディーン』と『テクノポリス』が収録されたセカンドアルバムを先に聴いてもらったけれど、今度は記念すべきYMOのファーストアルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』を聴かせてあげるわ」
「はい、お願いします。聴きたくて、ウズウズしています」
「ねえ、その前に、そろそろ敬語をやめない?」
「あ、はい、そうですね」
「そうですねじゃなくてさあ。あたし、未来人と友だちづきあいをしたいの。あなたはそうじゃないの?」
「うん。そうだよ……」
「ですとかますとかはなしね」
「わかった、樹子」
「それでいいわ」
樹子はにんまりと笑った。それからさっき聴いた『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』を仕舞い、別のLPレコードを取り出した。
着物を着た女性の頭が破裂して、コードが四方八方に飛び出している絵がレコードジャケット。アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』だ。
樹子はそれをターンテーブルに乗せた。
A面の1曲目は『コンピューターゲーム サーカスのテーマ』。
「あ、これ、ゲームの音だよね」
「そうよ。ゲームセンターで聴く音」
「わたし、ゲームセンターには行ったことがないの」
「え? 少し前にインベーダーゲームが大ブームになったでしょう? どうして行ってないの? ゲーム嫌いなの?」
「嫌いとか好きとかもわからない。お母さんに禁止されているから、ゲームセンターには行っていないの」
「禁止……?」
「うん。だから、ゲームセンターには出入りできない……」
樹子はあきれたようにみらいを見下ろした。
「あのさあ、親の言うことに唯々諾々としていればいいのは、中学生までよ」
「え……?」
みらいは信じられないことを聞いた気がして、びっくりした。
「高校生になったからには、自主独立の気概を養いなさい。要は自立への道を歩みなさいってこと。あなた、一生親に養ってもらうつもりじゃないでしょう? 高瀬みらい独自の人生を歩まなければならないのよ。もう自分の考えを持ち、自分の行動は自分で決めなさいよ」
「自分で決めていいの?」
「いいに決まっているじゃない。あなたの人生なのよ。親の人生じゃない」
みらいは呆然と樹子の瞳を見つめていた。やや赤みがかった宝石のような瞳だ。
スピーカーからは2曲目の『ファイアークラッカー』が流れていたが、みらいは頭をぶっ叩かれたような衝撃を受けていて、脳は音楽を感知していなかった。
「お母さんに逆らうと殴られる……」
「はあ? 未来人は母親に虐待されているの?」
「虐待じゃないと思う。教育とか愛の鞭とかだと……」
「どんなふうに殴られているのよ?」
「普通に拳骨とか、頭を壁にぶつけられるとか、平手打ちとか、蹴りとか、膝蹴りとか、ヘッドロックとか、デコピンとか、顔を水面下に沈められるとかだけど……」
「虐待を超えて、犯罪だと思うわよ、それ……」
樹子は可哀想な者を見る目をした。
みらいは自分を見つめ直した。
「お母さんはわたしを虐待しているの?」
「まちがいなく虐待よ。お父さんはそれを止めないの?」
「お父さんは仕事で忙しくて、家のことはすべてお母さんにまかせているの。わたしの教育のことも」
はぁ、と樹子はため息をついた。
「逃げなさい、未来人。反抗するのもいいわね。あなたのお母さんは毒親よ。そのままだと、あなたの精神が壊れる。あたしが保護してあげるわ。いつでもこの部屋に泊めてあげるから」
「樹子、今日会ったばかりのわたしにそこまでしてくれるの?」
「これも何かの縁よ。もしあなたがわたしの親友になってくれるなら、そんなの安いものよ。親友は恋人よりも価値があるんだから。一生もののつきあいよ」
「樹子の親友になるのはむずかしいと思う。わたしは何も持っていないから。あなたに差し出せるものが何もない」
「あたしは勘がいいのよ。未来人には、何かがある。自分で気づいていないだけで、すごいものを持っているはず。あなた、何かとても好きなものはないの?」
「あったけれど、燃やされてしまった……」
「何それ?」
「わたしが書いた小説ノート。大切なものだった。小説を書くのが好きだった。お母さんにガスコンロで燃やされた……」
「未来人、小説を書くの? あたしと同じ趣味じゃない。親に燃やされたからって、書くのをやめるの? 書いた努力と経験は消えたわけじゃない。また書きなさいよ」
「書いていいのかな? お母さんには、勉強だけしていなさいと言われたの……」
「だから、親に従って生きるだけじゃだめなんだって。自主独立の気概を持てよ、未来人!」
「はい……」
みらいは泣いていた。
スピーカーからは『コンピューターゲーム インベーダーのテーマ』が流れていた。
「今度、ゲームセンターに連れていってあげるわ。インベーダーゲームをやりましょう」
「はい、お願いします。聴きたくて、ウズウズしています」
「ねえ、その前に、そろそろ敬語をやめない?」
「あ、はい、そうですね」
「そうですねじゃなくてさあ。あたし、未来人と友だちづきあいをしたいの。あなたはそうじゃないの?」
「うん。そうだよ……」
「ですとかますとかはなしね」
「わかった、樹子」
「それでいいわ」
樹子はにんまりと笑った。それからさっき聴いた『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』を仕舞い、別のLPレコードを取り出した。
着物を着た女性の頭が破裂して、コードが四方八方に飛び出している絵がレコードジャケット。アルバム『イエロー・マジック・オーケストラ』だ。
樹子はそれをターンテーブルに乗せた。
A面の1曲目は『コンピューターゲーム サーカスのテーマ』。
「あ、これ、ゲームの音だよね」
「そうよ。ゲームセンターで聴く音」
「わたし、ゲームセンターには行ったことがないの」
「え? 少し前にインベーダーゲームが大ブームになったでしょう? どうして行ってないの? ゲーム嫌いなの?」
「嫌いとか好きとかもわからない。お母さんに禁止されているから、ゲームセンターには行っていないの」
「禁止……?」
「うん。だから、ゲームセンターには出入りできない……」
樹子はあきれたようにみらいを見下ろした。
「あのさあ、親の言うことに唯々諾々としていればいいのは、中学生までよ」
「え……?」
みらいは信じられないことを聞いた気がして、びっくりした。
「高校生になったからには、自主独立の気概を養いなさい。要は自立への道を歩みなさいってこと。あなた、一生親に養ってもらうつもりじゃないでしょう? 高瀬みらい独自の人生を歩まなければならないのよ。もう自分の考えを持ち、自分の行動は自分で決めなさいよ」
「自分で決めていいの?」
「いいに決まっているじゃない。あなたの人生なのよ。親の人生じゃない」
みらいは呆然と樹子の瞳を見つめていた。やや赤みがかった宝石のような瞳だ。
スピーカーからは2曲目の『ファイアークラッカー』が流れていたが、みらいは頭をぶっ叩かれたような衝撃を受けていて、脳は音楽を感知していなかった。
「お母さんに逆らうと殴られる……」
「はあ? 未来人は母親に虐待されているの?」
「虐待じゃないと思う。教育とか愛の鞭とかだと……」
「どんなふうに殴られているのよ?」
「普通に拳骨とか、頭を壁にぶつけられるとか、平手打ちとか、蹴りとか、膝蹴りとか、ヘッドロックとか、デコピンとか、顔を水面下に沈められるとかだけど……」
「虐待を超えて、犯罪だと思うわよ、それ……」
樹子は可哀想な者を見る目をした。
みらいは自分を見つめ直した。
「お母さんはわたしを虐待しているの?」
「まちがいなく虐待よ。お父さんはそれを止めないの?」
「お父さんは仕事で忙しくて、家のことはすべてお母さんにまかせているの。わたしの教育のことも」
はぁ、と樹子はため息をついた。
「逃げなさい、未来人。反抗するのもいいわね。あなたのお母さんは毒親よ。そのままだと、あなたの精神が壊れる。あたしが保護してあげるわ。いつでもこの部屋に泊めてあげるから」
「樹子、今日会ったばかりのわたしにそこまでしてくれるの?」
「これも何かの縁よ。もしあなたがわたしの親友になってくれるなら、そんなの安いものよ。親友は恋人よりも価値があるんだから。一生もののつきあいよ」
「樹子の親友になるのはむずかしいと思う。わたしは何も持っていないから。あなたに差し出せるものが何もない」
「あたしは勘がいいのよ。未来人には、何かがある。自分で気づいていないだけで、すごいものを持っているはず。あなた、何かとても好きなものはないの?」
「あったけれど、燃やされてしまった……」
「何それ?」
「わたしが書いた小説ノート。大切なものだった。小説を書くのが好きだった。お母さんにガスコンロで燃やされた……」
「未来人、小説を書くの? あたしと同じ趣味じゃない。親に燃やされたからって、書くのをやめるの? 書いた努力と経験は消えたわけじゃない。また書きなさいよ」
「書いていいのかな? お母さんには、勉強だけしていなさいと言われたの……」
「だから、親に従って生きるだけじゃだめなんだって。自主独立の気概を持てよ、未来人!」
「はい……」
みらいは泣いていた。
スピーカーからは『コンピューターゲーム インベーダーのテーマ』が流れていた。
「今度、ゲームセンターに連れていってあげるわ。インベーダーゲームをやりましょう」
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